第39話.説教
昨日は休んでしまいました。
すみません。
「ふぅ、何とか帰ってきたな……」
陣に帰還したリガルは、安堵したように呟く。
正確には、陣が見えるところまで来た、だが。
「けど、戦闘が終わってるかどうかはいまいち分かりませんね。まだだいぶ慌ただしそうではありますが、それは後処理をしているだけかもしれませんし‥‥…。どちらとも判断が付きません」
「確かに。まぁでも、今ならバレないだろ。よし、何食わぬ顔で戻るぞ」
そう言って、リガルは陣幕に向かって歩き出そうとする。
だが、そこでレオが待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待ってください。アドレイア陛下の側近の方達には何と言い訳をするんですか? あんな風に、強引に陣から逃げ出してきてしまいましたが……」
「あ……。そういえば……」
レオの言葉に、リガルは「完全に忘れていた」というように、硬直する。
そう、あの時リガルは、今回の狙撃夜襲作戦を成功させることしか頭になかった。
それが終わってからのことなど、考えている訳もない。
「た、多分何とかなるさ……」
リガルも、しばらく打開策を考えてみたものの、いい考えは、この短時間ではとても思い浮かばず。
結果的に、口ごもりながら適当なことを言って、レオたちの追及を逃れようとする。
それを、ジト目で見つめるレイとレオ。
「うぐ……」
非常に居心地が悪い。
しかし、ここで色々と考えていても、良い策が浮かぶとは思えない。
リガルたちもそう判断して、陣に帰る。
リガルたちがどこかへ行ったことは、もうすでにバレているので、コソコソと帰ることすらしない。
近くに味方の魔術師がいても、堂々とその前を歩く。
当然気が付かれて……。
「で、殿下!?」
「い、今までどこへ行っておられたのですか!?」
驚きの表情で声を掛けられる。
どうやら、全ての兵にリガルがどこかへ行方を眩ませたことは、伝わってしまっているようだ。
とりあえず、1人1人相手にしていては、キリがないので、リガルは直接アドレイアの元へ向かうことにする。
(でも、怖いなぁ。絶対怒られるだろ……)
しかし、決意したは良いものの、やはりこれから起こるであろう悪夢を想像すると、歩みが鈍る。
とはいえ、もう引き返せないところまで来てしまっている。
リガルは、陣幕の前に立った後、しばしの逡巡の末、中に踏み入った。
「り、リガル……! ど、どこへ行っていたんだ!?」
すると、その瞬間、アドレイアが物凄い剣幕で立ち上がり、リガルの元に迫ってきた。
「え、え、あ、いや……」
そのあまりの迫力に、リガルは若干怯えながら後退ることしかできない。
別に、アドレイアもよく事情を把握していないので、怒っているというよりは、リガルの身を単純に心配している。
だが、後ろめたいことがあるリガルとしては、どうしてもアドレイアが怒っているように思えてしまうのだ。
アドレイアは、リガルに迫ると、両肩を掴んで……。
「俺の側近から聞いたぞ。お前、俺を追って戦場に来たらしいじゃないか。何故、俺の側近の言う事を聞かなかったんだ?」
しかし、やはりリガルが自分の言いつけを守らなかったため、怒っているようだ。
リガルも、言い訳できる状況じゃないため、無理に言い訳するよりも素直に謝った方がいいと考え……。
「す、すみません……。実は――いや、何でもないです……」
一瞬、謝罪の言葉を口にした後に、「実は父上がどうしても心配で、戦場に向かってしまいました」などと、嘘を吐こうかと思ったが、嘘がバレればさらに怒られることは必至。
しかも、この嘘はバレやすい。
そのため、すんでのところで嘘を飲みこんだ。
「まぁ、お前が無事だったのならばひとまずは良い……。帰ってからもう一度説教だがな。しかし、戦場のどこにいたんだ? お前を見た覚えは無いが……」
(ギクッ……)
アドレイアの言葉に、リガルは体を硬直させる。
アドレイアに吐こうとした嘘は飲みこんだが、狙撃夜襲作戦を行う時に、アドレイアの側近たちに吐いた嘘は取り消すことが出来ない。
故に、ここで正直に、「実は戦場にはいなくて、俺たちは勝手に狙撃夜襲作戦を行っていました」などと言えば、アドレイアの側近たちに、追及される。
もちろん、「父上とは確かに出会いませんでしたが、戦場にいましたよ」などと言っても、他の兵士が誰もリガルたちの姿を見ていないので、すぐに嘘がバレる。
どっちにしても、詰んでいるのだ。
(考えろ……。起死回生の策を……)
しかし、どうしようもない物はどうしようもない。
何より、動揺しすぎてまともに頭が働かない。
それでも、困り果てながら、必死に頭を悩ませていると……。
「どうした? 何を黙り込んでいる?」
アドレイアに、沈黙を咎められる。
万事休す。
諦めたリガルは……。
「…………実は、戦場……ではなく、そこから少し離れた場所にいました」
正直に白状することに決める。
これまでの嘘がバレようとも、これ以上嘘を塗り重ね無い方がいいと思ったのだ。
「どういうことだ?」
「……すべてお話しします。ただ、人払いをしていただけないでしょうか」
「……? まぁ、いいだろう。皆、陣幕から出るように」
アドレイアの一声で、全員が陣幕を出ていく。
別に、人払いをしなくてはならないような内容の発言をするつもりはない。
だが、人払いをすることによって、アドレイアの側近たちに、先ほどの狙撃夜襲作戦開始時の嘘がバレないようにしたのだ。
この策を、リガルはちょうど今思いついた。
そして、それが成功。
これで、アドレイアの側近たちに嘘を追及されることは無い。
少し、気持ちの面で楽になったところで、リガルは話を始めた。
「実は、俺は今回の戦争が起こったという話を聞いたときに、ある事をやろうと、ずっと考えていました。それは、精密射撃が得意な奴に、超遠距離から敵の指揮官を殺そうという作戦です」
「…………?」
しかし、アドレイアは怪訝な顔をする。
一見、リガルが言っていることに、そこまでの違和感はないように思える。
しかし、遠くても30mくらいの距離でしか撃ち合わない、この世界における魔術戦闘の価値観で考えると、アドレイアの反応は、至って普通なのである。
「まぁ、意味が分からないと言いたい気持ちも分かります。俺も、あいつの狙撃を初めて見た時は、驚愕しましたからね」
「……ふむ。お前が言う『遠距離』というのが、どれほどの距離を指すのかは分からないが、とにかく、異次元に射撃の精度が高い知り合いがいるのだな。……で、まさかとは思うが、敵の指揮官を殺ったのはお前なのか?」
(敵の指揮官は、やっぱり殺せていたのか。そして、それを知っているという事はもしや……)
アドレイアの口ぶりから、作戦の成功を確信するリガル。
心の底から沸き上がる喜びを抑えながら……。
「はい。やはり、敵は退却したのですか?」
「あぁ、何故敵が退却したのかは、先ほどまで不明なままだった。だが、これで合点がいったな。しかし、本当にそんなやり方で敵の指揮官を殺せるのか? 大体、敵陣も半径50m以上はある。相当離れないと、すぐに敵に見つかるぞ」
しかし、やはり敵の指揮官を遠距離から殺したという事には、納得できないようだ。
「まぁ、彼は本当に精密射撃の天才ですからね。300mくらいの距離を一発で当てられるんですよ」
自分の事じゃないのに、何故か得意げになるリガル。
まぁ、その才能を開いてやったのは、リガルなので、得意になるのもあながちおかしくはないが。
「300m!? それは流石に嘘だろう……」
「いやいや、本当ですよ。これが真実であるという事は、帰国してから証明させていただきましょう」
「フンッ……。それは楽しみにしておこう」
しかし、アドレイアはどこかリガルの言葉を信用していないようだ。
やはり、あまりに非常識すぎるため、口だけで信用されるのは難しい。
とはいえ……。
「まぁ、結果的にお前の行動により救われている。あの時、我が軍はかなり劣勢だったしな。ということで、今回は不問にしてやる。だが、次は本当に無いぞ」
「……はい。しっかりと心に留めておきましょう」
こうして、リガルは許され、長い夜は終わりを迎えた。