食事会
一度目の人生でアグスティン殿下と結婚して以降、私の装いは徐々に派手になっていった。
少しでも夫の気を惹きたいが故の、赤、ピンク、紫、宝石、シルク、金。
今思えば品が無いことこの上ないが、当時は派手にすればするほど美しくなれると思っていたのだ。
しかも始末に負えないことに、私は比較的に豪華な装いが似合う方だったので調子に乗ってしまった。
周りにどう思われていたのか、考えただけでも羞恥にのたうちまわりたくなる。
……ああ、もう本当に恥ずかしい。恥ずかしすぎる!
そんなわけで、二度目の人生においては地味な装いを心掛けてきた。
社交の場に出ていい年齢になっても殆ど催しには参加せず、あまりのドレスの少なさにお母様が小言を言うくらい。
そもそも冷静になってみると、派手なドレスは趣味じゃないような気もした。
青に緑にベージュ。綺麗で落ち着いた、大人っぽい色が好き。
そんな中でも若草色って、かなり好きな色だったのだけれど……。
「お招きいただき感謝します、セルバンテス公爵閣下」
「ようこそベニート侯爵。どうか気楽に楽しんでほしい」
セルバンテス公爵家の玄関にて笑顔で握手を交わす両親たち。私は弟の小さな手を握り、できる限り美しく見えるように背を伸ばして立つ。
いかにも大人らしく穏やかで落ち着いたやりとりの傍ら、私は胸の内に羞恥が広がっていくのを感じていた。
ダークグレーのフロックに身を包んだカミロが、目が合った瞬間から動かなくなってしまったのだ。
……やっぱり、似合わなかったのね。
そうよね、わかっていたわ。
悪事の印象はそう簡単には拭えない。今更清楚な格好をしたって……笑っちゃうわよね、こんなの。
「いやあしかし、女神のように美しいお嬢さんで驚いた。よくうちの倅を選んでくれたものだ。はっはっは!」
セルバンテス公爵閣下が快活な笑い声を上げる。
明るい口調で場を和ませてくださるなんて、とても優しい方なのだろう。
「お褒めに預かり光栄です。おっしゃる通り、自慢の娘でしてね。いつの間にこんなに成長したのかと驚いてばかりですよ」
お父様ったら、身贔屓が過ぎるわ。本当にそう思っているとしても、少しくらい謙遜して欲しいものだけど……。
一度目の時は公爵夫妻にも王族の一員として挨拶させていただいたことはあったけれど、長く話し込むことになるのはこれが初めてだ。
公爵閣下は王弟殿下でもあらせられる。しかし妾腹の生まれということで王位継承権を放棄し、今は王都の公爵邸に住みながら竜騎士団長を務めているそうだ。
赤い髪に青い目、年齢はたしか44。短い顎髭がよくお似合いで、がっちりとした体格をフロックコートに包んだ姿は、カミロが歳を経たらこうなるだろうと思わせてくれるほどそっくりだ。
「本当ですわね。カミロったら、どうやらよっぽど頑張ったのね」
お淑やかな笑みを見せたのはセルバンテス公爵夫人だ。
一人息子が受け継いだのは若草色の瞳くらいだろうか。艶のあるブルネットが美しい、儚げで繊細な印象のある美女。
良い方達なのは知っていたけれど、想像よりも随分歓迎されているような気がする。
私は密かに息を吐いて、深く膝を折る淑女の礼をした。
「お初にお目にかかります。ベニート侯爵が長女、レティシア・ベニートと申します。本日はお招きいただきまことに光栄でございます」
当然淑女教育は受けているし、一度目の記憶もあるからマナーに関してはばっちりのはずだ。
顔を上げて再度目を合わせた時、公爵夫妻は目を丸くしていた。
これは好意的な反応と思って良い、のかしら?
「……これはこれは。本当に素晴らしいお嬢さんだ! なあ、カミロ!」
感心したように言った公爵閣下が、カミロの背中をばしりと叩く。
どうやらかなりの力が込められていたらしく、カミロは思い切り体を前へと傾がせたが、起き上がり人形のようにまた直立した。
ものすごく異様な挙動だ。
ここでようやく怪訝そうに眉を顰めた公爵閣下が、息子の背中をもう一度容赦なくひっぱたく。
「おい、カミロ。お前は女性を褒める言葉の一つくらい口にできんのか」
それでもなお何も言わず、視線も私と絡み合ったままだったので、流石に心配になってきた。
え、何……? どうしてしまったの? お腹でも痛いの?
「駄目ですわ、あなた。この子完全に自失しているわ」
「不甲斐ないことだ。まあ無理もないか」
公爵夫妻は苦笑顔をしていたけど、何をおっしゃっているのかよくわからなかった。
ましてや後ろで両親がしたり顔をしていたことなんて、戸惑うばかりの私が気付くはずもなかったのである。
食事会は楽しいものになった。
公爵閣下はよく喋る方で、政治の世界で生きる父とも案外馬が合うみたいだった。
カミロがいつもよりだいぶ口数が少ないのは気になったけど、私の両親に対してとても礼儀正しく話してくれていた。
きちんと料理も食べていたし、お腹は大丈夫だったのだろう。
婚約をしばらく伏せることについて、すでに公爵夫妻も納得ずみだったのには驚いた。
どうやらカミロが私の勉強や部活動への熱意を話してくれたようで、素晴らしいことだと応援までして下さったのだ。
私は何だかとても温かい気持ちになって、淑女のマナーも忘れて満面の笑みでお礼を言ってしまった。はしたないと思われなかったか心配だ。
そうして学園での日々について聞かれたり、料理の美味しさに舌鼓を打っている内に食事会は進み、デザートのレモンシャーベットが運ばれてくる。
ふと隣に座るサムの口元が汚れていることに気づいて、私はナプキンを手に取った。
「サム、こっちを向いて」
トマトソースの赤い汚れを拭われながら、サムは嬉しそうに目を細めている。
礼儀正しい良い子だから忘れがちになるけど、やっぱりまだまだ子供ね。可愛い。
すっかり綺麗になったことを確認して前を向くと、突如としてカミロと目が合った。その瞳に見たことのない色が宿っているような気がして、私は小さく首を傾げた。
「どうしたの?」
「……いや」
問いかけると気まずそうに視線を逸らされてしまう。
もしかして、私。知らないうちに、何か悪いことをしてしまったのかしら……?
するとまた公爵閣下が苦笑気味に息子の背中を叩いた。
カミロは自分の父親と目を合わせることもなく、黙々とレモンシャーベットを食べていたのだった。