第152話.一段落
「ふぅ、終わった終わった。いやぁ、疲れたよ。まさかこんな展開になるとは思わなかったし、時間的には大したことないけど、かなり張りつめていたからか、疲労感が半端じゃない」
「お疲れ様です。陛下。話し合いに臨む前は、だいぶ不安げだったため、割と心配していましたが、その様子なら、心配は要らなそうですね」
――ランドリアとの話し合いが終わり、リガルはロドグリス王国軍の本隊に合流すべく、リノ村を出発して、これからヘルト王国の王都に戻ろうとしていた。
最も、今はもうヘルト王国の王都ではないが。
便宜上ここでは、そう言わせてもらう。
「まぁね。少なくとも悪い結果にはなってないと思うぞ。ヘルト王――ランドリアって名前だっけ? あいつは中々に厄介だったがね」
レオの言う通り、リガルはだいぶご機嫌だ。
もしも話し合いが良い結果で終わっていなかったら、リガルはこんなに饒舌に話さない。
「おぉ……! ヘルト王を言い負かすとは……。内政に関する知識も、全然凄いじゃないですか!」
「いや、言い負かしてはねぇよ。今回の条約も、別に俺たちロドグリス王国側にだけメリットがあるって条約ではなく、互いの国にとってメリットがある条約だ。それに、別に内政知識が平凡ってのは、謙遜して言っている訳じゃない。それに今回だって、戦争でいい結果を出していたから、悪くない結果に持っていけたが、負けている状態での話し合いだったら、無理だったと思う」
確かに、戦争に勝利したときと、戦争に敗北したときの話し合いでは、前者の方が圧倒的に楽なことは間違いない。
特に、今回の場合は、ロドグリス王国側にとって、非常に有利な話し合いだった。
仮にリガルがこれ以上ヘルト王国との戦争を継続すれば、ロドグリス王国は帝国に大打撃を加えられるかもしれない。
しかし、それと同時にヘルト王国も普通にロドグリス王国に滅ぼされてしまう。
つまり、ヘルト王国としてはリガルがどんなに無茶なほど強気に出ても、その要求を呑まざるを得ない状況にあったのだ。
まぁ、最もそれをいいことに、リガルが要求を際限なく吊り上げていたら、ヘルト王国が帝国に亡命したりしていたかもしれないが。
その場合は、ヘルト王国とロドグリス王国の双方にとっても大損だ。
得するのは無関係の帝国だけである。
もちろん、リガルはそれを理解していたから、そんな馬鹿な真似はしなかったが。
そういう訳で、リガルのこの発言は、謙遜などではなく、本心からの言葉だった。
まぁ、だからと言って、「自分ももっと精進しなければ」などと思う程、リガルは殊勝な心掛けを持ち合わせていないが。
あくまで、自分が未熟であることを理解しているだけである。
――適材適所。
全ての仕事を自分がこなす必要性など微塵も無いし、そんなことはどんな超人にだって不可能。
ならば、自分の得意分野で活躍し、それ以外の分野は、別の人間に任せてしまえばいい。
だから、リガルが今回の事を反省して、内政知識を得ようとしたりすることは、意味が無い。
もちろん、国王である以上、内政の知識もある程度は分かっていないと話にならないが、「ある程度」ならリガルはすでにクリアしている。
「そうですか……。しかし、それはそうと、結んだ条約の内容については、教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、それね……。別に問題ないぞ。まぁ、公布するのはまだ少し先になるから、口外するのは禁止だがな」
「えっ……。いや、それ全然問題無くないのでは……?」
「大丈夫だって。お前が喋んなきゃいいだけなんだから」
「いや、そういう問題では……」
リガルの言葉にツッコミを入れようとするレオだが、途中で諦めた。
こういう非公開情報をぺらぺらと喋ってしまうのは、いつものことだ。
追及しても、今更すぎる。
まぁ、リガルとて知らない人間に、勝手に極秘情報を教えたりするほど、バカではない。
リガルがこうしてあっさり話すのは、それだけレオを信頼している証だ。
だから、レオも悪い気はしないが。
「今回取り付けさせたのは、まず王都以南の領土の割譲。まぁ、これは最低限だな。で、そのおまけとして取ってきたのが。今回の条約。項目は三つだ」
「ほう、領土の方は無事に取れたんですね」
「あぁ。だが、おまけと言ったが、条約の方も凄いぞ? まずは、ヘルト王国の関税率を、協定関税とすることが決定した」
「おぉ!」
レオが感嘆の声を上げる。
関税率をいじるだけと聞くと、そこまで大したことが無いようにも思えるかもしれないが、関税自主権が無いことの弊害は、日本史からよく分かる。
しかし……。
「おっと、驚くのはまだ早いんだよなぁ。残りの二つはもっと凄い」
そう、リガルが言った、第二条はまだまだ序の口なのである。
「えぇ!?」
リガルの言葉に、驚くレオ。
第一条でも、凄い内容であったのに、「残りの二つはもっと凄い」などと言われては、こういう反応になるのも当然というものだ。
「まず、ヘルト王国が外交交渉をするときには、必ずロドグリス王国を通さなくてはならなくなった」
「えぇ!?」
「さらに! ヘルト王国の所有する魔術師は、全てロドグリス王国の統帥権に属することになった!」
「えぇぇぇぇぇ!?」
怒鳴るように驚きの叫び声を上げるレオ。
リガルもこの提案をランドリアから受けた時は、非常に驚きフリーズしてしまった。
しかし、レオの驚き様は、そんなレベルではなく、大袈裟すぎるほどだ。
「どうだ。凄いだろ?」
「……す、凄いだろって……。いやいやいや! そんな次元の話じゃないですよこれは!? っとうおぉぉぉ!?」
「って、大丈夫かお前!」
馬に乗っている状態で、エキサイトしすぎたレオが、馬上から転げ落ちそうになる。
これは、それほどに心が揺さぶられる、一大事なのだ。
「す、すいません……。けど、それって最早属国状態じゃないですか。そんな条件、よく相手側は受け入れましたね」
馬から落ちかけて、流石に頭が冷えたレオは、落ち着きを取り戻し、リガルに尋ねる。
「いや、これは相手が受け入れた訳じゃないぞ? むしろ、ヘルト王国側から提案してきたことだ」
「え? いやいやいや、そんな訳ないでしょう! 流石にこれは要求するにしても過剰すぎるのに、自らこんな条件を提示するなんて、あり得ない。交渉の席に着いたのが、バカな人間なら分かりますが、ヘルト王であるランドリア陛下は非常に聡明な方だと耳にしていますし……」
「うんうん、俺も最初はそう思ったよ。けど、冷静に考えてみるとその、属国になる、ってのが逆にメリットなんだよ」
「はい? 属国になるのがメリットって、何をバカな……。あぁ……!」
言葉の途中で、リガルの言葉の意味に、レオは気付く。
「そうか! 確かにこのまま中途半端にロドグリス王国に色々とものを譲って自治を守っても、常に外敵に怯えていないといけませんからね。だったらいっそのこと、属国という底辺にまで成り下がって、安全を確保した方がマシ。そういうことですか」
「そういうことだな。あいつ、最初は強硬な姿勢で来やがったのに、それが通用しないと見るや、すぐにこんな条件を提示してきたからな。そのお陰で奴らの意図を読み解くことが出来たよ」
「なるほど……。向こうも考えましたね。それに、何と大胆な……」
「あぁ、それは俺も思った。中々下せない選択だよなぁ」
リガルは、レオの言葉に頷きながらしみじみと言う。
「ま、何はともあれ、これで今度こそ戦争は終わりだ。そして、帰ったらゆっくりする暇もなく、後始末に追われることになる。はぁ、実に憂鬱だよ」
「ははは……」
そして、がっくりと項垂れるリガルに、レオは苦笑いで返すのだった。
しかし、この時すでに、新たな戦いの火の手が、リガルに襲い掛かろうとしていることを、2人はまだ知らなかった。