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ついに現れた男爵令嬢

「というわけで、私の素顔を見ると記憶が戻るかもしれないんですって」


「な……何だって⁉︎」


 アロンドラの研究室兼自室にて事の次第を説明し終えたところ、興奮に満ちた反応が返ってきた。

 時の女神シーラについて話した時も目を輝かせていたが、これはそれ以上の喜び様だ。


 立ち上がった勢いで薄桃色の髪がぴょこんと跳ねる。アロンドラは笑みすら浮かべながら、大股で私との距離を詰めてきた。


「眼鏡を取ってくれ! 今すぐに!」


「そうくると思ったわ」


 この探究心を抑えるのは不可能と判断した私は、早々に抵抗を諦めた。

 すぐに眼鏡を外して目を合わせてあげたのだが、最初はわくわくしていたアロンドラもすぐに顔を曇らせていった。


「……一度目の人生の記憶など少しも戻って来ないのだが?」


「一度目の時に深い関わりがあった人じゃないといけないそうよ。そもそも、アロンドラは私の素顔くらい見たことあるじゃない」


 親友相手に隠す必要もないので、私はアロンドラの前では普通に眼鏡を外している。眼鏡が曇ったり汚れたりしたら当然拭きたいので。


「なんだ……」


 露骨にガッカリした様子で言うと、アロンドラはまた愛用のデスクチェアに腰掛けた。

 しばし考え込むように腕を組み、またすぐに目を合わせてくる。


「しかし、素顔を見られたら記憶が戻るとなると、迂闊に眼鏡を外すこともできないのではないか」


「そうなのよ、気を付けないと。機を見て魔道具の眼鏡から普通の眼鏡に変えて、ギャップを少なくしたらどうかって話は出たんだけど……」


 本当にカミロとの結婚が現実になったら、眼鏡をかけるのはもうやめるつもりでいる。


 だから卒業してから徐々にこの地味眼鏡スタイルを改めて、最後には殆どギャップを無くしてしまおうという計画だ。

 まだ先のことになるから、具体的には全然考えてないけどね。


「なるほど、対処法として有効かもしれないな。しかし私としては、一度目の時に君と関わりがあった者全員に、片っ端から素顔を見せてみたいところだがね」


 アロンドラは私と目を合わせずに、考え込むようにしながら言った。


 ……あの、それは勘弁してください。






 週末を終えて次の月曜日。カミロと噂していた通り、私のクラスに転入生がやってきた。


「ヒセラ・エチェベリアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 陽の光を弾く銀の髪に、森の色を溶かしたようなディープグリーンの瞳。さくらんぼの唇が笑みの形を作った瞬間、クラス中の男子たちが一斉に息を呑んだのがわかった。


 一度目の人生の時と寸分違わぬ儚げな美貌が眩しくて、私は思わず額に手を翳したくなった程だ。


「ついにヒセラ嬢が転入してきたのか」


 隣の席に座るアロンドラが、聞き取り難いほどの小声で感心したように言う。本当に私が言った通りのことが起きたのはこれが初めてなので、改めて驚いたのだろう。


「そうね、ちょっと緊張するかも」


「浅からぬ因縁がある相手だ、無理もない。まあ今の君なら関わらずに済むさ」


 アロンドラの落ち着いた笑みを見ていたら、私もすぐに平静を取り戻すことができた。


 今の私は殿下の婚約者ではないし、二人がラブラブになるのを妬む理由もない。今生ではただ二人が愛を育むのを温かく見守っていれば良いだけのことなのだ。


「はい、クラスの仲間が増えましたね。みなさん仲良くするように!」


 担任のリナ・アレン先生がよく通る声で言う。

 国語の先生であるリナ先生はまだ20代前半と歳若く、お淑やかで優しい素敵な先生だ。


「では、ヒセラさんは廊下側の後ろ、空いている席に座りましょうか」


「はい、先生。ありがとうございます」


 折目正しく頭を下げたヒセラ様が、銀の髪を靡かせて歩き始める。その優美な様に男女関係なく全員が見惚れているのがわかって、私は感心してしまった。


(既に凄い人気ね。きっと休み時間は囲まれるんだろうな)


 一度目の時と全く同じ席にヒセラ様が腰かける。私は窓側の後ろの席で、アロンドラから更に三つまたいだところにあるのがヒセラ様の席だ。


 リナ先生の明るい声が響いてホームルームが再開される。私は上の空になりそうなところを何とか持ち直しつつ、先生の話に耳を傾けていたのだった。





 案の定、一限目が終わった瞬間にヒセラ様は生徒たちによって囲まれてしまった。黒山の人だかりを眺めながら、私とアロンドラはひそひそ声でこれから起こることについて確認する。


「それで、アグスティン殿下とヒセラ嬢はどこで知り合うんだったかな?」


「確かこの後に廊下でヒセラ様がハンカチを落として、殿下がそれを拾い上げるのよ。私もその場に居合わせたんだけど、熱く見つめ合ってわかりやすかったのよね」


 さて、今回も同じ事が起こるのだろうか。


 私がアグスティン殿下に関わっていない時点で、恐らくはタイミングがずれるはず。ヒセラ様の落としたハンカチに、果たして殿下は気付くことができるのか。


「もしかして何とか気付くようにアシストした方がいい? もしここで二人が出会わなかったら、今後きちんと出会ってくれるかわからないもの」


「……やめておけ、レティシア。君は殺された相手に対してお人好しが過ぎるぞ。もし気付かれたらどうするつもりだね」


 アロンドラが呆れたようにため息をつく。確かに彼女の言う通りだったので、私は逸る気持ちを抑えて頷いた。


「確かにそうね、やめておくわ。一度目の人生であれだけ想い合っていた二人だもの、きっとどこかで出会うはずよね」


「ああ、きっとそうだ。君は静かに見ていればそれでいい」


 二人で頷き合ったタイミングで、ヒセラ様が席を立った。


 ついにこの瞬間がやってきたのだ。私たちはお互いに目配せをして、ヒセラ様が教室を出た一拍後に動き出した。


 殿下には関わらないと誓った私だけど、だからこそ二人が恋仲になるのを見届けたい。順風満帆に二人の仲が進んでくれれば、私とは関わらないで済むと確証が得られるからだ。


 気配を消して美しい銀髪を追いかける。うん、大丈夫だ。自分で言うのも何だけれど、私は友達も少ない地味な存在。普通に歩いていれば誰も気に留めない。


 するとやはりと言うべきか、廊下の向こうからアグスティン殿下が姿を現した。


「殿下がお出ましだ」


 アロンドラが面白そうに囁く。私は何だか緊張して、じっと無言で二人の行く先を見つめる。

 だからヒセラ様がアグスティン殿下とすれ違う瞬間、後ろ手にハンカチを落としたことには、驚きすぎて足を動かすことしかできなくなってしまった。


 あれ?


 え?


 ちょっとまって、今。

 ヒセラ様、わざと落としたの……?


「おいおい……」


 隣でアロンドラもまた言葉を失っている。呆然とする私たちの眼前で、アグスティン殿下はハンカチを拾い、ヒセラ様に手渡している。


 その瞬間、教会の鐘の音が聞こえた気がしたわよね。


 一度目の人生と違ったことは、二人と私の距離が開いていたことだろうか。そっくりそのまま再現された光景にて、アグスティン殿下は驚いたように目を丸くし、ヒセラ様も同じような顔をしている。


 いや、あなた今、わざと落としたわよね?


「フォーリンラブ……」


 小さく呟いたアロンドラを黙らせるべく腕をつつく。何食わぬ顔をした私たちは、出会いを果たした恋人たちの横を静かに通り過ぎた。

 そのまま無言で歩いて校舎を出て、中庭に到達した瞬間、一気に力が抜けてベンチに座り込む。


「ねえアロンドラ、何が起きたの?」


「待ちたまえ、今私も考えている」


 しばしの間押し黙ったアロンドラはやがて私と目を合わせると、堂々とした調子で言い切った。


「つまり、かの出会いは元々ヒセラ嬢の仕込みによるものだった、ということではないか?」


「や……やっぱりそういうことなの⁉︎」


 意見が一致してしまった衝撃に、私は天を仰いだ。

 知りたくなかった。だからどうと言うわけじゃないけど、ヒセラ様が計算高い女の子だったなんて、知りたくなかったよお!


「どうやら彼女は相当な野心の持ち主らしいな。まあ一度目の時も婚約者のいる王太子に手を出したくらいだ、並の神経ではあるまいよ」


「そ、そんな……! たまたま好きになったのが王太子殿下だったわけじゃないの⁉︎」


「何度も言うが、君はお人好しが過ぎる。元とはいえ恋敵だぞ、もっとこき下ろしてやれば良いじゃないか」


 アロンドラが呆れたように言う。確かに正当な婚約者だったところを横から故意に奪われたのだから、もっと怒っても良いのかもしれないけど。


「いえ、そんな、怒る気持ちは湧いてこないっていうか……」


 むしろ衝撃が過ぎ去ってしまえば、凄いなあとしか思えないというか。

 だってそんなに賢く立ち回るだなんて、私にはできないもの。現に真正面から猛アタックばかりしていたら、殿下には嫌われちゃったわけだしね。


「ふむ。まあ、そう思えるくらい、君にとっては過去でしかないという事なのかもな」


 苦笑混じりの彼女の言葉は、ストンと私の胸の内に収まった。


 ……そっか。自分で思っていたよりもずっと、私はかつての恋を整理できていたんだわ。


 というか、あれって恋だったのかしら?


 私はアグスティン殿下の冷徹で堂々とした振る舞いが好きだった。

 彼が国王になるために努力していることを尊敬していた。

 誰にでも毅然と接することができるのも、王族としての自信の現れであって、かっこいいと思っていた。


 今思えば狂おしいほどの恋情というよりも、手の届かないものへの憧れに似ていたような気がする。欲しい欲しいと言いながらも、どこかで振り向いてもらえないことを納得していたような——。


「それにしても……」


 私はその時自らの思考に夢中になっていたので、アロンドラが考え込むように呟いたことに気付くことができなかった。


 予鈴が涼やかな鐘の音を響かせる。私は何だか清々とした気分になって、アロンドラを促し教室へと歩き始めたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最高です。ありがとうございます。
[一言] アロンドラは何が気になったのかな?
[良い点] あ…。そう言う裏があったんだ((o(^∇^)o)) [一言] 何かヤバイ気配が…。(´д`|||) ひょっとしたらあの反応、王太子が記憶取り戻したかもしれない!(´д`|||) 例の男…
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