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第164話.感情

「ど、どういうことだ? リガル様が負けるわけがないだろう!?」


 ――リガルが敗北する。


 そう言い放ったポール将軍に、ハイネス将軍は一瞬フリーズしたが、すぐに表情を怒りに染めて食って掛かる。


 だが、それでもポール将軍は冷静に……。


「だからそう慌てるな。あれだけの死闘を演じたのだ。奴の実力が高いことは、悔しいが俺も認めている。だが、奴とて全てが完璧という訳ではない」


「……!」


 ポール将軍がリガルを褒めたことで、ハイネス将軍は少し気を良くしたのか、冷静さを取り戻す。


「では、どこが完璧ではないというのだ?」


 そして、ポール将軍に尋ねる。


 ポール将軍がリガルの実力を認めているように、ハイネス将軍も悔しいながらポール将軍の実力は認めている。


 そのため、ポール将軍には自分には見えない世界が見えているのだろうと思ったのだ。


「経験さ。奴のセンスは確かに天才的だ。その土俵で戦おうとしたら、絶対に敵わない。だが、それ以外――特に経験では、戦っていて俺に()があると思ったよ。そして、これは俺の予想に過ぎないが、奴は帝国との戦いで帝国に侵略しようと考えるだろう」


「な、帝国に侵略だと!? 何をバカな……。そんな事をして一体何になると言うのだ? 自ら守りを放棄する愚行だ!」


 ポール将軍の説明を、ハイネス将軍は否定する。


 が、ポール将軍はそれを鼻で笑い……。


「凡人には俺たちの世界は見えんよ。別に話半分で聞いてくれても構わない。だが、もしも俺の言う事が現実になったら、奴はきっと3、4日目くらいに満身創痍になってるはずだ。兵の疲労というものを軽視したせいでな」


 ――真剣な表情だった。


 冗談や嘘を言っているとはとても思えなく、何故だか根拠は無いが、本当にそうなるのではないかとハイネス将軍は予感した。


 無論、ハイネス将軍はリガルに全幅(ぜんぷく)の信頼を置いている。


 リガルが負けるとは今でも信じられない。


 しかし、確かに経験値では他の将軍に劣るし、ヘルト王国との戦いで消耗しているのも確か。


 ポール将軍の言っていることも筋は通っている。


「さて、そろそろ出て行ってくれないか? もう昼だ。昼食を取りたいんでね」


 そう言って、ポール将軍自身も立ち上がる。


 食事でも取りに行くのだろう。


 しかし……。


「ま、待て……! その話、詳しく聞かせて貰えないだろうか」


 ハイネス将軍は引き止める。


 仮にポール将軍に(こうべ)を垂れることになったとしても、リガルがピンチになると言うのなら、それは絶対に見過ごせない。


「詳しくも何も、この未来を変えたいのならば、あんたが助けに行けばいいのではないか? まぁ、帝国はかなりの数の魔術師を集めてるって話だし、あんたが救援に向かったところで助かるかは微妙なところだが」


 他人(ひと)事のように、答えるポール将軍。


「私が?」


 しかし、その助言は非常にハイネス将軍に良い効果を与えたようだ。


 ハイネス将軍は、地味だが優秀な将軍である。


 戦略を立てる能力などは平凡だが、指揮の上手さはかなり上位に来ると言える。


 それに加えて、忠誠心が高く、王に言われたことは必ず(まっと)うする。


 だが、逆にその忠誠心が、足枷(あしかせ)にもなっていたのだ。


 リガルは今回、帝国が攻めてきても問題ないと言った。


 ポール将軍は完全にそれを信頼しきって、自分は何もする必要性が無いと思い込んでしまったのだ。


 だから、ポール将軍に言われるまで、自分が助けに行くという考えなど全く浮かばなかったのである。


 だが、言われてみれば確かに、この状況でリガルを助けられる人物など、ハイネス将軍しかいない。


「他に誰がいる。心配ならば自ら助けに行けばいい。当たり前のことだ」


 しかし、そんなハイネス将軍に対して、ポール将軍は呆れたように答える。


 何だかんだ、ポール将軍としてもリガルがこんなところでやられては困るのだ。


 ストレートなやり方では無いが、なんだかんだハイネス将軍の背中を押す結果となった。


 が、それでも……。


「しかし、私にどうにかできるだろうか……。今私が動かせる3000ほどの兵を率いて救援に向かっても、リガル陛下の持っている3000と合わせて、6000にしかならない。それに対して、帝国軍は10000……」


 途端に弱々しい声音で呟くハイネス将軍。


 ハイネス将軍は、突出した能力を持ってはいなかったが、逆に目立った欠点も見当たらなかった。


 しかし、誰も気づかない――彼自身すらも気づかない、そんな欠点が一つだけあった。


 それは、自信――。


 自分の能力を信じて戦い抜くメンタル。


 それが欠如(けつじょ)しているという事だ。


 平凡で、あまり目立つ活躍をしないからこそ、誰にも期待されない。


 自分すらも自分に期待しない。


 そのため、彼はいつしか自分を過小評価するようになっていったのである。


「い、いや、もっと自信を持てよ……」


 自信を失い弱々しい様子のハイネス将軍の姿に、ポール将軍は無意識のうちに慰めの言葉を掛けてしまうが……。


「……と言っても、まぁ確かに4000の兵力差はバカにならないか……」


 もしハイネス将軍が自信を持って、リガルの救援に向かえていたとしても、それが成功するかは客観的に見て微妙なところだ。


 特に、救援に辿り着いた直後は、リガルの持っている兵は役に立たないと考えられる。


 それはそうだろう。


 ハイネス将軍は、帝国との戦いが始まって4日目には、リガルが満身創痍になっていると言うから助けに行くのだ。


 ハイネス将軍がリガルの(もと)に辿り着く頃には、リガルとその率いる魔術師たちはヘロヘロに決まっている。


 とすると、リガルたちが休む数時間を、ハイネス将軍はたった3000の兵で稼がなくてはならなくなる。


 ハイネス将軍は戦いになればそこそこ優秀だが、それでも残念ながら7000の兵力差をひっくり返せるほどではない。


 7000もの兵力差をひっくり返すには、天才のセンスが必要になってくる。


 そう考え、ポール将軍も難しい顔で悩み込んだ。


 ポール将軍とて、リガルにここで死なれては困るから、ハイネス将軍に何とかしてほしいのである。


「やれやれ、ロドグリス王国(この国)にもっと優秀な指揮官が溢れててくれれば楽なんだが……」


 上手くいかない歯がゆさに、失礼なことをぼやくポール将軍。


 それを聞き逃さなかったハイネス将軍は、少しムッとした表情を浮かべ……。


「私で力不足だと言うのならば、貴様も力を貸せ。貴様もこの国の将軍となったのだ。何もおかしい事ではあるまい」


「は?」


 なんと、ポール将軍に手伝ってもらおうというハイネス将軍。


 ただし、こんな言い方をするポール将軍に素直に頼み込むことは、流石に(はばか)られたのか、上から目線の言葉だ。


 それに対し、ポール将軍も驚いたような反応をする。


 助言程度はしても、自分が助ける手伝いに参加するというのは、考えなかった様だ。


 リガルはポール将軍にとって、宿敵と言うべき相手。


 そんな人間の利益の手助けをするなど、考えるだけでも怒りが湧いてくる。


 しかし、リガルが死んでしまっては、ポール将軍が生きる道を選択した意味が無くなってしまう。


 それを避けるためには、やはり自分がリガルを助けに行くのが一番だ。


 と、理性では分かっているのだが、やはり感情がそれを許さない。


「…………っ!」


 ギリッ、と歯を噛みしめ、怒りに顔を歪めるポール将軍。


 そのまましばらく虚空(こくう)を見つめ、じっと何かを考え続ける。


 そして、それから数十秒後……。


「チッ、分かったよ……。やればいいんだろう? やってやるよ、そりゃあ今は俺の主でもあるんだ。別に不自然な事じゃないよなぁ」


 半ば投げやりな声でポール将軍はそう言った。


 こうして、ポール将軍はハイネス将軍と共に、リガルの救援に向かうための準備を始めた。


 準備というのは、ハイネス将軍が各都市に帰した兵たちを、再集結させることだ。


 一度返したものを、また集め直すというのは、非常にバカらしいが仕方ない。


 そして、それが終わったのがちょうどリガルが帝国領に踏み入った日。


 そこから、ポール将軍とハイネス将軍は、リガルを助けるべく帝国領に足を踏み入れたのであった。

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