閑話 平凡令嬢ルナ・パスクアルの観察
どうもみなさんこんにちは。私はパスクアル子爵家が長女、ルナ・パスクアルと申します。
歳は15歳。国中から貴族の子弟が集まる名門中の名門、アラーニャ学園に入学したばかりの新一年生です。
私は癖のある赤毛とそばかすの散った頬にコンプレックスを持つ、どこにでもいる貴族令嬢です。
取り柄といえば前向きなことと、嫌なことをすぐに忘れられる都合のいい頭くらいなものでしょうか。
普通を絵に描いたような私ですが、実は一つだけ気になることがあります。
それはボランティア部のレティシア先輩が、やたらと私に対して親切すぎるということなのです。
「ルナ、重いでしょう? 持ってあげるわね」
ああ、今もまた、レティシア先輩は私が抱えていた資料を持ってくださいました。
「レティシア先輩⁉︎ そんな、先輩に分厚い地図なんて運んでいただくわけには……!」
「いいのよ、私が引き受けたんだから」
レティシア先輩が軽やかに歩き出すので、私も慌てて後を追います。
彼女はよほど分厚い眼鏡をかけているようで、どうしてか目の印象がはっきりしません。ですがとても私を気にかけてくださっているのはわかります。
名門貴族の御令嬢なのに偉ぶったところがなく、優しくて真面目なレティシア先輩のことを、私はいたく尊敬しているのです。
……それでも、少々過保護すぎるような気はしますけど。
そう、なんの根拠もありませんが、まるで贖罪のような。
以前なんてボランティアで訪れた孤児院で私が子供に蹴られた時には、その子にこんこんとお説教をして下さいましたし。
それに何となくですが、ごくたまにレティシア先輩から謎の視線を感じるのです。眼鏡のおかげなのか、目を合わせようとしても叶わないのですが、気のせいなのでしょうか……?
(いやいや、気のせいよね。自意識過剰よ、私ったら)
私はそっと首を横に振りました。
レティシア先輩は優しいので、新入生を心配してくださっているのでしょう。素敵な先輩のお役に立つためにも、もっともっと活動を頑張らなければいけませんね!
他愛のないおしゃべりをしながら部室までの道をたどります。次のボランティア活動のため、私たちは資料を探しに来ていたのです。
部室棟は煉瓦造りの二階建てで、ボランティア部は2階の右端に部室を構えています。
あら? 部室を覗き込んだ途端、レティシア先輩が突如として動かなくなってしまいました。
……ああ! しかも、手にしていた地図を思い切り落としてしまうなんて。一体どうなさったんでしょうか。
「レティシア先輩、大丈夫ですか⁉︎」
私も思わず部屋の中を覗き込んだのですが、そこでようやくレティシア先輩が動揺した理由を悟りました。
なんと、なんと。部室から出てきて地図を拾ったのは、知らぬ者などいない学園のスーパースター、カミロ・セルバンテス様だったのです!
「この地図、中に入れておけばいいか?」
「な……な……!」
わなわなと震えるレティシア先輩。
うん、それは驚きますよね。だってこのボランティア部は、生徒たちからは変わり者の集まりだと言われているんですもの。
あ、身内なのでつい自虐してしまいましたけど、私はこの部活が大好きなんですよ!
「レティシア嬢と、えーと……」
ちらり、とカミロ様が私を見遣ります。
うわあ、美形だあ! 足が長くてスタイルがいいです。こうして間近に見ると大人っぽい雰囲気もあって、学生とは思えない貫禄を感じます。地味な我が部室を背景に、眩しいくらいに目立ってますね……!
「る、ルナ・パスクアルと申します!」
「カミロ・セルバンテスだ。今日から入部したからよろしく、ルナ嬢」
ええっと、こういうのを青天の霹靂って言うんでしょうか。
びっくりして何も言えないでいる私をよそに、レティシア先輩は真っ赤になって震えていました。
美形には興味ないって、前に仰っていた気がするのですが……カミロ様くらいになると、レティシア先輩ですら照れてしまうのかもしれないですね。