42. 第八死合!悪役令嬢vs道化の転生ヒロイン【閑話パート】
「うーん……」
『どうしたんですか?』
何か悩むカレリンに美しいがいつも無表情で人間味を感じさせないルナテラスが言葉をかける。いつも無機質なはずのルナテラスは、だがどこか温かみを感じる。表情が、声音が、言葉遣いが、そして彼女の雰囲気がいつもより柔らかい。
「なんか最近やたらとピンク頭の子が突っかかってくるのよ。『あなたには負けない!』とか『わたしが世界を正しい道に導く』とか訳の分からない事ばかり口にするの。それに、ガルム様や側近3人衆も彼女とよくつるんでいるみたいで」
カレリンはどこか煩わしそうに顔を顰める。その彼女を見るルナテラスの目がスッと細くなる。
『そろそろ貴女にも分かってきたんじゃありませんか?』
「ピンク頭が転生ヒロインってこと?」
『そして、貴女の婚約者ガルム・ダイクンが攻略対象である事に』
ルナテラスの告げる事実に、しかしカレリンは驚いた素振りもなく、ただ肩をすくめてみせた。
「まあねぇ」
『落ち着いていますね。ガルムから婚約破棄されるかもしれないんですよ?』
カレリンは空を見上げる。その表情は特に焦った様子もなく、しかし明るいものでもない。何となくアンニュイな雰囲気だ。
「婚約破棄かぁ……」
『あまり興味無さそうですね。ガルムが好みではないからですか?』
「まあ確かにガルム様は好みじゃないし、婚約破棄されても生活には困らないのよね。だから婚約破棄自体は全くもって問題ないんだけど……」
カレリンは『婚約破棄』というワードに納得のいかないものを感じているようだった。
『……歯切れの悪い言い方ですね』
「なんかね、婚約破棄されるってのに実感が湧かなくて」
『ですが、実際にガルム達はラファリィと一緒にいるのでしょう?』
「んーそうなんだけど……」
『けど?』
視線を空からルナテラスに戻すとカレリンは人差し指を頬に当てた。女神にも劣らぬ美貌だが、まだ幼さも残しており、あどけない仕草はまだ愛らしくもある。
「ガルム様って私にべた惚れじゃない?」
『……貴女、自分でそれ言いますか。凄い自信ですね』
ホント凄い自信だ。
「いや…自信と言うか……事実?」
『その根拠は?』
「だって私ってばメチャいい女だし、それに超絶美人だし、ものすっごいボンッキュッボンッじゃない?」
『真実なだけに余計イラッときますね』
そう宣うが、ルナテラスはそれ程には苛ついてはいないようだ。カレリンもそれには気がついているようで言葉を続ける。
「私のフェロモンにガルム様ってメロメロだもんねぇ」
『その自信…本当にムカつきますね……そして、それがおそらく間違っていないのが、また腹立たしいです』
感情が見えない表情でありながら、ルナテラスは怒っているより寧ろ楽しげに見えるのは気にせいだろうか?
「だからガルム様が婚約破棄する姿が想像できなくて」
『そうなると彼の伴侶になりますが……いいのですか?好みではないのでしょう?』
「そーなんだけど、何だかんだでガルム様とは付き合い長いじゃない?」
『まあ、婚約して3年以上経ちますからね。情でも湧きましたか?』
「情なのかな?腐れ縁みたいなもんだと思うけど」
『それ程ガルムを嫌いではないのですね』
「うん…まあ……だから私としてはガルム様と結婚してもまあいっかって思うわけよ」
『少し絆されましたか……』
「だから、この先どんな結末であっても私は十分幸せに生きていける自信があるわ」
『もともと貴女がハッピーエンドを迎えてくれればよいのです。カレリン……貴女は好きなように生きなさい』
にこりと笑うルナテラスの柔らかい表情と口調、優しい言葉にカレリンは暫し見惚れた。
我に返るとカレリンは少しはにかんで頬を朱に染めた。
「うん、そうする……あの……ありがとう」
『貴女がしおらしいと調子が狂います』
もじもじしながらも素直に礼を口にするカレリンに対して、ルナテラスは憎まれ口を叩くがこれは彼女の完全なる照れ隠しだ。
「なによ!私はいつだって淑女よッ!」
『貴女が淑女なら、地上最強の生物は聖人君子ですよ』
カレリンもそれに気がついているようだが、こんなやり取りがこの2人のらしさなのかもしれない。
「あんな人でなしと同じにしないでよ」
『忘れましたか?貴女はそれ以上の人外だってことを』
「くッ!言い返せない。
覚えてなさいポンコツ駄女神!」
『はいはい……走る時は人を撥ねないように気をつけてくださいね』
捨て台詞を吐いて去るカレリンの後ろ姿を見送るルナテラスの眼差しは、とても温かく優しい。その柔和で美しい面差しはまるで慈母神のよう。
しかし、カレリンの姿が見えなくなるとストンっと表情から温もりが抜け落ちた。一変した彼女のその表情は氷よりも冷たく、だけど……いや、だからこそ精巧な美術品の様にとても美しい。
ルナテラスの無機質な美貌は黙って微動だにしないと、本当に作り物ではないかと感じさせる。
『さて……いつまで隠れているつもりですか?』
まあ当然気がついているよな。
『くッくッくッ……創造神ルナテラスが随分と人間に肩入れしているじゃないか』
おれの揶揄いの言葉に、ルナテラスの氷の表情は全く動かない。カレリン相手にはあんなに感情を見せたくせに。
『覗き見とは相変わらず趣味が悪いですね邪神ちゃん』
『誰が邪神ちゃんだッ!だいたい覗き見はお前も同じだろーが』
ふんッと鼻で笑う彼女の表情は、それでも変わらず無機質だ。
『覗き見とは失敬な。私は慈母の様に彼女を見守っているだけです』
『よく言うぜ。この世界全てがお前の実験場だろーが。あの女もモルモットの1匹としか思っていねーくせに』
おや?おれの言葉にルナテラスの雰囲気が少しだけ揺らいだ様に見えたが……
『それが……世界の可能性を模索する事が創造神の1柱である私の責務ですから』
『ふん!様々な世界を産み出し、そこから発生する並行世界を観察するか……おれには理解できんな』
ルナテラスの様な創造神は多くの世界を創造している。それら世界と作られた世界から派生する並行世界をつぶさに観察するのは、更なる高次元存在――つまりは我ら神を産み出した存在を知覚するため。
『だから私はその方法の1つとしてこの世界を作ったのです』
『そうして自分達もより高みの存在へと昇華する……か?』
くだらない。
それにいったい何の意味がある。
『くだらないと思うのでしょう?』
ぎくッ!
『そう思う事自体が大いなる存在によって作られた貴女という存在の意義かもしれませんね』
『おれの享楽的な有り様も、お前ら創造神達が行っている大規模な実験もか?』
けっ!胸糞悪い。
『貴女ならそれを許せず高みへと至れば、それら存在に喧嘩を売りそうです』
『くっくっ!違いない』
創造神の責務を全うする高尚なルナテラスを見ていて、おれは悪戯心が湧いてきた。
『そんな責務を果たそうとしている創造神様が女ひとりに随分ご執心じゃないか』
『彼女は貴女が送り込んだ者への対策でしかありません』
表情は全く変化しないが、ルナテラスの気に小さいながら乱れが生じた――ビンゴだ!
カレリンがルナテラスのアキレス腱だな。
『図星かよ……まあ人間にしては相当な美人だからな。もしかして惚れたか?』
おれがにやにや笑うとほんの僅かだが、ルナテラスの表情に険が見られた。こんなに分かりやすいルナテラスも珍しい。
『貴女と一緒にしないでください。私はノーマルです』
『つれないな。おれを手酷く振っておいて、カレリンには愛おしそうな顔をしていたくせに』
ルナテラスが珍しく、ふぅっと本気でため息をついた。
『本当にそんなのではありませんよ』
『そうか?ならおれが頂くか。けっこう好みだ』
カレリンの姿を思い出しと自然と舌舐めずりしてしまう。
『おやめなさい。邪神の邪は邪悪ではなく邪の方ですか!』
『だけど、カレリンは中々の逸材だぜ。見ているだけで飽きない』
おれの言葉にルナテラスがにやりと笑った。あくまでも氷の様に冷たい笑いであったが、ゾクっとするほど綺麗だ。
『飽きないと言うのには私も賛成です』
『ああ……正直に言うと、おれはもう復讐だとか仕返しだとかどうでもよくなっていてな。そんな事よりもカレリンを見ていた方が楽しい』
おれの告白にルナテラスはくすくすと笑い出した。
『ええ、実を言うと私もこの世界への執着はないんです。カレリンを見ていると全てがどうでもよくって……』
成る程……
つまり今のルナテラスはおれと同じ気持ちなわけだ――悪くない。
おれも口の端を上げて笑うとルナテラスと顔を見合わせて頷いた。
『『彼女は最高よ(だ)!』』
みなさん、驚きです!
マーリス、ヴォルフ、セルゲイ、既に皆から忘れられた身の弱敵達!
なんと!彼らは転生ヒロイン・ラファリのために、カレリンを攻撃してきたではありませんか!
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