32. Bonus Stage 其は西方の大魔獣!野生の矜持《魔獣拘留篇》
これは大陸の4大魔獣の1柱、西方で敵なしと謳われた魔狼フェンリルである彼が、カレリン・アレクサンドールに敗北し、彼女に従属してからのアレクサンドール領における人間に屈するという屈辱に塗れ、野生の矜持を踏み躙られ辛酸を舐める生活の中でも誇りを忘れず耐え忍んだ日々のお話――
吾輩は西の大魔獣フェンリルである。名前はまだ無い。
理由は吾輩の主人カレリン・アレクサンドールが吾輩をフェンリルと呼び、名前をつけないでいるからだ。だから屋敷の侍女やメイドからはフェンだのリルだのフェルだのと好き勝手に呼ばれてはいる。
まあ、彼女達の吾輩に対する呼び名などどうでもいい事だ。
そう、吾輩は大陸でも屈指の大魔獣だ。呼び名如き些事でいちいち怒りを露にする小物ではない。
最強で魔獣たる矜持、野生の王者たる誇りを胸に、吾輩は泰然とした振る舞いを心掛けている――
「フェンちゃーん!ごはんですよぉ!」
「ワン♡ワン♡」
――侍女なる人間が吾輩に供物を献上しに来たか。
何故に吾輩が犬が如き吠え声と尻尾を振って応答するか。かくの如き屈辱を甘受するのは深甚なる所以がある――決して喜んでなんかいないんだからねッ!
今の吾輩は子犬の如き矮小な形をしている所為である。この姿では人語を解せても操る事叶わず、仕方無しに犬畜生が真似事をせざるを得ないのである。
では、斯様な姿をせねばならない所以とは何か?
それは吾輩の主人に伴われ、この屋敷の敷居を跨いだ時に遡る――
その時、屋敷で吾輩を待ち受けていたのは、如何に人間ほど不人情なものはないと言わざるを得ない所業。
「ねぇ、パパァ、ママァいいでしょぉ〜」
(注:カレリンは本人達の前ではパパ、ママと呼ぶよう躾けられています)
「いけません!元いた場所に捨ててきなさい!」
まるで拾ってきた犬猫の如き扱い!吾輩は捨て犬では無いのに何たる辱め!――吾輩は無敵の魔狼フェンリルぞ!
「ママの言う通りだ。我が家でこんな大きな犬は飼えないぞ」
「えー!でもパパうちのお屋敷は十分に広いわ!」
「いや、大型犬は糞も大きく処理が大変なんだ。このサイズを見てみなさい。並の大型犬の数倍はデカイぞ。糞もそれだけ大きいはずだ」
吾輩の排泄物の大きさを論じるとは何たる屈辱!――しょうがないでしょ生きてるんだから!
「そうよ。それに抜け毛も凄い量になって大変よ。使用人達に迷惑がかかるでしょ?」
「えー!でもぉ〜」
「世話だって大変よ?それにこんなに大きくちゃ散歩に連れて行くのも大変じゃない」
「そこは私が何とかするわ」
「カレリンちゃん以外できないじゃない!それに躾やトリミング、グルーミングも全部はできないでしょ?」
「私がちゃんと世話するからぁ」
「ダメです!ペットが欲しいならもっと小さいのにしなさい」
「この子がいいの!この子じゃなきゃいや〜!」
くッ!何だこの遣り取りは!?吾輩は愛玩動物ではないぞッ!ここまで吾輩を侮辱するとはッ!
「うぅぅぅ〜」
「そんな目で睨んでもダメよ」
「どうしても?」
「もう!いつもは聞き分けがいいのに……こんな大きいのは無理よ」
吾輩の主人は何を思ったか、じっと吾輩を覗き込む。
「ねぇフェンリル。あんた魔力の大きな魔獣よね。小さくなったりできないの?」
徐ろに主人が吾輩に命じたのは、そんな荒唐無稽――でもないな。
「可成り」
「「しゃべった!?」」
吾輩が人語を操るが如き些事で、主人の父母が驚愕せしめる。己らが1番賢いと勘違いしている人間の傲慢さにはほとほと呆れ返る。
吾輩はさっそく変化する。瞬時に身体が縮み、矮小な仔犬の大きさに成ってみせた。
「「――――ッ!!」」
驚いたようだ。フェンリルこそが真に優れた種であると知れッ!
もっと驚嘆し、恐れ慄け!
「ッんまぁぁぁぁぁ!!!」
俄に主人の母君が絶叫した。吾輩の脅威をようやく察知し――
「何この子!可愛い!小ちゃくて!真っ白ふさふさで!キラキラした愛くるしいお目々!」
――てないんかいッ!!!
「あなた!この子、うちで飼いましょう!いえ、飼います!」
うぉッ!母君に拘留されてしまった。両脇を掴まれ、父君にずいっと提示されるは甚だ不本意なれど、今は忍耐の時……
「うーんママがそう言うなら仕方がない。まあ、このサイズなら問題ないだろう――まあ可愛いしな」
くッ!
この親父めッ!
吾輩の頭を気安く撫でるでない!
まるで仔犬を愛玩するが如き態度!
この魔狼フェンリルに対してなんたる不敬ッ!
「でしょでしょ?んー!可愛い♡」
こらッ!頬擦りするな!ギュッと抱き締めるな!人間如きが不快である――ん?
何だ?母君から漂ういい香りは……まるで芳しく香る花に包まれているようだ。
何だ?母君の胸元の柔らかさは……まるでふわふわな雲に抱かれているようだ。
ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!――――
……………………
――――ハッ!
しまった!
不覚にも香りと心地よい感触に自失してしまっていた。
あの抗し難い誘惑は未知の精神攻撃に相違ない!
人間とは斯くも恐ろしき存在であったとは!
くッ!しかも吾輩が無抵抗のうちに首輪を嵌め鎖に繋ぐとは――何と卑劣なッ!
どうしても吾輩が自由を完うして楽しい野生生活をするには人間と戦ってこれを殲滅せねばならぬらしい。
だが隣にいる我が主人は人間の範疇というものを大いに逸脱している。元来、吾輩はげに恐ろしき貴族令嬢に目を付けられた所為で、野生の権利を失っている。
もし反抗しようものならば腕力に訴えてくるのは必定である。しかるに、吾輩は主人に勝負を挑む事は無理だと諦念している。
幸いにして三食昼寝付きの待遇を勝ち取った。吾輩としては、ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。
いくら我が主人だって、そういつまでも栄える事もあるまい。まあ気を永くフェンリルの時節を待つがよかろう。
「それで、この犬の名前は決めたのかい?」
「自分のことをフェンリルって呼んでいたわ」
「「――え!?フェンリルッ!!!」」
ふっ!我が主人の母君と父君は驚愕したか。然もありなん。
聞けば我が主人は人間の中ではまだ幼いとの事だ。幼子では吾輩を知らぬのも無理からぬ事よ。親なれば成人しているのは間違い無く、然れば吾輩を知らぬ道理はな――
「えーーー!可愛くないわぁ!」
「しょうがないわママ。もう名付けられていたみたいなんだもん」
「まったく……この子の親は何でそんなヘンテコな名前を付けたのかね」
――におぉぉぉぉぉ!!!
こいつらはッ!魔狼フェンリルである吾輩を愚弄すれば気が済むのだ!!!
この恨み晴らさでおくべきか――ッいつか滅ぼすッ!!!
――といった仔細で、吾輩は斯くの如く惨めな姿を晒している次第である。居候の身なれば多少の事は我慢せねばなるまい――決して愛玩動物ではないぞ!
「フェンリルちゃ~ん!」
「――ッ♡」
むむっ!あの呼び方は母君だな。
「わん♡わん♡」
「あー!フェンちゃんダメェ!!!」
吾輩が母君の呼び掛けに応じて走り出すと、先程まで吾輩に給仕していた侍女が非難めいた声を発した。
「もう!今日は私の番なんですよぉ!奥様が来たらフェンちゃん奪われちゃいます!」
「あら?ごめんなさい」
母君は侍女に謝りながらも足元に近寄った吾輩を抱き上げ、豊満な胸元に抱きかかえた。
何とも芳しい香り、温かく柔らかな胸!
三食昼寝が付いて、至高の谷間に埋まるは極楽浄土に勝るッ――
ふおぉぉぉぉぉ!!!
――まさにここは地上に出現した楽園!!!
『アレクサンドール家はいったい……こんな親でゲームのカレリンはどうして悪役令嬢に?それにしてもフェンリルは恨みを晴らすんじゃなかったんですかね?』
西方最強の堕淫魔獣フェンリルの子犬バージョン(都鳥様よりの頂き物です)




