最終話.聖杖を掲げ
――1か月後。
その日のロドグリス王国の王都は、熱狂していた。
王都に住んでいる市民はもちろん、他の都市に住んでいる者までもが、王都にやってきて、街中を歩き回っていた。
更に、沢山の商人が屋台を出していたりもして、まさにお祭り騒ぎである。
――何故、このような事態になっているのか。
それは、何十年に一度というビッグイベント――ロドグリス王の即位式が今日、執り行われるからである。
本来、ロドグリス王が誰になろうが関係ない――ということはないが、文句を言っても、平民如きに何とかなる問題ではない。
だから、「遠い世界の事」といった感じなのだ。
しかし、ロドグリス王国の即位式は、貴族だけではなく、平民にも傍聴する権利が与えられる。
執り行われる場所は、城ではなく王都の中央広場。
せっかく、誰でも何十年に一度のビッグイベントに参加できるというのなら、新しくこの国を治める王の姿を一目見て見てやろうと、沢山の民が押し寄せてきたという訳である。
最も、野次馬気分だったり、同調行動だったりで、フラフラやってきた者も少なくないだろうが。
「にしても、こりゃあエグイな……」
眼下に広がる人ごみ。
それを今、リガルは自室のベランダから眺めて、呟いていた。
他人事のように言っているが、ここから遥か遠くに見える中央広場に行き、そこで今日演説をパフォーマンスを行う張本人なのだ。
そして、その時はもう近づいてきている。
普段は王に相応しくないような、ラフな格好をしているリガル。
しかし、今日はすでにきっちりとした正装を身に纏っている。
いつでも準備万端という訳だ。
(そろそろだろうか……)
リガルがそわそわしてきて、そんなことを思った時だった。
コンコン。
自室の入り口の扉が叩かれる。
「ついに来たか」
何も言われずとも、自分がついに即位式に向かう準備が整い、それで呼ばれたのだと分かったリガル。
自ら入り口の方まで出向き、扉を開けた。
「用件は分かっている。行くぞ」
「はい。こちらです」
扉の向こうには、レイが立っていて、案内をするように歩いていく。
それに対し、リガルも緊張を鎮めるように深呼吸を一つすると……。
「あぁ」
力強く応えて、その後を追うのであった。
ー---------
「道を開けろ!」
「もっと端に寄れ!」
道にひしめく民を退かそうと怒号を上げる、警備員の魔術師。
そして、その後方をゆっくりとリガルが乗っている馬車が進んでいく。
しかし、本当に人の数が多すぎて、中々前へ進まない。
(こりゃ酷い。まさに、「人がゴミの様だ」ってやつだな)
そんな様子を、リガルは馬車の窓から優雅に眺めていた。
ふざけたことを考えているが、それほどに人が集まっているのだ。
しかも、そんな人ごみが遥か彼方まで続いているのだから、本当に凄いものである。
結局、中央広場に向かうだけで1時間もかかった。
だがそれでも……。
「ようやくそろそろ始まるな……」
何とか広場までたどり着き、いよいよ即位式が開会するというところまで漕ぎ着けた。
現在は、控室のような役割で用意した、天幕の中で出番を待っているところだ。
そして、ついに……。
「ではこれより! 新ロドグリス王の即位式を執り行うとする!」
どんなに頑張って収めようとしても、収まらないほどの喧騒の中、司会を務める男が声を張り上げる。
その言葉に、喧騒が更に大きくなりかけるが……。
「静粛に!」
思わず誰もがビクッ、と震えあがってしまうような一喝。
一瞬だけ波が静まったかのように、広場とその周辺が静寂に満ちる。
それを受け、司会の男は続ける。
「初めに、即位の儀! これより、第十八代ロドグリス王――リガル・ロドグリス陛下が御成りになられる!」
その言葉に、一瞬静まり返っていた広場が、歓声によって再び騒がしくなる。
(うわっ、こんな歓声の中、演説とパフォーマンスを行わなくちゃならないのかよ……)
いくら王の器へと成長しつつあるリガルとて、こんな注目される場で人前に立つ経験など、そう何度も無い。
出陣前の演説なども勿論何度か経験しているが、今回の人の数はその比ではない。
流石に緊張感が高まってくる。
それでも、ここで行かないわけにはいかない。
深呼吸をして、覚悟を決める。
(行くか!)
ゆっくりと天幕の外へ踏み出す。
眩しい日の光が、スポットライトのようにリガルに降り注ぐ。
そして、演説の壇上に上がった。
壇上の中央には、一本の杖が刺さった台座がある。
その杖は、聖杖と呼ばれ、ロドグリス王家に代々伝わる由緒正しきものだ。
初代ロドグリス王が実際に戦場で使っていた杖のようで、持ち手の部分が黄金で作られている。
2代目の王の時代からは、その杖が実際に戦場で使われることは無くなった。
だが代わりに、こうしてロドグリス王が新しく即位する時の、パフォーマンスに使われるようになったのである。
だが、パフォーマンスと言っても、それは非常に簡単。
リガルはゆっくりと壇上の中央に向かっていく。
そして、聖杖を右手で掴み、台座から引き抜くと、右手を天高く掲げた。
パフォーマンスはこれだけだ。
そのリガルの姿に、ここに集まった民衆の視線が集まる。
そんな中、リガルは大きく息を吸い込み……。
「今日、ここに集まってくれたロドグリス王国の民たちよ、ご機嫌好う。そして、初めに言わせてもらう。私は、この大陸を統べる王となる!」
声を張り上げ、宣言した。
その言葉に、再び喧騒が消え失せ、静寂が訪れる。
皆、リガルの言葉に呆気に取られているのだ。
そんな中、リガルはなおも続ける。
「私が、我が国最大の宿敵であった、ヘルト王国を打ち倒したことは、皆も知っていよう! 私は、一度も戦争で敗北したことが無い! ただの一度もだ! そして、今度は大陸最強の国である、帝国を打ち倒す!」
実際は、ポール将軍との戦いで敗北を味わっているが、最終的には勝利したと言い張れば、嘘にまではならない。
それに、負けたことが無いとはいえ、母数が少ないので、そこまで凄い事とは言えないだろう。
が、そんな事実はどうでもいいのだ。
今重要なのは勢い。
その証拠に、民衆はリガルの言葉に圧倒されて声も出せずにいる。
「そのために私は、対アスティリア同盟を締結した。帝国を打倒する準備はすでに整っている!」
――対アスティリア同盟。
それが、ロドグリス王国、エイザーグ王国、ヘルト王国、そして、新たに建国された騎馬民族の国家――ゴモルン王国の4国で締結した同盟の、名前である。
そして、帝国を打倒する準備は整っていると言ったが、これは嘘だ。
ゴモルン王国は、まだ建国したばかりで、ほとんど未完成な国だ。
他の国も、その支援で忙しい。
だが、もう一度言うが、今は勢いなのだ。
真実などいらない。
「平和と富を得たい者は、この私に着いて来い! この私こそが、ロドグリス王国歴代最強の王にして、世界を統べる王だ!」
「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」
その言葉に、民衆が熱狂する。
必要なのはカリスマだ。
民が求めているのは、自分たちに富をもたらしてくれる者かどうか。
だったら、その求めているものを与えてやれる王であると、教えてやればいい。
「私はここに! 第十八代ロドグリス国王として、戴冠したことを宣言する!」
本作はこれにて完結となります。
これまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。