混沌のボランティア部 ①
さて、私はボランティア部というものに所属している。
読んで字のごとく、ボランティアをするのが主な活動内容の文化部である。
古くからある部活の一つらしいけど、残念ながら部員は少なく、私を含めてたったの5人しかいない。
何故なら我らがボランティア部は、貴族の慈善活動とは一線を画した地道な活動内容で『あんまりやりたくない部活』として認知されているためだ。
このアラーニャ学園は全国から貴族の子弟が集まる由緒正しき3年制の私立学園。
選りすぐられたおぼっちゃまたちは、普通なら貴族がやらないであろう本気すぎるボランティアに引いてしまうのだ。
私はそんなところが気に入ったんだけどね。苦労すればするほど、一度目の人生の罪滅ぼしになるような気がして。
けれど、今ではとても素敵な部活だと思っている。
贖罪のためだけじゃなく自分にも出来ることがあるんだってわかったから、近頃は凄くやりがいを感じているのだ。
授業を終えれば部活の時間がやってくる。
足取りも軽く校庭を横切った私は、煉瓦造りの部活棟に足を踏み入れた。
ボランティア部は2階の右端に位置している。勝手知ったる廊下を歩いて見慣れたドアの前に立ち、ノックの後にドアノブを捻った。
沢山の資料が詰め込まれた本棚に、好き勝手に持ち込まれたお茶の道具。紙とコーヒーの匂いがする空間の中央には、さほど大きくない円卓が置かれている。
その周りには、既に三人の部員が腰を据えていた。
「やあ、レティシア君。お疲れ様」
「お疲れ様です。お待たせしてしまいましたか?」
最初に挨拶をしてくれたのは、このボランティア部を取りまとめる部長、マルティン・シルベストレ先輩だ。
ちなみに、私は部長と呼ばせてもらっている。
薄茶色の髪と色素の薄いライトグレーの瞳を持つ彼は一見すると貴公子然としているのだが、実際は気さくな、本人曰く田舎の男爵家の気楽な四男坊だ。
「大丈夫よお、レティシアちゃん。コーヒー飲む?」
「ありがとうございます、クルシタさん」
穏やかな笑みでポットからコーヒーを注いでくれたのは、クルシタ・ボノ先輩。ボノ伯爵家の長女で、ウェーブを描く亜麻色の髪がどこか妖艶な魅力を放つ美女。
彼女は副部長を務めており、いつも後輩のことを気にかけてくれる素敵な先輩だ。
「レティシア先輩、お砂糖どうぞ!」
「ありがとう、ルナ」
そして元気な笑みで角砂糖の入ったガラス瓶を差し出してくれたのは、一年生のルナ・パスクアル子爵令嬢である。
私は笑みが引き攣りそうになるのを必死で抑えながら、そっと角砂糖のビンを受け取った。
ルナは何の表裏もない笑みを浮かべている。腰を浮かした瞬間にボブカットにした赤毛が軽やかに揺れるのが、何だか小型犬みたいで可愛らしい。
白い肌に浮いたそばかすと、珍しくない灰色の瞳。
誰とでも打ち解けられそうな、分け隔てのない笑みが魅力的な女の子。
そんな彼女を相手に何故こんなに緊張しているのか。
それはなんとこのルナこそが、私が一度目の人生の時に流刑にしてしまった侍女、その人だからである!
『酷いわ、ルナ! 今日はアグスティン殿下と公務だったのに……!』
これはルナが王太子妃を化粧する際に、うっかり眉毛の三分の一を剃り落としてしまった時の、実に感情的な私の台詞だ。
興奮を治めることもせずに流刑を言い渡した瞬間、ルナはすっかり顔を青ざめさせて震えていた。
今思い返しても本当に馬鹿。
眉毛くらい描けばどうとでもなったのに。
不器用ながらも頑張って仕えてくれていたのに。
どうして大丈夫よって、笑いかけてあげられなかったの。
そんな相手が入部してきたのだから、初めて会った時は心臓が止まるかと思うくらいびっくりした。
だってこんなところで再会するなんて思わないでしょう? というか、そもそも同じ学園に通っていたことも知らなかったんだもの。
「レティシア先輩? 何だか、顔色が悪くないですか? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ! ちょっと疲れているだけだから! 全然、平気!」
慌てて取り繕うと、ルナは安堵したように笑ってくれた。
ああ、辛い。ルナがいい子すぎて辛い!
一度目の人生では本当にごめんね。ああでも、謝りたいのに謝れない。
だって「一度目の人生で私は王太子妃で、貴方は侍女だったの。そして私は貴方の小さなミスに腹を立て、流刑にしてしまったのです。本当にごめんなさい」とか言い出す先輩って……うん、考えただけでゾッとする。頭のおかしい女でしかないわ。
「レティシア先輩はすっごく勉強を頑張っておられるんですもんね! 私、とっても凄いと思います!」
あああ! こんな良い子に私は! 私はあああああああ!
頭を抱えて蹲りたい気分になっていると、部長が早々にミーティングを始めてくれたのでギリギリのところで思い止まった。
うう、辛い。ルナがいい子すぎて辛い!
せめてこの二度目の人生では優しく、頼れる先輩として接しなきゃ……!
「次の活動はモレス山にゴミ拾いに行こうと思う」
部長が提示したのは、近頃になって行楽地のゴミ問題が深刻化しているという新聞記事だった。
気を取り直した私はその記事にざっと目を通す。
なるほど、観光地のモレス山を綺麗にすると。盲点だったかもしれないわ。
「いつも調べてくださってありがとうございます、部長」
「構わないよ。これも内申点のためだからね」
うん、この徹底した内申点狙いの姿勢、これぞ部長って感じで安心するわね。
このボランティア部は本番の活動とその前に行われるミーティング以外は基本的にフリータイムとなる。よって大学への推薦を狙う部長には、内申点稼ぎと受験勉強の両立にちょうどいいのだそうだ。
こうして下心満載の部長だけど、実際のところこの部活が好きなのは本当のようだし、尊敬すべきところの大いにある頼れる先輩だ。たとえその動機が全て内申点に直結していたとしても。
「あらあ、今度は観光地に行けるのねえ。どんな食べ物があるのか楽しみだわあ」
この世の全てを虜にできそうなうっとりとした笑みで言ったのはクルシタさんだ。
彼女はこのキュッと締まったウエストに似合わず、部活を口実に外に出ては食べ歩きをする大食漢なのである。
寮生はそう頻繁に外出許可なんて取れないから、彼女にとってもボランティア部はちょうど良かったらしい。
それにしても摂取した栄養全てが胸を育てている気がしてならない。食べても食べても太らない人ってたまにいるけど、どうしてなんだろう? 羨ましい……!
「次は山でゴミ拾いですか。ハイキングも兼ねて気持ち良さそうですね。楽しみです!」
ルナの笑顔にはやっぱり何の裏もなく、どうやら三年の先輩方の欲望に溢れた言動にも疑問を抱いていない様子だ。恐るべきピュアガール。
「そうね、楽しみね、ええ!」
太陽にでも照らされたような気分になった私は、何とか頷き返すことに成功した。
ふう。みんな基本的に良い人たちなんだけど、たまに心の中でツッコミ疲れを起こすのよね。
「……おっと。まずいな、地図を忘れてしまったか」
「部長、地図とはなんです?」
問いかけると、部長は資料を漁っていた手を止めて顔を上げた。
「モレス山の地図だよ。地理の資料室から借りてきたと思ったんだけど」
「地理の資料室ですね。でしたら私、取ってきます」
こういうのは後輩の役目だ。恐縮する部長を制して立ち上がると、ルナもまた勢いよく腰を上げた。
「私も行きます! お手伝いさせてください!」
もう、ルナは本当に良い子ね。この罪悪感さえなかったら、手放しで可愛がるのにな。
私たちは地理の資料室に地図を借りに行った。
そうして足早に戻ってきたとき、本日一番の驚きが待ち構えていた。
「よ、どうも。邪魔してるよ」
円卓の私の席の隣、我が物顔でカミロが座っているだなんて、誰が想像できると思う?
ちょっとこれは、さすがに、処理できないって言うか、なんて言うか……。
……誰か何が起きているのか教えて!