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第153話.想定内の驚き

 それから、リガルがヘルト王国の()王都に辿り着いたのは、すっかり日が落ちて、代わりに月がその姿を現し始めたころだった。


 帰ってくると、すでに部下の魔術師たちが宴会の準備を始めていて、喧騒が広がっていた。


 戦争もだいぶ長い期間続き、身体の方は疲労が溜まっているだろうが、精神的な要因のせいか、魔術師たちに疲れ果てた様子は見えない。


 皆等しく、明るい表情で騒いでいる。


「やれやれ。確かに祝杯を上げることは許可したが、これはいくらなんでも気が緩みすぎだろ……。ったく、帰ってからも祝勝会ならあるってのに……」


 これだけの戦果を上げたのだ。


 帰ってからは忙しくなるだろうが、それでも祝勝会くらいは王家が主催する予定はあった。


 しかし、それを伝えても、こうなってしまったようだ。


 まぁ、今回の戦いは近年(まれ)に見る激闘となった。


 そんな戦いを制したのだから、その分派手に喜んでしまうのも無理はないが。


「まぁまぁ、最近は休みも中々満足に確保できない中で、彼らは戦ってきたんですし、今日くらいは好きにさせてやりましょうよ」


「何でお前にそんなことを言われなきゃいけないんだって感じではあるが、まぁその通りだな。とはいえ、酒を大量に飲んだことで、帰国が遅れるなんてことは流石に避けたい。酒の量はある程度制限させておくか」


「ははは、それは残念ですが、まぁ仕方ないですね。それじゃあ、私もちょっと彼らに混ざらせてもらいますね」


「おう、俺はさっさと眠るとするよ」


 そう言って、リガルは疲れたように肩を落として、レオに背を向けようとする。


「え? 陛下は参加されないんですか?」


「あぁ。単純にもう疲れ切って早く休みたいし、何より帰ってからの仕事に忙殺(ぼうさつ)される日々が憂鬱過ぎて、楽しく宴会に混ざれるような気分じゃないんでな。それじゃ」


 そう言って、リガルは右手を軽く上げて去っていくのであった。






 ー---------






 ――そして、リガルは寝室に辿り着いた。


 レオと別れて、未だ10分も経っていない。


 しかし、早速床に()く準備をしていたところで、ドタドタ、と耳障(みみざわ)りな足音が聞こえてくる。


 そして直後だった。


 ――バタン。


 勢いよくリガルのいる部屋の扉が開かれた。


 カンテラの()だけしか光源が無い、暗闇に包まれた室内に、唐突に光が差し込んでくる。


「へ、陛下! 大変です!」


 ノックもせずに、誰かが部屋に入り込んできたようだ。


(この声は、レオか……)


 もう完全に眠ろうとしていたリガルは、不愉快そうに目を(こす)りながら声の発生源へ向かう。


 そして……。


「何だよ、こんな夜遅くに……。しょうもない内容だったら、マジでしばくぞ」


 怠そうな声音と表情で、レオに言うが……。


「いやいや、そんなこと行ってる場合じゃないですよ! 何と、帝国が攻めて来ようとしているみたいなんです!」


「は?」


 一瞬で、微睡(まどろ)みの中にいた意識が覚醒する。


「それはヤバいな……。攻め込んできた場所とか、今帝国軍がいる場所とかの、情報はあるか?」


「え? は、はい。えーっと……」


 そう言って、レオが室内にある紙とペンを使って、即興で地図を手書きで作成していく。


 その図は非常に雑な物であったが、大雑把な場所程度ならその地図でも理解できる。


「大体、ここら辺に兵を集結させているとの情報が。兵力ははっきりとは分かっていませんが、大体10000らしいとは聞いています」


 即興で書き上げた地図を指さしながら、レオが説明していく。


「うおー、マジか。そりゃ中々面倒だね……」


 リガルは早速どうすればいいかを考え始める。


 が……。


「あ、あの……てか何でそんな冷静なんですか?」


 困惑したようにレオが問う。


 確かに今は、かなりの非常事態である。


 ランドリアとの話し合いが始まる数日前に、ハイネス将軍が率いている別動隊は、本国に帰してあるのだ。


 そして、丁度今レオが教えてくれた、帝国の攻めようとしている地点は、元ヘルト王国の領土である。


 別動隊と合流しようと思ったら、かなりの時間を要するはずだ。


 となると、今手元にいる3000ちょっとの兵力で解決しなければいけなくなる。


 3000で10000に対抗しなければならないなど、普通に考えたら勝ち目はない。


 だからこそレオは、リガルがここまで落ち着いていることが不可解で仕方がないのだが……。


「まぁ、こうなる可能性があることは、初めから分かっていたしな。最も、予想より動くのが早くて、そこについては驚いてはいるが。けど、別に想定外って訳じゃない」


「そ、そうですか……。しかし、予想出来ていたとしても、1万を超える軍勢はあまりに脅威ですよ!?」


「問題ねーよ。手はもうすでに打ってあるからな」


 そう言って、リガルはニヤリと笑みを浮かべる。


「え?」


「言ったろ? 『初めから分かっていた』と。分かっていることを俺がケアしないわけないだろ。さ、とりあえず寝るぞ。宴会は即刻中止。士気には多少なりとも影響しそうだが、こうなったらそんなこと言ってられない。一刻も早く兵を休ませなければならないからな」


「え? 寝るんですか?」


「当たり前だろ。これから戦わなければならないというのに、兵が疲労困憊(ひろうこんぱい)じゃ話にならない。それに、まだ元ヘルト王国の領土内に踏み入ってきていないのなら、時間的な猶予(ゆうよ)は少しある」


「な、なるほど。では、早速他の兵たちに伝えてきます」


「あぁ、頼む」


 そうして、レオは部屋を出て行った。


 そして、部屋の中に一人になったリガルも、間もなく床について、そのまま眠るのだった。






 ー---------






 ――翌朝。


 しっかりと長めの睡眠時間を取ったうえに、昨日は精神的疲労はともかく、肉体的疲労は大して溜まっていない。


 そのため、リガルの身体の調子はすこぶる良かった。


 それに、何故だか不安はない。


 昨日レオも言っていた通り、この状況は間違いなく楽観できる状況ではないのにも関わらず、だ。


 もちろん、()()をすでに打ってあるというのもある。


 しかし、それがしっかりハマる確証はない。


 それは、リガルももちろん分かっている。


 全てが自分の思う通り、都合よく行くことは、そうそうあり得ない。


 だが……。


(何だろう……。この沸き上がってくる、根拠のない自信みたいなものは……。勝利までの道筋は確かに描けている。しかし、その通りになるとは限らないのに)


 そう。


 リガルが今感じているものの正体は、自信――。


 ポール将軍との戦いで、一進一退の激闘を演じ、リガルは一段階さらにレベルアップしたのだ。


 そして、その戦いに勝利したことで、ポール将軍に匹敵するような者が出てこない限り、「自分なら上手くやれる」という考えが無意識のうちに根付いてしまったのだ。


 まぁそれは、デメリットでもあるが。


 ただ、少なくとも一つ言えることは、一度ポール将軍に敗北した時、心が折れかけていた、あの最悪の精神状態とは、真逆にあるという事。


 今のリガルにはもう、恐れるものは何もなかった。


(まぁいいか。こんなこと考えてたって仕方ない)


 思考をやめ、朝食を取りに部屋を出る。


 そして、起床から2時間後。


 ロドグリス王国は、帝国の侵略を防ぐ、正真正銘、最後の戦いに向けて、行軍を開始したのであった。

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