期末テスト悲喜交々
テスト結果が張り出されたと言うことで、私はアロンドラと共に掲示板の前にやって来ている。
自身の順位を確認した生徒たちの悲喜交々がコウモリ天井に反響し、廊下は熱気に満ち溢れていた。私たちはそっと人混みを掻き分けながら、ようやく掲示板の前に到着する。
「7位ね。健闘した方、かしら」
手抜きなしの純粋な7位。近頃の忙しさを思えば頑張った方だと言えるだろう。
アロンドラは8位に名前があったのですぐに探すことができた。いつものことながら難しい魔法学のみ満点という、とてつもなく偏った得点配分だ。
「相変わらずアロンドラは凄いわね」
「別に凄くない。好きなことを好きなだけやったらこうなったというだけのことさ」
かなりの高順位だと言うのに笑顔がないのが格好良くて、私は小さく微笑んだ。アロンドラの全く驕らない性格こそ、尊敬すべきところだと思う。
自身の順位を確認して目的を達成した私たちは早々に掲示板を離れようと踵を返す。
しかし人の輪を脱出したところで、この場の主役に声をかけられてしまった。
「やあ、レティシア嬢にアロンドラ嬢」
生徒達の熱気で満たされた空間がざわりと揺れた。
目立ちたくない私だけど、何も話しかけてくれた人を邪険にしてまで本懐を遂げたいわけではないので、振り返って笑顔で挨拶をする。
学年1位のエリアス様は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
テスト週間の序盤でとんでもないことに巻き込んでしまったのに、この順位とは凄いとしか言いようがない。
しかも疲れた様子すら見せないとは、王子としての自覚の現れなのだろう。
「女生徒で10位以内は君たちだけだったね。流石だよ」
エリアス様はその瞳に純粋な敬意を宿しているようだった。
卒業と同時にお嫁入りか、むしろ在学中でも結婚のために退学する女子生徒が多い中で、私たちのように勉学に勤しむ者は多くない。故に高得点を取るとものすごく目立つのだ。
「アロンドラ嬢にはやっぱり魔法学で負けてしまったな。どうしたら満点だなんて異次元の点数が取れるんだい?」
周囲の女の子たちがあまりにも麗しい笑みに一斉に沸き立つ。
「……好きで勉強しているだけです、エリアス殿下」
必殺の王子様スマイルに無表情を貫けるのなんて、アロンドラくらいなものだろう。
皆が親しみを込めて名前に様付けで呼ぶほど、人徳に優れるエリアス様。それなのにアロンドラだけは殿下という敬称で呼んでいるのは、単に彼のことが苦手らしいのだ。
「確かに、好きっていうのは一番の原動力だよね」
「……ええ、まあ。そう思いますけど」
ここまでアロンドラは一貫しての無表情。
他人に話しかけられることが殆ど無いので話しかけられると困る、と言っていたのは一年生の頃のことだったか。
去年はエリアス様とも同じクラスだったのだけど、私とアロンドラに絡みにくる男子生徒ってエリアス様くらいだったのよね。もう少し仲良くなってくれたら嬉しいのにな。
アロンドラから救命信号が放たれたのを感じたので、私はやんわりと会話を終わらせた。
実際のところ、女生徒達からの視線がそろそろキツくなってきていたこともある。
「では失礼します、エリアス様」
「うん、またね二人とも」
アロンドラが無言で会釈をする。
掲示板の前から離れて歩きながら、私は少々無愛想すぎる友人に苦笑した。
「もっと楽しくお話すれば良いのに。エリアス様、とても良い方よ?」
「興味ない……」
ため息混じりの返事は、アロンドラの本心を包み隠さず表すものだったのだろう。
本当に興味の有る無しがはっきりした子だ。私と仲良くしてくれているのも、奇跡に近いことなのかも。
放課後。ボランティア部のミーティングに向かうために廊下を歩いていると、向こうからテレンシオがやってきた。
相変わらず目の下に酷いクマを作り、口元を手で押さえて欠伸をしている。どうやら彼は今日もケイゼンの研究で寝不足のようだ。
部活に行こうと誘うと、テレンシオは堂々とした態度でこう言った。
「ごめん、行けない。追試なんだ」
「追試? またなの」
私はため息混じりの言葉を返す。
全く悪びれた様子がないテレンシオは、実のところ退学すれすれの成績不振を続ける猛者なのだ。
赤点を取って追試になると、原則として部活動への参加が禁止される。
ほぼ毎回赤点のテレンシオは、追試が終わるまで活動に参加できないのが恒例行事となっていた。
「定期テストより追試の方が簡単だろ。結果として勉強時間が少なくて済む。ケイゼンに時間を割くためには非常に合理的な方法だよ」
「ここまで割り切っていると逆に清々しいわね」
もはや窘める必要性すら感じない。テレンシオのケイゼン愛は一体どこまで突き進んでいくのだろうか。
彼はボードゲームが得意で本当は頭がいいはずなのだけど、授業中を睡眠に充てているのだから仕方がない。
頑張ってねと声をかけて立ち去ろうとしたところで、テレンシオの背後に人影が出現した。
「聞き捨てならない台詞ですね、テレンシオ君?」
リナ先生はいつもの優しげな笑みを浮かべていたが、目が全く笑っていなかった。
振り返ったテレンシオが状況のまずさに気付いて顔を引き攣らせる。げ、と声に出さなかったことは、彼にしては上出来な態度だったのかもしれない。
「テレンシオ君は学生の本分をお忘れのようですね。どうすれば改心するのでしょう?」
「リ、リナ先生、俺は別にそんな……あっ、国語! リナ先生の国語、楽しいですよ⁉︎」
慌てふためいて並べ立てた寒々しい言い分は、当然ながらリナ先生の胸には響かなかったらしい。
ますます温度を無くした笑顔に私まで戦慄した瞬間、リナ先生の右手がテレンシオの肩をがっしりと捕らえた。
「授業中に起きていられるようになってから言ってくださいね。さあ、課題を差し上げますので職員室に行きましょう」
「か、課題⁉︎ 追試にそんなもんないはずでしょ……⁉︎」
「レティシアさんは今回のテストも頑張りましたね。ボランティア部、頑張ってきてください」
もはやテレンシオの訴えを完全に無視して、リナ先生が私に笑みを向ける。温かい目をした本当の笑顔。
リナ先生は努力を見ていてくれるから大好きだ。
ありがとうございますと返すと、リナ先生はテレンシオを引き摺り去って行った。
華奢な見た目のわりに体力があるなあ。教師って、大変なお仕事よね。
さらに廊下を進んでいくとカミロと行き合った。彼もまたボランティア部に向かおうとしているのは明白だ。
「レティシア、偶然だな!」
カミロに名前を呼ばれた上、連れ立って歩いたりしたらまた噂になるかもしれない。
けれどこの嬉しそうな笑顔を見たら無下にはできなくて、私は笑顔で挨拶を返した。まあ、少し話すくらいならおかしくない……わよね?
「少しだけだけど、いつもより順位が上がったよ。レティシアのお陰だ」
一緒に勉強した手前気になって掲示板で確認したら、カミロの順位は38位だった。
いつもの順位をよく知らないけど、上がったのなら本当によかった。
とは言っても図書室の片隅で無言で勉強しただけなので、私のおかげなんてことはないんだけどね。
「カミロが頑張ったからよ」
「いいや。レティシアが居てくれたから、頑張れたんだ」
若草色の瞳があまりにも優しく細められていたので、私は頬に熱が集まっていくのを自覚した。
何も気の利いた言葉が思い浮かばなくて、絡み合った視線を引き剥がして俯かなければ変なことを言ってしまいそうだった。
何だか最近、カミロといると胸がざわめいて落ち着かない。
一度目の人生の時だって、何度となく笑いかけてくれたのに。
今はドキドキして胸が痛くなるのは、どうしてなのだろう。
二年生期末テスト結果
エリアス1位
レティシア7位
アロンドラ8位
カミロ38位
ヒセラ62位
テレンシオ262位/298人中