第35話.リガルの考察
「全魔術師に通達しろ。これよりすぐにリュウェールの近くにある都市、二ルファンに向かう。そして、敵別動隊を討つ!」
エルディアードとの会談を終え、隊長以上の身分の人間を集めたアドレイアは、開口一番にそう宣言した。
(ま、そうじゃないかと思ってはいたけど、やっぱりこうなったか)
「敵軍は、エイザーグ王の話によると、500ほど。我らとほぼ同数だ」
エイザーグ側が、別動隊の同行を見失ったということで、それほどに敵の数は少ないとは、リガルも予想していた。
しかし……。
(予想以上に少なかったんだな。とはいえ、油断は出来ない。少ない兵力でリュウェールを陥落させたという事は、少数ながらも精鋭という事だ)
数だけでは、その軍の強さを測ることは出来ない。
個々の戦闘能力も考える必要がある。
とはいえ、リガルたちロドグリス軍も、王都に常駐している、国内トップクラスの魔術師たちだ。
相手と互角以上の能力を持っていると、リガルもアドレイアも信じている。
さらに、それを率いるは「竜王」の二つ名を持つ、百戦錬磨の指揮官であるアドレイア。
勝てる可能性がある……どころか、勝てる可能性の方が高いはずだ。
集められた隊長や将軍たちの顔も、どこか自信に満ち溢れているように見える。
そして1時間後、リガルたちロドグリス軍はエイザーグ王都を発った。
目指すはリュウェールの近くにある都市、ニルファン。
王都からさほど遠くない場所にあり、2日掛からないと言われている。
この日は、ちょうど日が落ちる頃に、近くに都市が無かったため、野営をすることになった。
そして、食事や水浴びを済ませて、「さぁ、寝よう」となったところで、アドレイアの元に急報が入る。
その内容というのは……。
「ニルファンが……陥落しただと……」
陣幕の中で、手に持った手紙を見つながら、呆然と呟くアドレイア。
これには、陣幕の中にいた隊長や将軍も表情を凍り付かせる。
リガルも同様にだ。
(確かに、あの短期間でリュウェールを落としたというなら、納得できる話だが……)
「こうなると行き先は、その手前にある都市、ヴァーナですかな。あそこに入城するしかありますまい」
重苦しい沈黙が続く中、初めにその空気を破ったのは、ハイネス将軍だった。
ヴァーナは、ここから半日もかからずたどり着ける場所にある。
恐らく現在、ニルファンにいるであろう、アルザートの別動隊が来る前に、入城できる。
相手が次に狙ってきそうで、かつ自分たちが守れそうな、絶好の位置にある都市だ。
「そうなるだろうな。しかも、相手の兵数は、エイザーグ王に聞いた話と違い、800以上いるとのことだ」
「エイザーグ王が嘘の情報を流したということですか?」
「いや、嘘という訳ではないだろう。数え間違いくらい、よくあることだ」
「それもそうですな……」
エイザーグ、ロドグリス連合軍にとっての、衝撃の凶報。
しかし、だからと言って、作戦を大きく変更する必要があるわけではない。
すぐに話はまとまり、お開きとなりそうな雰囲気になる。
だが、ただ一人リガルだけは違和感を感じていた。
(おかしい。ここに来てから、全ての情報に違和感がある。信憑性の低い情報があるという訳ではない。何か、相手が起こしているとんでもない何かを、見逃しているような感覚……)
エイザーグ王都にて伝えられた、リュウェールが一瞬で落とされたこと。
さらに、今伝えられた兵数の変化。
それにニルファンも落とされたこと。
(……!)
不意に、リガルの脳裏に浮かぶ、一つの考察。
「待ってください父上」
隊長の一人が陣幕を出て行こうとしたその時。
リガルはアドレイアに声を掛ける。
「どうした、リガル」
「ヴァーナに入城することは危険です。敵軍は野戦にて打ち破りましょう」
「野戦だと? 何故だ? 相手が城壁を突破しようとしている間に、僅かでも敵兵の数を減らすことのできる、籠城戦の方が有利に立ち回れると思うが」
アドレイアは、リガルの進言を一蹴することなく、まともに取り合う。
普通なら、「子供が何を言っているか」と相手にされないはずだが、こうして真面目に返してくれるのは、リガルにとっては非常にありがたい。
陣幕を出ようとしていた将軍や隊長連中も、2人の会話に、少しだけ興味を持ったのか、席に着く。
「いえ、戦闘を有利にとか、それ以前の問題なんですよ」
「それ以前の問題だと? どういうことだ?」
「これは、あくまで私の考察に過ぎないのですが、リュウェールやニルファンには、敵の内通者が潜んでいたと思われます」
リュウェールやニルファンが一方的に落ちたのも、内通者がいて、事がスムーズに運んだと考えれば説明が付く。
さらに、兵数が増えていることについても、リュウェールの内通者を軍に加えたと考えれば説明が付く。
「内通者……。確かに、今回の事態から考えると、その可能性もありそうに思えるが……。とりあえず、その可能性に行きついた経緯を聞こうか」
「はい。まずは――」
リガルは、アドレイアに促されて、自分の感じた違和感を元に説明した。
「……ふむ。確証がないとはいえ、もしもその考察が当たっていた場合、我々は大損害を受けてしまう。リスクは回避するべきか……。しかし、野戦で敗北したら元も子もないぞ」
「それは……そうですが……」
確かに、兵数にここまで差があり、相手の一部の兵が精鋭であることを考えると、真正面からぶつかっては敗北する可能性の方が低い。
「ならば、ヴァーナの近くにある、この森に陣を構えてはどうです? 敵にバレなければ、敵がヴァーナを攻める時を見計らって、背後を突くことが出来ます」
ここで発言したのは、隊長のうちの一人だった。
「なるほど。しかし、バレなければ、というのが難易度が高いのではないか?」
「うーん……」
中々いい案に思えたが、問題点はやはり出てくる。
それに対しての解決策は出ることなく、この案は無しになるかと思われたところで……。
「あ……!」
思いついたように、リガルが声を上げた。
「どうした、リガル?」
「あ、いや、その……。今、夜のうちに行軍すれば、敵に動きを察知されることも無いのではないかと思いまして……」
中々ハードになるが、これならば敵にバレる心配は限りなく低い。
「なるほど」
「それはいいかもしませんな……」
「兵たちには無理を強いることになるが、成功すれば大きい……」
リガルの言葉に、皆口々に同意する。
その後、全員の視線が徐々にアドレイアへと集まっていく。
最終的な決定は、やはりトップであるアドレイアにゆだねられる。
アドレイアは、しばらく目を瞑り、考え込むそぶりを見せた後……。
「よし、それで行こう。兵たちには悪いが、今すぐ出発する。急ぎ準備を進めよ!」
「「「は!」」」
こうして、急遽夜の行軍が行われることになった。