私は間違っていない。〈アグスティン〉
ヒセラ・エチェベリアと出会った時、あまりの美しさに一瞬で心奪われた。
絹のような銀の髪に、快活そうなディープグリーンの瞳。落としたハンカチを拾ってやると、ヒセラは驚いたような顔をした後に、照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます! 私ったら、ついうっかりで」
気さくに話す様子に、私が王太子だと知らないであろうことはすぐに想像がついた。
皆私の前では恐縮し、年齢も立場も関係なくひれ伏すのが当たり前。
そうした世界で生きてきた私にとって、ヒセラとの出会いはまさしく新鮮な息吹をもたらすかのようだった。
ヒセラに頼まれてやってきたモレス山にて、カミロたちと遭遇したのはつい先程のことだ。
マルディーク部を辞めたらしいと言うのは噂に聞いていたが、まさかボランティア部なんてものに参加しているとは思わなかった。
婚約者と共にいる時間を増やすためなのだろう。黒髪に三つ編みの、地味で暗い女……。
『は、はい、殿下。とてもやりがいを感じております』
——人の為に働くことを苦とも思わない、稀有な女。
「ねえ、アグスティン様! 聞いておられますか?」
ヒセラの焦れたような声に、私は物思いに耽っていたことを自覚する。
改めて隣を歩くヒセラと目を合わせると、不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「ああ、すまない。何だった」
「今出会ったお二人が婚約されているって本当ですか、って聞きました」
他人の恋の話が気になる年頃なのだろう。ヒセラは興味深そうに目を輝かせていたが、私は何故だかこの件について語ることに不快感を得た。
「……どうでもいいだろう、そんなこと。私たちには関係ない」
何故だ? 何故こんなに、イライラする?
自分で言った通りどうでもいいはずだ。それなのに、何故ーー。
「ヒセラ、君はボランティア部に参加したいと思うか?」
意思とは関係なく、そんな質問が口から飛び出していた。
先程の二人の様子が蘇る。動きやすそうな服装に、手にしたゴミ袋とトング。戸惑い恐怖するレティシアを庇い、前に出たカミロの凍えるような殺気。
「ボランティア部ですか? そうですね、私は手芸部なので中々難しいですが、素晴らしい活動をされていると思いますよ」
にっこりと笑う顔と当たり障りの無い答えを解釈するに、どうやらヒセラに参加する気はないらしい。
それが普通だ。慈善活動がしたいなら、貴族には貴族のやり方がある。ボランティアでゴミ拾いをする連中の方が、どちらかといえば異質なのだ。
だが、しかし。
自ら活動をしているレティシアの心がけは、立派なものだと言えるだろうな。
「……折角だし、街にでも寄って行こうか」
私は心の中に生じた正体不明のざわめきを断ち切るように微笑んだ。
「本当ですか? 行きましょ、アグスティン様」
嬉しそうにはしゃぐヒセラは純真無垢で愛らしい。
だからきっと、出会った瞬間に心奪われたことは間違いではないはずなのだ。