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第72話.速攻

「殿下、ただいま戻りました」


「お、おぉ、エンデ。御苦労。特に問題なかったか?」


 エンデと別れて行動を開始したリガル達は、現在アルザート王国とメルフェニア共和国軍が陣を張っている場所から、100mほど離れたところに隠れて待機していた。


 そこで、突然背後からエンデが現れて、声を掛けられたので、リガルは一瞬ビクリと驚いたような素振りを見せる。


 中々心臓に悪い。


「はい。もうそろそろアルディア―ド殿下が動き出すと思います」


「よし、ここまでは手筈(てはず)通りか」


 ここまでは、順調に進んでいる。


 しかし、問題なのはここから。


 賭けの要素が結構多いこの作戦。


 リガルも士気を上げるために、散々楽観的なことを言ってきたが、分が悪いことはむしろ誰よりもよく分かっている。


 それだけに、先ほどから緊張による心臓の鼓動を抑えることが出来ない。


(落ちつけ。こんな状態じゃまともなパフォーマンスを発揮できない。平常心……平常心……)


 リガルは心の中で自分に落ち着くように言い聞かせ、何とか冷静さを取り戻そうとする。


 他の者も、リガルほどではないにしろ、間違いなく緊張した面持ちをしている。


 しかし、ついにその時はやってきた。


 突然、視線の先に移る敵陣が、騒がしくなり始めたのである。


 何やら叫び声を上げて、魔術師たちが突然走り出した。


「どうやら、アルディア―ド殿下が動き出したようですね」


 リガルの隣にいるレオが小さく呟く。


「ぽいな。だが、まだ動くときじゃない。目標であるエレイアが陣幕の外へ出るのを確認するか、敵魔術師の99%がアルディア―ドの方へ向かってからだ」


「えぇ。出来れば長引かせたくないですからね」


 そう。


 リガル達は、精鋭とはいえ少人数。


 まともにやりあえば一瞬で壊滅する。


 まさに、吹けば飛ぶとはこのことだ。


 敵に存在がバレて、長引けば長引くほど不利になっていくだろう。


 リガル達が作戦を成功させるためには、如何に早くケリを付けるか。


 ちょっとのタイミングのズレが命取りになりかねない。


 かなりシビアな作戦だ。


 そのためいつの間にか、リガルはタイミングを計るために完全に集中モードに入り、緊張など消えていた。


 そして……。


「今だ、行くぞ!」


 そう小さな声で言って、リガルは物陰から飛び出した。


 その視線の先には、数人の護衛と思われる魔術師と共に、陣幕の外へ出たエレイアの姿。


 他の魔術師も、大方どこかへ行った。


 絶好の機会である。


 リガルの声に反応した、ロドグリス軍の精鋭部隊28人も、ほぼ同時に立ち上がり動き出した。


 その場に残る手筈(てはず)になっている、レオたちスナイパー3人も準備は万端で、すでに杖を構えている。


 バレないような工夫など一切なく、堂々と一斉に飛び出したリガル達だが、すぐに見つかることは無い。


 そもそもこの場の敵軍の魔術師はほとんど出払っているからだ。


 そんな中、リガルたちは予め決めてあった3人組を作り上げながら、どんどん近づいていく。


 リガルはその少し後方から全方位をキョロキョロと見渡して安全を確認していく。


 しかし、数秒経過しても、まだ敵軍がリガルたちの事を確認した様子はない。


 一見しただけでも、明らかに怪しいことが分かるので、本当にほとんどが本陣から出払っているようだ。


 アルディア―ドの囮が非常に効果的に働いているといったところだろう。


 ――これは行ける。


 そんなフラグをリガルが心の中で立てた時だった。


「ん? なんだ貴様ら!」


 エレイアの護衛の魔術師と思われる人間のうち、1人がリガルたち気配に気が付いたのか、チラリと振り向く。


 高速ながら足音は抑え気味に動いていたのだが、流石にここまで近づいてはバレてしまったようだ。


 とはいえ、リガル達とエレイアの距離はもう30m程度しかない。


 しかも、今エレイアたちの存在に気が付いたと来ている。


 周辺にいる人数で見ても、()()()()リガルたちの方が勝っている。


 これは、完全にリガルの策がハマった形となった。


「撃て!」


 リガルは怒鳴るようにそう叫ぶ。


 が、言うまでもなくすでにリガル率いる精鋭部隊の面々は、攻撃態勢に入っていて、リガルの叫び声よりも少し早く一斉にエレイア目掛けて魔術を放った。


 敵は杖すらまだ構えることが出来ていないので、防ぐことも出来ない。


「……やったか?」


 期待の眼差しで、土埃の舞った魔術の着弾点を凝視する。


 が、直後に土煙の中から人影が1つ飛び出す。


 いや、正確には2人。


 エレイアをお姫様抱っこのような形で抱きかかえ、1人の魔術師がリガルたちの反対方向へ移動する。


 その動きの速度は、明らかに常人離れしていて、あっという間にエレイアを少しは安全な場所へ移動させた。


 それにリガルが驚いていると、今度はようやく戦闘態勢に移行した他のエレイアたちの護衛の魔術師が、リガルたちを攻撃してくる。


「くっ」


 そのうち何発かはリガルの方へ飛んでくる。


 リガルも慌てて防御するが、あまりの数の多さに力で突破されそうになる。


 が……。


「少しお下がりください殿下」


 そこは素早く護衛役に任命されていたエンデが、カバーに入り事なきを得る。


「た、助かる」


 息の詰まるような猛攻を何とかしのぎ、リガルは前を向いたままじりじりと後方に下がっていく。


 その過程で、味方に指示を出そうと慌てて周囲を確認するリガル。


 しかし、指示を出す前にすでに戦いは始まっていた。


 先程に続いて、またもや「やったか?」などと露骨なフラグを立て、回収してしまった間抜けなリガルと違い、他の精鋭部隊は油断することなど微塵もなく、敵の反撃に素早く対応したようだ。


 とはいえ、リガルたちにとっての唯一のアドバンテージともいえる、奇襲による初動が、あまり効果を発揮することなく収まってしまった。


 現在は、数の有利でリガル側が押しているが、それもすぐになくなってしまうだろう。


 何故なら、アルディア―ドの囮に引っかかって、どこかへ行った他のアルザート軍とメルフェニア軍の魔術師が、騒ぎを聞きつけて帰ってきてしまうからだ。


 つまり、今この一瞬すらもリガルたちは敗北へと近づいているのである。


 まさに死への秒読みだ。


 早く何か手を打たなければならない。


 しかし、そんな状況だというのに――いや、逆にこんな状況だからか、リガルは冷静だった。


「おい、あの陣幕の中に入るぞ」


「え?」


「だから、あの陣幕を使って敵の側面を取る!」


「え? え?」


 意味が分からないと、混乱するエンデだったが、リガルはそれを無視して動き出す。


 今は一秒、いや、0.1秒すらもが惜しい。


 詳しい説明などをしている場合じゃない。


「とにかく俺について来い!」


 リガルはそう言うと、サッと戦闘が起こっている場所の、すぐ隣の陣幕に入り込む。


 よく分かっていないエンデも、とりあえず命令に従い、リガルの後を追う。


 そして、内部の最奥まで向かうと、その場所の布を引きちぎろうとする。


 が、流石に手で引きちぎることが出来るほど、柔な材質ではなかったため、難航する。


 仕方なく、手に持っていた杖の、魔水晶(マナクリスタル)の尖った部分を使って切れ込みを入れる。


 その後、もう一度引きちぎるように力を加えた。


 すると、布はピリピリと音を立てて裂けていく。


「よし、行くぞ!」


「な、なるほど。陣幕の中に入ることによって、相手に動向を気取(けど)られないようにして、相手の背後を取ったという訳ですか!」


 ようやくリガルの意図についてよく理解したエンデが、感嘆したように言う。


 別に、こんなことを思いつくこと自体は、大したことは無い。


 だがエンデは、あの状況で一瞬のうちにこの作戦を考えた、対応力に驚いたのだ。


「そういうこと。さぁ、お喋りしてる暇はないぞ!」


 そう言って、陣幕に開けた穴から、リガルはスルリと外に抜け出る。


 エンデもそれに続いた。


 そして、陣幕から抜け出たリガルの視線の先には、孤立したエレイアの姿が映ったのである。

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