第167話.犬猿の共闘
ポール将軍が帝国軍の兵力を500削って以降、戦いは膠着状態に陥った。
帝国軍の指揮官も、平凡な能力なりに、ポール将軍の実力が高いことは悟ったようで、腰が引けた戦いしかしなくなったのだ。
実際は、まだまだ兵力差があるため、もっと強気に行っても問題なかった。
そんな場面で臆してしまうのは、やはり平凡な指揮官である証拠だ。
だが、まぁ10000もの軍勢を率いていたというのに、たった3000しかいない軍勢に、500もの兵力を削られたとなると、動揺するのも仕方ないだろうが。
そして、遠距離から魔術を撃ちあい、両軍の兵力が地味に削られていく消耗戦が続くことおよそ6時間。
ついに、先ほどまで澄み渡っていた空に、赤みが差し始める。
一日の終わりが、いよいよ訪れようとしていた。
しかし、その前にもう一波乱が、これからこの戦場にて起きようとしていた。
その一波乱とは……。
「ん? あれは……」
どこからか地鳴りのような音が聞こえ、その音の正体を探るべく、ポール将軍が周囲を見渡す。
すると、それはすぐに判明した。
その正体は……。
「やっと来たか。リガル・ロドグリス」
ポール将軍が、後方を見やりながら呟く。
そう、音の正体は、リガル率いるロドグリス王国軍の足音だった。
疲労困憊で満身創痍だったリガルたちが、休息を取って復活したのである。
いや、数時間休んだだけなので、流石にまだ完全復活とは行かないが。
まぁ、それでも数時間は問題なく活動できる程度には回復した。
戦いに参戦することも可能だろう。
突如現れたロドグリス王国軍の新手に、帝国軍が唖然とする中、リガルたちは悠々とポール将軍と合流する。
そして……。
「言われた通り、仕事はきっちり果たしましたよ」
リガルと顔を合わせたポール将軍。
まだ素直に会話するのは抵抗があるのか、どこか冷淡な様子で、眼を合わせることも無く言う。
だが、リガルはそれを気にした様子もなく……。
「そうか。それはよくやってくれた。さて、それじゃあここからは協力して帝国軍を追い返すとしようか」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
どうやら、ポール将軍が来てくれたお陰で、精神的にもだいぶ楽な状態に戻ったようだ。
「協力、ね……。まさかあんたを倒すために生き延びる選択をしたってのに、まさかそれよりも先に共闘することになるとは、夢にも思いませんでしたよ」
「だろうな。まぁ、俺はお前に出会った時から、仲間に引き入れようと思っていたから、別にそんなに不思議な気分じゃないが」
「ムカつくこと言ってくれますね……。俺が負けることは確定事項として考えていたんですか……。まぁ、それで実際負けてるんだから、ぐうの音も出ませんが」
「別に確定事項ってことは無いけどな。誰だって、自分が負ける想定はしても、負ける想像なんてしないだろう?」
少し苛立ちながら話すポール将軍。
それに対して、リガルの方はどこか楽し気だ。
そんなリガルの様子に、ポール将軍は嘆息し……。
「はぁ……。まぁそんなことどうでもいいですから、やるならさっさと始めましょう」
さっさと話を切り上げる。
これ以上話していても、苛立ちが増すばかりだと悟ったのだ。
「いいだろう。んじゃ、俺が適当に動くから、お前はそれをフォローしてくれ」
「適当ですね……。まぁ、命令なら従いますよ」
相変わらず軽いノリで言葉を交わす二人。
作戦も、ポール将軍が言う通り適当だ。
本当に、「ふざけているのか?」という感じだろう。
だというのに、リガルは――ポール将軍ですらも、「それでいい」と思っていた。
――この作戦で良い。
――俺たち二人が揃っていて、負けるわけがない。
「それじゃあ、始めようか」
「えぇ」
ポール将軍にとって、自分を絶望という深い谷に突き落とした張本人である、リガル。
そんな奴と、これから共闘すると言うのに、何故だかポール将軍はワクワクせずにはいられなかったのであった。
ー--------ー
「さて、陛下。ポール将軍にあんなことを言ってましたけど、これからどう戦っていくのかは、決まっているんですか?」
ようやく体調の方が、万全に戻ったリガルは、ついに戦場に復帰した。
ポール将軍とハイネス将軍が率いてきた援軍と合わせて、これでおよそ6000。
対する帝国軍は、ポール将軍が500を削ったため、およそ9500。
まだまだ兵力差には大きな開きがあるとはいえ、リガル達だけで戦っていた時と比べれば、条件は段違いだ。
しかも、ポール将軍が助けに来る前の、リガルが率いていたロドグリス王国軍は、ボロボロだった。
それが回復したとなれば、本来の力を発揮できる。
何より、軍勢を率いる将が、リガルとポール将軍という、稀代の天才なのだ。
後、ついでにハイネス将軍もいる。
そのため……。
「やれやれ……愚問だな」
レオの問いに、リガルは自信満々に応える。
今回は、前にポール将軍に敗北したような、自信を喪失する事態にはならなかったようだ。
まぁ、今回の場合は、ポール将軍に敗北した時と違って、負けた原因がしっかり分かっている。
ポール将軍に負けた時は、自分がポール将軍よりも実力の上で負けているのではないかと思ったのだ。
それに対して、今回の敗因は、ただのミス。
実力で劣っている場合は、一朝一夕にはどうしようもないが、ミスならば知るだけで次には修正することが出来る。
元々、経験不足という事はリガルも自覚していること。
そこに関するボロが出たところで、落ち込んだりする訳が無い。
だから、今は自信を持って戦うことが出来ているのだ。
「はは、すいません。流石にもうこの後の戦い方くらい、とうの昔に考えてありますよね」
自信満々のリガルの言葉に、自分は何を疑っていたんだ、とばかりに恥ずかしそうに答えるレオ。
その表情からは、非常に安心した様子であることが伺える。
しかし……。
「何を言っている。この後のことなど考えているはずないだろう?」
「は?」
ポール将軍が乾いた声を上げる。
――何を言っているのか分からない。
まさにそんな様子だ。
だが、そう言い放った張本人であるリガルは、そんなに特筆すべき様なことではない、とばかりに……。
「何を驚いているんだ? 当たり前だろう。俺はさっき起きたばかりで、すぐにここにやって来たんだ。じっくり作戦なんて考えている暇もない」
「そ、それはそうですが……」
確かに、リガルの言う通りではあるのだが、それでも納得できないという様子のレオ。
どうやら、リガルの「愚問だな」というセリフは、本来その後に「俺が先の事なんて考えるわけがないだろう」というのが正しかったようだ。
それを、レオは最後まで聞くことなく、早合点してしまった訳である。
「それに言ったろ? さっきポール将軍の前でさ。『俺は適当に動く』って」
「……い、いや、それは何かカッコつけただけなのかと……。まさか本当に何も考えていないなんて、思わないじゃないですか」
「ふざけんな。何がカッコつけただけ、だよ。そんなしょうもないこと誰がするか。お前、俺の事ちょっとバカにしてるだろ?」
「い、いやいやいや、そんなことは!」
若干キレ気味のリガルに、ぶんぶんと首を振って否定するレオ。
こんな時でも二人のやりとりは平常運転だ。
「大体、こんなのは一々細かく作戦立てる必要なんか無いんだよ。ポール将軍が戦いに介入してきたことによって、状況は大きく変化したんだからな」
「な、なるほど……」
別に、リガルが作戦を立てていないのは、敵を舐めているからではない。
じっくり考えても、仕方が無いことだってあるのだ。
それに……。
「復活して早々に敵を蹴散らしてやれば、こちらの士気も爆発的に上昇する。そうやって、気持ちの面から戦いの流れを、一気にロドグリス王国側に引き寄せるんだ。そして、この戦いの勝利も決定づける」
「そこまで考えていたのですか……」
理論の部分だけでなく、精神的な部分も、戦いに置いては重要な要素だ。
精神論は、時に戦略をも凌駕することだってある。
経験値は足りないリガルでも、それくらいは分かっていた。
そして……
「さて、それじゃあまず最初は、ハイネス将軍と合流しますかね」
そう言って、ついにリガルが動き出すのであった。