30. 第七死合!悪役令嬢vs怒りの乱暴者【閑話パート】
――(翌日)――
早朝の王都――
まだ、人も疎らな通りをピンク色の頭の少女が駆けて行く。
纏っている制服と襟元にある1年生の校章から、今年の王立魔法学園の新入生だと分かる。実際、彼女は魔法学園の方へ向かっている。
彼女の身長は低く、起伏に乏しい身体つきだが、制服の裾から白く細い華奢な四肢が覗き、その顔はとても愛らしい。
男なら誰もが庇護欲を掻き立てられそうな、見た目は清純で可憐な美少女だ。
少女は王立魔法学園の正門の前に到着すると立ち止まって学園を眺めた。門の前には守衛が2人不審者が入ってこないように目を光らせているが、学園の生徒達の姿は全く見えない。
当然だ――始業まで時間がかなりある。
だが、この少女には、この時間に学園へやって来なければならない訳があった。
「入学して2ヶ月……ガルム君や側近の3人の攻略は順調――」
そう――彼女はヒロインだった。
入学式以来この2ヶ月で彼女がクリアしてきたイベントを思い出す。
オープニングイベントを順調に熟した彼女は攻略対象の騎士団長令息マーリス・ツナウスキーを皮切りに次々と側近達を攻略していった。今では、本丸の第2王子ガルム・ダイクンも攻略が終了していた。
「――なんだけど攻略対象やイベント関連のキャラの様子がおかしいのよね」
少女がこの時間に登校してきた理由がそれである。
「確かにガルム君達は簡単に攻略できたんだけど――いえ、幾らなんでも簡単過ぎたわ」
彼女が思い浮かべたのは、イベントを殆ど消化せずに陥落していった攻略対象達との数々の思い出――にもならなかった何か。
「だってガルム君達、秒で堕ちるんだもん!」
もはや攻略でも何でもない。
出会いイベント以外の数々のイベントを見る機会は無かった。会う→話す→完了である。これがゲームならクソゲー認定間違いなしだ。
「それに――」
おかしな点は他にもある。
「――隠れキャラの暗殺者タクマ・ジュダーは何故か用務員になっているし、悪役令嬢を失墜させるやさぐれ教師のメイヤー・ロッテンは優しい教師になってるし――」
どうにもゲームと状況が色々と剥離している。
「――そして何より不良枠のマリク・タイゾン君の姿が見えないのよ!」
開始序盤からイベントがあるのはガルム達とマリクの5人。
瞬間攻略のガルムと側近3人衆とは異なり、マリクとは会うことさえ出来ずにいる。
「ゲーム通り退院したところ迄は足跡を追えたんだけど……」
何故か彼の退院後から始まるはずのイベントが全く発生しないのだ。
ゲームの設定通りにマリクは入学式の後に大怪我を負って入院した――悪役令嬢カレリン・アレクサンドールの手によって。
「やっぱり原因は彼女なのね――ッ!悪役令嬢カレリン!」
少女の優しげな顔が一気に険しいものへと変貌した。
「ブラックな会社に潰されたわたしを憐んで、この《恋魔教》の世界に転生させてくれた神様の言ってた通りだったわ――」
少女はいつもの穏和な表情に戻ると門衛に挨拶をして敷地内へと進む。
「――この世界を破滅に導く彼女は危険ね」
何としてもゲーム通りにストーリーを修正しなければならないと、握り拳を天に掲げ少女は決意した。
「その為にもマリク君を探さないと」
そう、今回の彼女のミッションは行方不明のマリク・タイゾンの捜索。彼女は各所への聞き込みの結果、遂にマリクが他の不良仲間と早朝や放課後に何かをしているという情報を掴んだ。
そして、その影にいるのは、やはり悪役令嬢カレリン・アレクサンドール。
「必ずマリク君を悪役令嬢の魔の手から救ってみせるわ!」
意気込んでマリク達がいると思しき校庭へと向か少女。
「情報では、彼らはいつも校庭に集まっているらし――ッい!」
目的地に到着した少女の眼前に広がる異様な光景に絶句した。
学園が綺麗だったのだ。
いや貴族の通うこの学園は確かにいつも綺麗だ。
しかし、今までの綺麗の次元とはレベルが違った。
「学園が光り輝いていてる……(な…何を言っているのかわからねーと思うが、わたしも何がおきたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだ…)」
文字通り、余りの清潔さが学園を光り輝かせていた。
しかし、そんなものは序の口であった。その校庭で活動する彼らの異様さに比べれば……
見れば2〜30人ほどの男子生徒が清掃活動に勤しんでいるではないか!
いや、清掃そのものは良い事だ。しかし――ッ!
「なんでみんなモヒカン!?なんでみんな肩パッド!?」
そう、彼らは全員その髪型をモヒカンにし、ショルダーには分厚い肩パッドをしていた――ここはまさに世紀末であった!
神殿の様な神々しい清浄な空間になった学園に、暴力が支配する弱肉強食の世紀末から現れた様なモヒカン達。このミスマッチな2つが同居する景観に、少女でなくとも頭がどうにかなりそうだ。
「これは軍曹よりご教授いただいた清掃活動に必須のスタイルであります!」
近くに居たモヒカンが解説をしてくれた。見た目と違い親切そうだ。
ここが荒廃した世紀末ならヒャッハーと水や食料を略奪しそうなものだが――
「汚物を発見したら、この姿で『汚物は消毒だ〜!!』と叫んで処理するのがお約束なのだそうです!」
――いや、やっぱり世紀末のならず者らしい。
消毒されてしまわないかと少女は自分の身なりを再確認した――たぶん大丈夫?
それにしても、このモヒカン達はどこから学園に入って来たのだろう?と少女は不思議に思いながら親切なモヒカンの顔を覗き込んで――
「――ッ!!!」
――絶句した。
「いかがなされましたか?」
「あ、あ、あ……」
少女は口が戦慄き、上手く言葉にならないほど驚いた。
そのモヒカンこそが彼女の目的の人物であったのだ。
「あなたマリク・タイゾン君……よね?」
少女は驚愕しながらも、なんとか言葉を口から発する事に成功した。
「はッ!自分がマリク・タイゾン二等兵であります!」
「え?え?――自分?二等兵?」
(間違いなく攻略対象のマリク・タイゾンよね?何で世紀末スタイル?二等兵って何?)
少女は混乱した。
訳が分からない。
良く見ればマリクも周囲のモヒカン達も肩パッドを除けば学園の制服を着用している。恐らく彼らはマリクの元手下の不良達なのだろう。
そして、この神気を発するような清浄空間を生み出したのは、恐らく清掃活動に勤しんでいるマリクを含む不良達なのだろう。
(マリクは不良枠の攻略対象よね?なんで清掃活動しているの?)
おかしい……明らかにおかしい。
彼ら不良達の恰好もおかしいが、その不良達が清掃活動を真面目に行っているなど、ゲーム設定云々は関係なく異常だ――いや、確かに稀にそんなヤンキーも存在するが……
「どうしてあなた達が掃除をしているの?」
少女の質問――当然の疑問である。
「はッ!自分達に課せられた最終選抜試験をクリアするため、昨日より清掃活動を慣行しております!」
「最終選抜試験って?」
「新兵清掃員卒業のための試験であります!これを乗り越えて軍曹より立派な精鋭清掃隊員に認めてもらうのであります!」
「ぐ、軍曹?」
「自分達二等兵の上官、カレリン・アレクサンドール軍曹の事であります!」
「――ッ!」
予想はしていたが、マリクの述べた名前に少女は叫びそうになった――やっぱり悪役令嬢カレリン!と。
これで謎が解けた――何故、不良達が世紀末スタイルで掃除をしているかの……
「彼女に無理強いされて、そんな変な恰好で掃除をさせられているのね!」
「掃除は我々清掃隊員の誉であります!」
「誉って……それじゃあ好きでやっているの?」
「イェスマァム!」
無理強いでないのならいい――のか?
いや待て!
マリクは自分の事を二等兵と言っていた。カレリンを軍曹とも。
やはり試験を強制されているんじゃないのか?
「ねぇマリク君、清掃隊員になるために試験を受けているって言ったわよね?」
「イェスマァム!」
「どうして清掃隊員を目指しているの?」
「学力も魔力も家柄も低い自分達は何の役にも立たないゴミ屑の存在です。しかし、軍曹はそんな自分達に生きる価値を与えてくださったのです。それが――清掃隊員でありますッ!」
「そんな……」
少女はふるふると首を横に振った。
「学力、魔力、家柄……そんなもので人の全てを判断し、差別するのはおかしいわ!みんなが平等に幸せになる権利があると思うの。あなたにも素晴らしい才能があるじゃない。あなたは価値の無い人間じゃない!立派な1人の男性よ。誇りを持って胸を張っていいの!」
ゲーム通りのセリフではあるが、少女は心の底から本心でそう思う。
事実それを口にした。
「はい!軍曹もそのように仰っておられました……この学園の理念は平等である。その理念に自分も賛成だと――」
そうだ!この学園は平等を理念とする。
カレリンは悪役令嬢かと思ったけど、それをきちんと理解しているなら良い人じゃない、と少女は思った。
「――学歴も、魔力も、地位も、それら全てに価値がない。軍曹の前には全てカスであると!この試験を乗り越え、軍曹に認められて立派な清掃隊員になって初めて自分達は人の権利を得られるのだと!」
「それ絶対おかしい!!!」
違った!やはりカレリンは悪役令嬢――いや悪役じゃない悪人だッ!!!
その時――
(ぱっぱっぱ~ぱっ!ぱっぱっぱ~ぱっ!ぱらっぱっぱぱらぱ~)
――突如ラッパの音が校庭に鳴り響く。
「全員整列!」
いつの間にか仮設壇上が組まれており、その上でラッパを持ったタクマ・ジュダーの号令が飛ぶ。政党活動に勤しんでいたモヒカン達があっと言う間に集合し、壇上の前に整列した。
見かけ世紀末のならず者とは思えぬ一糸乱れぬ整列。
どこの軍隊なの!と少女は度肝を抜かれた。
モヒカンの軍隊って、拳王親衛隊なのか?
ここには奴が――世紀末覇者がいるとでも言うのか!?
その異様な光景を前に、少女は固唾を呑んで成り行きを見守った。
タクマが壇上から降りる。
入れ替わって登ってきたのは軍服のような格好の1人の美少女。
「――ッ!」
下から見上げていた少女は息を呑んだ。
輝くような黄金の髪、透き通っているが冷たい青い瞳、少女とは思えぬ程の起伏に富んだプロポーション。その顔立ちはまるで芸術的な美の女神像。
同性なら羨み、嫉妬し、異性なら目と魂を奪われるだろう。
壇上に立ったのは、そんな1人の絶世の美少女――カレリン・アレクサンドール。
分かっていた。知っていた。前世で何度も見ていた。
それでも少女は目を奪われた。
現実離れした美しさに、誰よりも強烈な存在感に、他者を圧倒する風格に。
「諸君!――ッ」
カレリンから発せられた鋭くも美しい声は不思議と良く通り、この校庭にいるものの耳を打った。
魂を奪われて惚けていた少女は、その声で我に返った。
「――誰一人欠けずによく最終選抜試験をやり遂げたッ!結果はこの学園の現衛生環境から一目瞭然であるッ!全員が無事に試験を通過した!この場にいる全員が今日より栄えある清掃隊員の精鋭であるッ!」
カレリンの言葉にモヒカン達の幾人かがすすり泣く。その異様異質な雰囲気に呑まれ、少女はただ黙って眺めるしかできなかった。
「貴様らは初めて会った時に私は思ったものだ。どいつもこいつも使えん肥溜めのクソに群がるウジ虫にも劣る奴――まるで、この国の肥えた貴族共と同じだとな」
「――ッ!」
モヒカン達からは失笑が聞こえてきたが、だが少女は笑えない。むしろ大きな衝撃を受けていた。
この1つの美術品の様な美しく荘厳な雰囲気の少女の愛らしい口から、麗しい声で酷く卑猥で汚く際どい言葉が発せられたからだ。その驚きは一瞬フリーズして言葉の意味をすぐに理解できなかった程だ。
「だが貴様らは厳しい訓練を熟し、辛い試練を乗り越え、困難な試験をやり遂げたッ!もはや貴様らはブヒブヒ鳴くしか能のない貴族とは違うということだ!」
モヒカン達から「HA!HA!HA!」と笑い声が聞こえるが、少女には何がおかしいのかさっぱりだ。
「そうだ!高級料理を貪り、肥え太るしか能のない貴族とはもう違う!貴様らは無力ではないッ!」
「今まで貴様らは謗られ、侮られ、迫害を受けてきた。だが、今日より立場は逆転した!貴様らは力を得た!何者にも負けない、何者にも屈しない、何者にも謗りを受けない能力――ッ清掃だ!」
「これからは貴様らが奴らを掃除する側になったのだッ!貴様らは今日から清掃隊員の精鋭!私の誇りであり、学園の希望である。その自信と自負と矜持を胸に諸君らのこれからの奮闘を期待するッ!」
「「「サーイエッサー!!!」」」
(ザッ!ダッ!バッ!)
傾聴していたモヒカン全員が見事に揃った挙動で、足を揃え敬礼をする。もう完全に軍隊ではなかろうか?
カレリンは満足気に頷くと、サッと身を翻し去って行く。颯爽としたその後ろ姿も神々しかった。
「解散ッ!」
タクマの号令にモヒカン達が散って行く。
少女はその様子をただ呆然と眺めていた。
すぐに校庭からカレリンもタクマもマリクも他のモヒカン達も姿を消し、早朝の校庭には少女以外の人影が無くなった。
1人残された少女はポツンと広い校庭で佇む。
「こ、こ、こ――」
やがて、少女は両拳を強く握り締め、肩を震わせた。
「――これって悪質な洗脳じゃなーーーい!!!」
誰もいない校庭に少女の叫び声だけが響き渡った……
みなさんお待ちかねぇ!
カレリンに新たなるライバル出現!その名はラファリィ・マット―――
《ぴろぴろり~ん》
『次回に投稿を予定しておりました『令嬢類最強!?ー悪役令嬢より強い奴に会いに行く』第八死合!悪役令嬢vs道化の転生ヒロインは特別投稿話『31. Bonus Stage 其は西方の大魔獣!野生の矜持《令嬢邂逅篇》』の投稿の為、投稿延期となりました。投稿を楽しみにお待ちいただいた読者様にはご迷惑をお掛けして誠に申し訳ございません。』
―――に、レディィィ、 ゴォォォォ!
注:《恋魔教》 乙女ゲーム《恋の魔法を教えます》の略称。けっして怪しい宗教ではありません。




