第38話.神技
今日は少し短いかもしれません。
叫び声をあげた2人の視線の先は、敵の陣幕の入り口――そこから出てきた男に統一されていた。
煌びやかな服を身に纏い、髪は派手な金色をしている。
周囲には、複数人の護衛を連れていて、その立ち居振る舞いも、どことなく偉そうだ。
「あいつが指揮官じゃないか?」
「えぇ、どう見てもそうでしょうね。……しかし、それにしても服が華美過ぎるように思うのですが……」
「確かに……。まさか、アルザートの王子だったりとか?」
「うーん、見た感じ、中年の男といった感じでしょうか……」
「なら、あり得るな。まさか本当に……?」
アルザートの王子は、現在3人いる。
一番上の第一王子が36歳、第二王子が33歳、第三王子が31歳だ。
見た目的には、一応矛盾はしない。
「まぁ、とはいえ、そんなことは関係ないか。とりあえずあいつが偉そうな身分なのは間違いないから、あいつが誰だろうが、とにかく殺せばいい」
「それもそうですね」
それから、10分ほどリガルたちはただ観察を続けた。
初弾は確実に当てたいので、相手が大きな隙を見せるのを待っているのだ。
しかし……。
「中々、長時間動きを止めてはくれないですね」
「あぁ、常に陣幕に出入りしているし、外に出た時も数秒間立ち止まって、誰かと話すくらいで、後は陣幕の周りをウロウロしている」
相手は完全にこちらに気が付いていないので、別にこちらを警戒して、隙の無い行動をしている訳ではない。
ただの偶然だ。
もう少し待っていれば、確実にチャンスは訪れるだろうが……。
「しかし、あまり時間の猶予もない。本来なら、こちらが狙っていることに気が付かれる前――つまり初弾で確実に当てたい。そのため、長時間、動かなくなるようなタイミングを待ちたかったが……。止むを得ない。次に奴が誰かと話し始めた時に撃つぞ」
「了解」
そう言って、レオは杖に装着したスコープを、リガルは手に持った双眼鏡を覗き込む。
それからおよそ5分後。
ついにその時は来た。
「今だ!」
リガルの叫び声。
と、同時にレオはウィンドバレットの魔術を放った。
リガルに言われずとも、タイミングくらい自分で分かっているのは、流石としか言いようがない。
しかし、となりにいたリガルはそれを見て……。
「え……!?」
戸惑いの声を上げる。
何故なら、レオの放ったウィンドバレットは、あまりに高くへ飛んで行ってしまったのだ。
(緊張したのか?)
あのレオが、ここまでに大きく外れた狙撃をするとは思えない。
だが、この作戦が非常に重要であることを考えれば、緊張で手元が大きくぶれてしまうのも分からなくはない。
それに、大きく外れたことが幸いして、敵が攻撃されたことに気づかない可能性が高い。
だからリカバリーは可能だ。
――ここは落ち着いてから、もう一発……。
そう口に出そうとして、リガルは驚愕した。
なんと、遥か高くへ飛んでいくと思われた、ウィンドバレットの魔術は、大きな弧を描き、標的に吸い込まれるかのように軌道を変えたのだ。
そして、気が付く。
(……弾道の落下を計算したのか!)
無論、リガルとて弾道の落下があることくらい分かっている。
しかし、300mの距離で魔術を撃ったことなど、ただの一度も経験が無いリガルには、どれほど弾道が落下するかなど想像もつかない。
特に、この世界の魔術は、地球におけるスナイパーライフルの弾丸よりも、大きく沈む。
そのため、リガルはレオが弾道を計算して、高めにウィンドバレットを放ったことに気が付かなかったのだ。
結果、レオの放ったウィンドバレットは、ものの見事に敵の指揮官の頭に刺さった。
敵の指揮官は、訳も分からないうちに倒れこむ。
完全に即死だ。
まさに、神技。
未来予知とすら思えるような弾道落下予測だ。
もはや、狙撃という一言では収まらないほどの、天才的な技術だった。
「どうです? 当たりましたか?」
魔術を放ったレオは、リガルに尋ねる。
地球のスナイパーは、狙撃時の反動によって銃口がジャンプしてしまって、敵に着弾したかどうかが分からない。
しかし、この世界では、魔術を放った時の反動などはない。
だったら、レオ自身が命中したかどうかの確認はできるじゃないかと思うかもしれない。
だが、この世界では、その代わりに魔術を放った時に煙が残ってしまい、視界が見えなくなるのだ。
だから、敵に命中したかどうかの確認は難しい。
そこで、射撃の観測を行う役割を持つ、スポッターという仕事をリガルが行っているのだ。
スナイパーとスポッターが一緒になって行動するのは、現代のスナイパーの世界では常識である。
「あ、あぁ。完璧だよ。撤収しよう」
「分かりました」
「え、え? 終わったんですか?」
そう言って、リガルたち3人は撤退準備を始める。
さっきまで、蚊帳の外にいたレイだけは、状況がイマイチ掴めていないようではあるが。
(あれで敵軍が崩壊したかどうかは、不安が残るが、そこは成功していることを祈るしかない)
そう思い、憂いを断ち切って、リガルはひたすら陣への帰路を急ぐ。
レオとレイもそれを追った。
その道すがら、今まで無言だったのに、突如レオが口を開く。
「でも、よろしいんですか?」
「え? 何が?」
「いや、手柄ですよ。折角、敵の指揮官を倒すという大きな手柄を打ち立てたのに、証拠がないんじゃ……」
「あー……。そういえば、完全に忘れてたな」
リガルとしては、手柄などどうでもいい。
とはいえ、今回スナイパーを使って大きな戦果を上げることで、アドレイアにスナイパー部隊を本格的に作り上げることなどを、お願いしようと思っていた。
だが、現状では、リガルたちが敵の指揮官を討ち取った証拠が無いので、その願いを通すことは出来ない。
しかし、すぐにリガルは問題ないことに気が付いた。
「いや、まぁ大丈夫だろ。証拠は後から作れる」
「証拠を……作る……? また悪だくみをしてるんですか?」
リガルから出た、突拍子もない発言に、怪訝な表情をするレオ。
しかし、リガルは軽く苦笑いをしながら……。
「はは……。俺はどんな奴だと思われてるんだよ。大丈夫。今回は正攻法さ」
「本当ですか……?」
しかし、今度はレオに変わって、レイが疑う。
レイはこれまで、リガルの無茶ぶりや突拍子もない考えに付き合わされ続けている。
疑り深くなるのも、必然だ。
「本当だって! それよりも早く帰るぞ! 向こうの戦闘が完全に収束する前にさっさと陣に戻らないと!」
「そ、そういえば……アドレイア陛下たちは本当に無事なのでしょうか……」
「大丈夫大丈夫。比較的早くこっちが片付いたし、向こうが今頃しっかり退却してくれてれば、きっと父上なら何とかしてくれてるさ」
自陣がどういう状況かを、今更ながら思い出して、顔を青くするレオ。
対して、リガルは楽観的だ。
こうして、狙撃夜襲作戦を無事成功させたリガルたちは、自陣に帰還した。