混沌のボランティア部 ②
「はっはっは! いやあ嬉しいねえ! まさかあのカミロ君が入部してくれるとはな!」
鷹揚に笑う部長の斜め前で、私は自分の席に腰掛け俯いていた。
どうしてこんなことになったのだろう。カミロは一言でも入部について言っていたっけ。言ってないわよね?
「仲間が増えるなんて嬉しいわあ。今年の新入生はルナちゃんだけだったものねえ」
「私も嬉しいです! 賑やかな方が絶対に楽しいですし、活動の幅も広がりそうですよね!」
クルシタさんもルナも無邪気に喜んでいる。待って、誰かこの不自然すぎる中途入部に疑問を持って!
「俺、役に立てるよう頑張ります。よろしくお願いします!」
隣に座ったカミロが爽やかに挨拶をすると、部長はますます嬉しそうに笑ってがっしりと握手を交わしてみせた。
「そんなに畏まらないでくれ! いや、むしろ我々の方が畏まるべきなのか?」
「いえ、俺は後輩なので。家格は気にせず学年の上下関係を優先するのが、この学園のルールですから」
そう、この学園にはそうしたルールがある。そうでないと上下関係がぐちゃぐちゃになってしまうので、創設された頃に決まったらしい。
お陰で学年が違う生徒とも交流がしやすい。卒業後は社交界の上下関係に適応しなければならないけど、学生時代の人間関係が生きているから何かと役に立ったりする。
「うむ、謙虚で公平ときた。素晴らしいではないか、なあ、レティシア君」
「えっ⁉︎ え、ええ、そうですね……」
いきなり部長から話を振られて頷いてしまったが、私だけは騙されるわけにはいかない。
何故ならカミロはマルディーク部のエースにして、去年は一年生ながらに全国大会で優勝したというとんでもない実績の持ち主なのだ。
魔法と剣を組み合わせて試合をする人気の競技、マルディーク。
竜騎士や近衛騎士にはマルディークの全国大会で上位の成績を収めた者も多く、またアマチュアリーグなどもあって試合の際には多くの人が見物に来るほどらしい。
確か一度目の人生でカミロに初めて声をかけたきっかけが、マルディークの御前試合で見事に優勝したことだったわね。
カミロはとっても強くて、当時はルールを知らなかった私でもわかるくらいに恰好良かった。
花形運動部のエースが地味文化部とかけもちって、そんなのおかしいわよ。
「え、ええと……カミロ様とお呼びしても?」
「同級生だろ。呼び捨てで構わないし敬語もいらないよ、レティシア」
爽やかすぎる笑顔と輝く赤髪が眩しい。相変わらずやたらと押しが強いことも気になるけど、私にはいくつか聞くべきことがある。
「で、では、カミロ。兼部するのよね? 大丈夫なの?」
「いや、もうマルディーク部は辞めたんだ」
「辞めたっ⁉︎」
私は思わず大きな声を出してしまった。
ただし他の三人も目を丸くしているから、これは衝撃を受けて当たり前の事件なのだ。
せっかくエースだったのにどうして辞めてしまったの。私の疑問を感じ取ったのか、カミロは困ったように首を傾げた。
「去年全国優勝したし、これ以上やることなくってさ。俺にはこちらの方が大事だ」
そうは言っても連覇とか、いろいろと目標はあったでしょうに。
私はそう続けようとしたのだけど、あることに気付いて口をつぐんだ。
そういえば今のカミロは記憶を取り戻したことによって、魔法の実力が竜騎士レベルにまで急成長を遂げているのだった。
身体的には17歳だけど既に体格は十分。一度目でのカミロは戦歴のある立派な竜騎士だったから、戦いで得た勘や反射神経だって並のものではないだろう。
……そっか。大人と子供が戦うようなものだから、相手に申し訳ないっていうのはあるんだろうけど。勿体無いなあ。
マルディーク部の仲間は残念だっただろう。団体戦なんかじゃさぞ頼りになっただろうに。
「その……けっこう地味だし、王族の方がやるような活動じゃないと思うけど」
「誰にも気付かれない奉仕活動ほど立派なことはない。尊敬に値する」
「そう言ってもらえると、嬉しい、けど。……ええと、ちなみに、どうしてボラ部にしたの?」
私は殆ど確信めいた予感を抱きながら、重要な質問をカミロへと投げかけた。
すると、返ってきたのは満面の笑みだ。
「もちろん、奉仕活動に憧れていたからだ!」
——嘘だ! 絶対に、嘘だぁ!
これは自惚れではないと思う。私がいなかったら、ボランティア部を選んだりはしなかったわよね⁉︎
怖い。どういうつもりなのかしら。もしかして私がヘマをしないか見張る目的で……?
「素晴らしいじゃないか!」
「やる気十分って感じねえ」
「とっても頼もしいです!」
ああ、三人ともすっかり信じきっちゃってるわ。待って、本当によく考えて。おかしいって気付いて!
しかし無言の訴えも虚しく、カミロはその場で入部届を書いて提出してしまった。
私たちは購買でお菓子を買い込んで、コーヒーで乾杯をし、取り急ぎの新入部員歓迎会を賑やかに楽しんだ。
こうして、新生ボランティア部はそれぞれの思惑が入り乱れる状態で混沌のスタートを切ったのである。
……あれ? 純粋にボランティアをしているのって、ルナだけなのでは……?