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第178話.予定通り

 それから数時間後――。


 リガルとエイザーグ王は、食後に少し自由な時間を取り、それから交渉の席についた。


 話し合いを行うのは、談話室。


 部屋に存在するのは、横に長いテーブルが中央に一つと、その周囲を囲むようにたくさん並べられたソファ。


 部屋の隅には、申し訳程度の観葉植物が設置されている。


 そんな、非常に簡素な部屋だ。


 リガルとエイザーグ王の2人は、その大量に並べられたソファの中央に座り、向かい合う。


 リガルはまだ、具体的にどんなことについて話し合うか、全く伝えていない。


 だが、エイザーグ王は恐らくもう分かっているのだろう。


 これまではずっと穏やかな笑みを(たた)えていたのに、今は少しピリピリと張り詰めた空気を纏っている。


 しかし、20という若さながら、いくつもの修羅場を潜ってきたリガルが、そんな空気に臆するはずもない。


 使用人に用意させた紅茶を優雅に一口含むと、ゆっくりと話を切り出した。


「さて、いきなりで悪いが本題に入らせてもらう」


「あぁ」


「話というのは、我々の同盟関係についてだ」


「ほう?」


 飾らず、ストレートに切り出すリガル。


 それに対して、エイザーグ王は特に動揺した様子はない。


 話の内容も、リガルがストレートに来ることも、分かり切っていたということだろう。


「私は、今結んでいる貴国との同盟。これを、締結し直したいと考えている」


「……締結し直す、か」


「そうだ。ヘルト王国という、かつての宿敵を撃破した今、これからの目下の敵はアスティリア帝国となる。そして、我々ロドグリス王国だけではなく、帝国はエイザーグ王国にとっても宿敵と言える存在だろう?」


 ――6年前。


 エイザーグ王国とロドグリス王国は、協力してアルザート王国へ攻め()った。


 しかし、残念ながら、その計画は失敗してしまった。


 理由は様々ある。


 だが、その理由の一つとして、アルザートへの侵攻中に、帝国がエイザーグ王国に攻めてきたことが挙げられる。


 その時は、それと同時にヘルト王国がロドグリス王国にも攻め込んで来ていた。


 そして、ロドグリス王国はヘルト王国を見事撃退することに成功したため、帝国軍も最終的に撤退。


 早い段階で決着が着いたため、エイザーグ王国が被った被害も大したことが無かった。


 しかし、それでも全く被害が無かったわけではない。


 エイザーグ王国も、帝国の事を多少なりとも憎んでいることだろう。


「なるほどな。確かに、我々エイザーグ王国も、帝国を打倒するために協力するのは(やぶさ)かではない」


「そうだろう? そこで、だ。現在は相互防衛だけだが、これからは帝国に対して積極的に攻勢をかけていきたい。その協力もしてもらえないか?」


「ふむ……。大体理解した。とはいえ、詳細を伝えて貰えなければ、頷くことは出来んな」


 感触は悪くない。


 エイザーグ王の方も、前向きに検討しているという感じだ。


 それでも、安易に飛びついてきたりしないのは流石と言ったところだろうか。


 最も、リガルは別に罠を仕掛けている訳でも無いので、この慎重さはただただ面倒なだけだが。


「もちろん分かっている。それと、これはまだ言っていなかったことなんだが、その同盟にはヘルト王国と、北方を支配している騎馬民族の中でも有力な部族をも加えたいと考えている。良いだろうか?」


「ヘルト王国に騎馬民族も?」


 これについては、流石のエイザーグ王も予想していなかったのか、少し驚いたような表情を浮かべる。


「そうだ。帝国はあまりに強大。戦うとなれば、仲間は多い方がいいだろう?」


 実際には共に戦う仲間が増えると言うのは、メリットばかりではない。


 裏切りが発生するリスク、戦果の分配――。


 デメリットを挙げようと思えば、まだまだ沢山出る。


 しかし、それでもデメリットよりメリットの方が勝ることは間違いない。


 エイザーグ王の方も、口には出さないが、ロドグリス王国と自分たちだけで帝国に侵略しようとするのは、少しリスクがあると考えている。


 いくらロドグリス王国が強くなったとはいえ、帝国の力は未だ健在。


 それに、ロドグリス王国が強大になったからといって、そこまで帝国との戦いが楽になるとは限らない。


 どういう意味かというと、帝国はこれまでロドグリス王国単体と戦う時には、ヘルト王国にも気を遣わなければならないかった。


 まぁ、それはヘルト王国に限らず、帝国と国境を接するすべての国だが。


 しかし、ヘルト王国をロドグリス王国が飲み込んだら、その分帝国もヘルト王国を警戒する必要性が低くなる。


 だから、以前以上に帝国も力を発揮できるという訳だ。


 もちろん、以前と力関係が全く変わっていないということは無いが。


「そうだな。私としてはもちろん構わない」


 結局、エイザーグ王はあっさりと頷いた。


(よし! 予定通りだ)


 ここまではリガルの描いた通りの未来となっている。


 まぁ、そもそもリガルが得意な状態での交渉であり、引き出したい条件もイージーなもの。


 失敗する方が難しいが。


「そうか。それは良かった」


 リガルはそう言って笑みを浮かべる。


「しかし、同盟の詳細の方はどうするんだ? それについての話はまだ聞いていないが」


「あぁ。それについては、すでに手筈が整っている」


「え? それはどういう……」


「すでに、ヘルト王と騎馬民族の有力部族の族長たちはここに呼んでいる、という意味だ」


 これには、エイザーグ王も驚く。

 

 一瞬唖然とした後、エイザーグ王は思わず自嘲的な笑みをこぼした。


 エイザーグ王がまだリガルの話を受け入れていないのにも関わらず、リガルは他 の代表たちに話を通してある――。


 それが意味するところは、それだけエイザーグ王国が軽んじられているということ。


 ただ、だからと言って、別にエイザーグ王は怒った訳ではない。


 むしろ、凄いと思った。


「はは、()も食えない人だな」


 そして、気が付けばエイザーグ王は、天を仰ぎそんなことをポツリと呟いていた。


 エイザーグ王がロドグリス王に対して言うようなセリフではない。


 それはまるで、リガルとエイザーグ王が初めて出会った時――まだリガルが子供であった時に掛けた言葉の口調に近かった。


「はは、それは私も同じような気持ちでしたよ」


 エイザーグ王の言葉に、少し緊急を緩ませてリガルは返答する。


 こうして、リガルはエイザーグ王との交渉も、思い通りに進めることに成功したのであった。






 ー---------






 ――30分後。


 リガルは廊下を歩いていた。


「はぁ。やっと少し休むことが出来るな」


 身体を伸ばしながら、リガルは独り()ちる。


 エイザーグ王との話し合いを終えたリガルは、談話室を出て、エイザーグ王と別れた。


 そして、現在に至るという訳である。


 結局、同盟に加入予定の各国代表を揃えた話し合いは、明日の午前中に早速行われることになった。


 つまりそれまでは、束の間の自由時間という訳だ。


 他の戦後処理の仕事の方も、リガルが騎馬民族の(もと)へ出向いている最中に、文官たちが必死に頑張ったおかげで、ほとんどが片付いてある。


 王であるリガルが働く必要など、無いとまでは言わないが、そこまで切羽詰まっている状況ではない。


 今日くらいはゆっくり休んでも良いだろう。


 そう思ったリガルの足取りは、羽が生えたかのように軽やかだった。


 しかし、そんなリガルの幸せは、直後あっさりと()まれてしまうことになる。


「よ、久しぶりだな。リガル」


「げ……。アルディアード……」


 馴れ馴れしい口調で掛けられた声。


 思わず振り返ったリガルの目には、よく見知った男の顔が映っていた。


 それを見た瞬間、リガルは反射的に苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、(うめ)き声を上げてしまう。


(つーかコイツ、来てたのかよ。手紙にも書いてなかったし、全然知らなかった……)


「おいおい、親友の顔を見て、『げ……』は流石に無いだろう?」


 そんなことを言いながら、アルディアードはリガルの方に腕を回す。


 が……。


「何をするアルディアード殿()。他国の王に対して無礼だろう? 両国の関係を壊したいのか?」


 それに対してリガルは、堅苦しい口調で無礼を咎める。


 別に怒っている訳ではないが、アルディアードと関わると、リガルの少ない自由時間が失われてしまう。


 それを避けるための作戦だ。


 しかし……。


「はぁ? お前何言ってんだよ。下手な演技してないで、一緒に話そうぜ?」


 アルディアードは動じない。


 演技であることも、何故だか簡単にバレてしまった。


 リガルも、アルディアードを追い返すことは不可能だと諦めたようで……。


「はぁ……。やれやれ、一体何の用だよ……。こちとらマジで忙しくて死にそうなんだ。お前に付き合ってる場合じゃないんだが」


 軽くため息を吐いてから、覇気のない声で恨めし()に返答する。


 しかし、アルディアードがその程度で大人しく引き下がる訳もなく……。


「まぁまぁ。久々に会ったんだから、そう言わずに一緒に話そうぜ」


 そう言ってアルディアードは、リガルを無理矢理に引っ張っていく。


 もう幼少期の頃から、アルディアードはロドグリス王国に来ている。


 そのため、城の構造くらいは熟知しているのだ。


「お、おい! 分かった。分かったから引っ張るのはやめろ! こんなところ他の誰かに見られたらどうすんだよ!?」


「大丈夫大丈夫」


 リガルが悲痛な叫びをあげるが、これもアルディアードには通用しない。


 実際、バレたら全然大丈夫じゃないのだが。


 こうして、リガルはアルディア―ドに捕まえられて、自室に引っ張られていくのであった。


(はぁ、こりゃあゆっくり休むことは叶いそうに無いな)

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