第40話.突然の戦況変化
それから数日が経過した。
無事、敵の夜襲を退けることに成功したロドグリス軍は、あれから翌日に陣を発ち、奪取されていたリュウェールとニルファンを逆制圧した。
リュウェールとニルファンには、ほとんど兵が置いていなかったため、全くと言っていいほど戦闘を行わずに取り返すことができたのだ。
これにより、リガルたちロドグリス軍に任されていた事はすべて完遂したといえる。
そこで、アドレイアは、一旦エイザーグの王都へ帰ることを決定した。
そんな経緯があって、リガルは今、エイザーグの王都にやってきて……。
「よお! お前ら、敵の別動隊を倒したんだってな!」
面倒な親友と再会を果たしたのである。
現在は、エイザーグ城のアルディアードの私室に通されて、そこでアルディアードと談笑中だ。
「まぁ、別に俺自身は何もやってないけどな」
再開早々に、やはり騒がしいアルディアードにうんざりしながらも、一応返答する。
本当は、狙撃夜襲作戦を成功させ、ロドグリス軍の勝利に大きく貢献――いや、貢献どころか、今回の勝利はすべてリガルの成果と言っても過言ではないほどの戦果を上げている。
だが、それは表沙汰にして良いことではないので、事実を伏せてリガルは嘘をつく。
アルディアードくらいなら、嘘をついても問題ないしな。
「そっかぁ。それは残念だったな。俺も早く戦いたいんだけどよ、父上が中々許してくれなくてな。今回の戦争も俺は父上と共に留守番だ」
「何故戦えなくて残念という発想になるんだよ……。俺は別に戦闘狂という訳ではないんだが」
「え? 残念じゃないの?」
「当たり前だろ。むしろ戦わない方が良いに決まってる」
「えぇー。無いわー」
アルディアードは、戦えないのが残念で仕方がないようだが、リガルは別に戦闘などに興味はない。
最も、戦闘自体に興味がなくとも、スナイパーを試すことには興味津々だったため、突っ走ってアドレイアに怒られているが。
「あ、でもそういえば、そろそろ俺もお前も戦えるかもしれないな」
――だから俺は別に戦いたくなんてない。
そんな反論をしようとしたリガルだったが、ふとアルディアードの言っていることの重要性に気が付く。
「ん? ちょっと待て。今サラッと言われすぎて、聞き流しそうになったが、お前今なんて言った?」
「え? そろそろ戦えるかもしれないって……」
「おい! どういうことだよ?」
リガルは身を乗り出して、語気を強めて尋ねる。
すると……。
「おお! 何だよ。やっぱりお前も戦いたかったんじゃねぇか」
何を勘違いしたのか、リガルが戦いたがっていると勘違いして、アルディアードは機嫌を良くする。
「だからお前と一緒にするな!」
「違うのか? じゃあ、いったい何が気になるんだよ?」
「いや、だから、戦えるかもしれないってことは、また戦闘がどこかで行われるのか?」
「ん? お前知らないのか? この前ハーフェンの近くで、大規模な野戦が起こったんだよ」
「は?」
リガルに伝わっている情報では、ハーフェンの方では、敵本隊と、エイザーグ軍が戦闘しているとのことだった。
しかし、敵は数の不利を悟り、時間稼ぎの作戦に出ていたはずだが……。
「いや、途中までは確かに、相手の時間稼ぎ作戦がハマって、敵を中々仕留めることが出来なかったんだけどよ……。うちの将軍の素晴らしい采配によって、徐々に敵を追い詰めて、野戦に引きずり込むことに成功したのさ」
「へぇー。俺たちが別動隊と戦っている間に、そんなことが……。全然聞いてなかったぜ」
「おそらく、アドレイア陛下も今、俺の父上から聞いてるところだろうよ」
「なるほど」
どうやら、いつの間にかこの戦争自体の勝利が目前のところまで、エイザーグ、ロドグリス連合軍は、来ていたようだ。
「で、この後掃討戦でもあるのか?」
別に戦闘がしたいわけではないが、大規模な魔術戦闘をまだ間近で見たことが無いリガルは、少しだけ興味を持って、アルディア―ドに尋ねる。
「掃討戦……。まぁ、そんな感じだろうな。野戦を行った場所が、ハーフェンだろ? ハーフェンって結構王都から近いんだよ。だから、自国に逃げ帰る前に、今から行っても接敵できるかなって」
「……確かに」
「何より、地の利はこっちにあるからな。まぁ、ただの俺の予測だけどよ」
珍しい、アルディア―ドのまともな考察に、聞き入るリガル。
自分の発言を鵜呑みにしないように、とアルディア―ドは最後に「自分の予測だ」と断っておく。
「まぁ、そんな状況なら、俺とお前が戦場に連れて行ってもらえる可能性も十分にありそうだな」
確かに、可能性はある。
エイザーグ王――エルディアードも、今はアルディア―ドを戦場から遠ざけようとしているが、経験を積ませたい気持ちは、当然あるだろう。
今、アルディア―ドを戦場に連れて行っていないのは、やはり当然、死の危険性があるから。
アドレイアが、たった500の援軍にリガルを同行させてるのが、異常なだけだ。
最も、アドレイアも、ここまで今回の戦争で苦戦を強いられることになるとは思っていなかった。
なので、もしもこの結果を、アドレイアがこの戦争前に知っていたら、選択は変わっていただろうが。
「ふーん……。でも、話を聞く限り、本当に勝ち確みたいな感じなんだな。せいぜい優勢くらいなのかと思っていたが……」
「まぁ、敵兵力の3分の1くらいは多分削ったしな。敵軍は完全に崩壊ってところだ。けど、だからこそ、せっかく俺が戦場に出ることが出来ても、歯ごたえが無さそうなんだよなぁ」
「歯ごたえなんてどうでもいいよ……」
相変わらずの反応を見せるリガルだったが、戦争自体は、不謹慎ながら楽しみにしている。
何故なら、王子であるリガルは、戦場の前線に送られることなど絶対にない。
安全な後方の高台から、優雅に戦場を眺めていられるのだ。
最低な話だが、リガルのとしては、ロドグリス軍の一員ではなく、完全に傍観者の気持ちなのである。
魔術を使った大規模な戦争など、男ならどうしても心躍るに決まっている。
「でも、いつ頃に出るんだろうな。ここに着いてから、結構な時間が経過したが、まだ父上とエルディアード陛下は話してるんだろ?」
「んなこと知るか。けど、多分明日になるんじゃないか? ここらで休息が必要だろう」
「うーん、まぁ確かに最近俺たちロドグリス軍もまともに休みを取れてなかったけど……。けど、大丈夫なのか? もたもたしてると、逃げられちゃうような気がするけど」
「だから俺に聞くなって」
どうしてもこれからの日程が知りたくて仕方ないリガルは、アルディア―ドに何度も尋ねる。
だが、知らないものは知らない。
リガルがしつこく尋ねて、アルディア―ドがそれを面倒くさそうにあしらう。
いつもとは逆の光景だ。
「てか何だよ。さんざん、俺は戦闘に興味はない、とか言いながら、めちゃくちゃ気になってるじゃねぇか」
「いや、俺は戦闘を自ら行うんじゃなくて、それを傍観しているのが楽しみなんだよ。『見る専』なんだよ」
「何でだよ。お前めちゃくちゃ強いのに……」
「まぁ、客観的に見て、戦闘はそこそここなせるとは思うけど、死ぬのは怖いからねぇ」
戦闘に興味はない、と言い続けてきたリガルだが、別に嫌な訳ではないのだ。
ただ、死のリスクがそこそこある戦場では、まだ戦いたくないというだけだ。
「やれやれ。臆病な奴だ」
「おい。誰が臆病だ。だいたいお前はな――!」
こうして、2人は夜まで楽しく談笑した。