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どいつもこいつも腹が立つ。〈アグスティン〉

「アグスティン様、このワンピース、どちらが似合うと思いますか?」


 王都の高級洋品店。ヒセラが二種類のワンピースを胸に当てて、私を振り返る。


「どちらでも似合うと思うが」


「どちらでもって……そうじゃなくて、私はアグスティン様に選んで欲しいんです!」


 あからさまに口を尖らせるヒセラ。出会った頃なら可愛いと思えた仕草だが、近頃は何故だか心が動かない。


 私は、馬鹿が嫌いだったはずだ。


 特段成績が良いわけでもないヒセラ。

 着飾ることが好きで、流行を追いかけてばかりのヒセラ。

 こうして夏休みに入り、高価な服を当然のようにねだるヒセラ。


 彼女の性質全て、私が嫌いな馬鹿女そのものなのではないだろうか。


 そもそも、何故彼女を好きだと思ったのだったか。

 そうだ、出会った瞬間に心奪われたのだ。……つまり、顔?


「……水色が良いのではないか」


「水色ですか。うーんでも、この花柄も可愛いと思うんですよね。あっ。こっちも可愛い! ねえどうしよう、アグスティン様?」


 わざとらしく首を傾げるヒセラに辟易する。

 お前が聞いてきたのではなかったのか。この我儘ぶりは何なのだ。


 私はもはや面倒になって、3つのワンピースを全て買ってやることにした。

 ヒセラは満足そうにしていたが、私は多大なる疲労感を覚えながら帰路に就いたのだった。





 王城に戻った私は、父王から突然の呼び出しを受けることになった。


 執務室まで出向いて形だけの挨拶をする。

 決断力に欠けると影で囁かれる父上は、今日ばかりはやけに真剣な顔をして私を見つめていた。


「アグスティンよ。近頃男爵家の令嬢に入れ上げているというのはまことか」


 どうやらヒセラとの仲は父上の知るところとなっていたらしい。

 しかし、何故わざわざ確認をしてくるのか。


 父上だってわかっているはずだ。


 男爵家の令嬢では王妃にはなり得ない。

 この恋は学生の間だけの、一過性の物に過ぎないことくらい。


「入れ上げているというのは正しくありません。まあ、それなりに付き合いがあることは確かですが」


「では、その令嬢を王妃にとまで考えているわけではないのだな?」


 父上は明らかにホッとした様子でため息をついた。息子の我儘を恐れすぎではないだろうか。


「ええ。もちろんそれくらいのことは弁えています」


「なればよし。これを見よ、アグスティン」


 父上が取り出したのは数枚の釣書だった。

 ぱらぱらとめくってみると、案の定どこぞの御令嬢の姿絵と家名が書かれている。


「お前もそろそろ婚約を考えねばならん。お前が頭のいい女性を望むと言うから、それを条件に何名か選定しておいた。

 近日中に選んで報告するように」


 なるほど、ベニートの娘に婚約を断られて以来、父上も動いてくれていたらしい。

 私は重厚な紙の束を脇に抱え、恭しく礼をした。


「お忙しい中のご厚情に感謝申し上げます」


 もしレティシアが婚約者だったら、どんな風に接してきただろう。

 頭が良くて奉仕精神に溢れた女だ。もしかすると、とても満足のいく相手だったのかもしれない。


 ……まあ、彼女はあのカミロの婚約者なのだ。考えても詮無いことか。


「うむ」


「時に、父上。もし私がエチェベリア男爵令嬢を王妃にと望んだら、いかがなさるおつもりでしたか」


 戯れでしかない質問のつもりだったのに。


 しかし、父上は今までにないほど強い視線で私を睨みつけた。

 いつも温和な国王陛下を知る者なら腰を抜かすほど、厳しい目付きだった。


「諭しても聞かぬようなら王位継承権を剥奪し、エリアスに王位を譲るつもりだった」


「なっ……!」


 エリアスに王位を譲る? そんな、馬鹿な。


 私は優秀なんだ。どんな分野だって誰よりも素晴らしい結果を残してきた。

 それなのに、寝る間も惜しんで必死に勉強してやっと学年一位を維持しているような奴が、私に代わって国を治めると?


「そのようなことは絶対に認められません! 私は、ヒセラを王妃になどとは考えていない!」


「わかっておる。大きな声を出すな、アグスティン」


 やれやれと首を横に振る父上を前に、私は怒りに逸る胸を押さえつけなければならなかった。


 何なんだ。優秀すぎる私に恐れをなしたのか?


 とにかく、エリアスに王位を譲る気は毛頭ない。

 父上がこのようにお考えならヒセラとももう終わりだ。せがまれて約束をしてしまったから、次回会った時に別れを告げよう。


「……失礼いたします」


 短く挨拶をして執務室を後にする。苛立ちを隠しきれない歩調で絨毯敷きの廊下を歩いていると、よりにもよってエリアスが向こうからやってくるではないか。


「兄上、こんにちは。今日はデートだったんでしょう、楽しんで来られましたか?」


 にこにこと人好きのする笑みが憎らしい。無言で睨みつけてやると、エリアスは肩をすくめて歩き去って行った。


 どいつもこいつも、腹が立つ。

 この束になった釣書にも興味などないが、後で目を通しておかなければ。


 私と釣り合う女など、どこにもいないな。

 聡明で美しい、王妃としての格を備えた女……どこかで出会えないものだろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかまたきな臭い方向になってきた…。 目が離せない!
[一言]  その女性はもういい人…ちょっと…だいぶ? 病んでるけど大切にしてくれるだろう従兄弟殿がガッチリガードしてるぜ。
[一言] レティシアの方にこないといいなぁ
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