第15話.王立魔術研究所
「ふぅ、流石に疲れたな」
クライス商会の屋敷を出て、ため息を吐くリガル。
流石のリガルも、気を張っていたようだ。
そもそも、王族らしい堂に入った振る舞いをするのも、リガルにとって不慣れなことだ。
仕方ない。
「けど、それはどうするんですか?」
しかし、リガルが一息ついていると、レイが声を掛けてくる。
それ、と言ってレイが指差したのは、リガルが背負う麻袋。
中には、先ほどクライスから受け取った金貨1000枚がある。
「そ、そうだった。これからもう一つ行く場所があるのに、まいったな……」
結構、朝早くに城を出たリガルたちだったが、なんやかんやでそろそろ飯時だ。
リガルとしては、金貨200枚ほどの自由に使える金がおまけで手に入ったわけだし、ここらで昼食を取ろうと考えていた。
しかし、こんな大金を持ったまま、街中を歩いていたら、襲って下さいと言っているようなものだろう。
(諦めて城に戻るか……? いや、せっかく外に出れたんだ。出来るときに行動した方がいい)
かと言って、この大金を持ち歩くのは、流石のリガルにも躊躇われた。
ならば……。
「仕方ない。レイ、昼食はもう少し後にしてもいいか? テラロッドも、付き合って欲しい」
犠牲にするのは、昼食だ。
リガルとて腹は減ったが、一食抜いたところで、大した影響はない。
それどころか、この世界での朝食はリガルにとって多すぎたため、ちょうどいいかもしれない。
「私は全然大丈夫です」
「ぼ、僕も同行させていただきたいです」
2人も大丈夫なようだ。
「でも、一体どこに行くんですか?」
(おっと、そういえばまだ目的地を言ってなかったか)
「氷の魔道具を作るって言っただろ? それを作るために……」
「なるほど。魔道具の材料を買いに行くんですね?」
レイが途中でリガルの言葉を遮って言う。
しかし、それは早とちりだ。
「なんで俺が自ら魔道具を作ると思ってるんだよ……」
「え、違うんですか?」
「当たり前だ。俺には魔道具の作り方の知識なんてないからな。頼むんだよ。スペシャリストに」
「?」
レイは、リガルの言葉がよく理解できなかったようだが……。
「あ、もしかして、王立魔術研究所ですか?」
テラロッドは気が付く。
「そ。正解」
将来、王立魔術研究所に就職したいと考えているからかもしれない。
「魔道具を開発するならば、王立魔術研究所に頼むのが一番だ」
「お、おぉ! 是非僕も連れて行ってください!」
王立魔術研究所に行くと言われて、興奮しだすテラロッド。
さっきまではずっと、ビクビクとしていたのに、今は凄く積極的だ。
元より、連れて行くと言っているのに、連れて行ってくれと懇願する。
「あ、あぁ、分かってるよ。分かってるって……」
これにはリガルも引き気味だ。
しかし、そんなテラロッドの様子とは対照的に、レイは怪訝な表情で……。
「え、頼むってどういうことですか? あそこが依頼なんて受けるわけないじゃないですか」
「え!?」
レイの指摘に、テラロッドは驚いたような声を上げる。
まぁ、テラロッドが知らないのは無理もないことだろう。
しかし、リガルはそんなことは当然知っているはず。
「確かにその通り。だが、俺たちには、絶対に向こうが頷かざるを得ない切り札を持っているだろ?」
「な、なるほど! 確かに殿下の依頼ならば、誰でも断ることなど出来ないですね!」
レイが勝手に解釈する。
確かに、それは間違っていない。
この国において、リガルの言葉に逆らうことが出来る人物など、現国王であるアドレイア・ロドグリス――リガルの父親くらいなものだろう。
だが……。
「違う! 俺に権力を乱用するつもりはない。俺が言う切り札ってのは……」
そう言って、リガルは懐から杖を取り出し、アイスシールドを使って見せる。
「こいつのことだ」
「……?」
しかし、やはり伝わらない。
「つまりだなぁ、氷の魔術なんて見たら、連中も興味を持つに決まってるだろ? そうすれば、話くらいは聞いてくれる。話さえ聞いてもらえれば、こっちのもんよ。身分なんて明かす必要はない」
「なるほど。確かに、氷の魔術なんてのは、魔術師なら誰でも惹かれるものですからね」
リガルの説明に、レイが納得する。
すると、その横で……。
「そ、それって……! 僕の作った魔術を王立魔術研究所の研究員の方に見ていただけるってことですか!?」
さらに興奮しているテラロッドの姿が。
「あぁ、そういうことだ。まぁ、感想とかを貰えるわけじゃないだろうがな」
「それでもいいです! うわぁ、夢みたいだ!」
そんなことを話しながら、クライス商会の屋敷より、歩くこと10分……。
リガルたちは、王立魔術研究所に辿り着いた。
「ここが……」
テラロッドが、建物を見上げて呟く。
しかし、その声音はあまり明るいものではなかった。
何故なら、王立などと言われている割に、建物がしょぼいのだ。
別に、みすぼらしいという訳ではない。
一般住宅と比べれば、随分と豪華だと言える。
それでも、先ほどのクライス商会の屋敷と比較すると、見劣りしてしまう。
テラロッドが幻滅してしまうのも仕方がないと言える。
「ははは。確かに、せっかく期待してたのにこれじゃあね……。王族や貴族は、どこか座学を軽んじる傾向にあるからなぁ……。この研究所にもあまり金を出してないんだよ。悪いね」
意気消沈した様子を隠し切れないテラロッドを、慰めるリガル。
「い、いえ……。大事なのは外観ではなく中身! さぁ、早く中を見せてください!」
しかし、テラロッドはすぐに立ち直った。
王族であるリガルに、遠慮なく物を頼むことのできる図太さも変わらない。
普段は気弱でも、自分の興味のあることとなると、とことん突き進んでしまうようだ。
リガルも、どこか似ている部分があるので、いい友達になれそうだ。
とはいえ……。
「な、なぁ。お前完全に目的見失ってるだろ? 俺たちがここに来た理由は、見学ではなくて、魔道具開発の依頼だぞ?」
「そ、そうですね。では! 早く依頼をしに行きましょう!」
「……あぁ」
こいつ絶対分かってないだろ、と突っ込みたくなったリガルだが、これは何度言っても耳に届くことはなさそうだと思ったので、諦める。
リガルとしても、早く用を終わらせて、異世界観光をしたいところだ。
「じゃあ、中に入るか」
「え、勝手に入っていいんですか?」
敷地の中に、リガルとレイが足を踏み入れようとすると、テラロッドが戸惑ったように疑問の声を上げる。
「いや、全然よくない」
「「えぇ!?」」
何でもない事のように、リガルは断言する。
当然、他の2人も驚く。
「けど、ここは見ての通り資金が無いからな。クライス商会の屋敷の時みたいに、見張りとなる門番や警備員もいない。強引に中に入ることが出来る」
「えぇ……。そんなことダメですよ……!」
「大丈夫だって」
レイは、リガルの強引すぎる考えを止めようとするが、リガルは聞かない。
「そうですね! 流石は殿下! 頼もしいです!」
ついでに、気弱なテラロッドまでも、人が変わったように積極的になってしまっている。
今この場に、レイの味方はもういない。
「はぁ……。私はもう知りませんよ……」
結局レイも諦めるしかない。
趣味人というのは、一度進みだしたら止まるという事を忘れてしまう、イノシシなのだ。
「では行こうか!」
リガルはそう宣言して、建物の扉に手をかけた。