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第146話.名を捨て実を取る

「こうして顔を合わせるのは初めてかな? ポール将軍」


 ショックで呆然自失としている最中(さなか)、そんなポール将軍の前に現れたのは、彼の宿敵――リガル・ロドグリスであった。


 気が付けば彼の取り巻きの魔術師は全員無力化されていて、これ以上戦えるヘルト王国軍魔術師は、ポール将軍を除き一人もいなかった。


 代わりにポール将軍を取り囲んでいるのは、ロドグリス王国軍の魔術師たち。


 そしてようやくポール将軍は、自分が「これから敗北しようとしている」のではなく、「すでに敗北した」のだと気が付いた。


「貴様が、リガル・ロドグリス……」


「他国とはいえ王に対して、呼び捨てとは失礼な奴だな。まぁ、別に構わないが」


 怒りの眼を向けるポール将軍に対して、おどけたようにリガルは返答する。


 そんな様子のリガルに、ポール将軍は更に苛立ちを(つの)らせ……。


「いちいちバカにしてないで、さっさと殺せ」


 リガルにそう吐き捨てるが……。


「いやいやいや、まぁそう早まるな。ポール将軍、君には2つの選択肢がある。一つはここで死ぬこと。俺もプライドを踏みにじるような真似をするつもりは無い。命を()つというのなら、それを大人しく見届けよう。ただ、これはあまりオススメしない選択だ」


「は……?」


「2つめの選択肢は、大人しく投降し、俺に(つか)えること。負けた相手に(つか)えるというのはプライドが傷つくかもしれないが、その代わりに俺の歩む覇道を間近で見ることが出来る」


 そう、リガルはポール将軍を勧誘しているのだ。


 当然だろう。


 優秀な人材が手に入るチャンスをみすみす逃すなんて、愚の骨頂。


 必死に自分の手中(しゅちゅう)に収めようとするリガルの行動は普通だ。


 しかし、だったら何故ポール将軍に選択肢を与えたのだ、と思う人もいるだろう。


 ポール将軍を部下にしたいのなら、問答無用で無理矢理連れ去ってしまえばいいのではないか、と。


 だが、実はそれは危険な行動なのだ。


 ――こいつに(つか)えるくらいなら死んだ方がマシ。


 そんなことを考えている人間を無理矢理働かせたところで、役に立つわけがない。


 それどころか、反乱を起こされたり、反乱に参加されたりと、危険因子になりかねないとすら言える。


 リガルが頑張って説得しても、1つ目の選択肢を選ぶようなら、大人しくポール将軍は手放すのが賢明だ。


「誰が貴様などに! 下らないことを言ってないで、さっさと殺せ!」


「いやいや、冷静になれって。お前はこんなところで死んでいいのか? 俺に負けたままで。せっかく高い能力を持っていても、このまま死んだら後世に名は残らないぞ。むしろ、『ヘルト王国の力を大きく衰退させた、最悪の将軍』なんて悪名が残るかもな」


 しかし、簡単には諦めない。


 最初から受け入れて貰えないなんて、分かり切っていた事。


「そんなことはどうでもいい。何と言おうが、俺が貴様の部下になどなるものか」


「本当にいいのか? ここで終わっていいのか? 敗北者として終わって。(いさぎよ)く死を選んだと言えば聞こえはいいが、それは実のところ、勝利することを諦めて逃げ出した臆病者だ」


「何だと……!?」


 その瞬間、ポール将軍は激昂(げっこう)した。


 これまでは苛立ちながらも、大人しく言葉を返していたポール将軍。


 しかし、プライドが高いだけあってか、この挑発には耐えられなかった様だ。


「違うのか?」


「当たり前だ!」


「なら、教えてくれよ。プライドなどと言う(じつ)の無いものに(こだわ)ってまで、敗北したままで終わることを受け入れる理由をさ」


 しかし、怒り狂うポール将軍に対して、リガルはさらに挑発を行う。


 火に油を(そそ)ぐとは、(まさ)にこの事だ。


「…………同じだろ。一度敗北したという事実は消えねぇんだ。その上、貴様の部下になったら、借りを返すことも出来ない。生きながらえて、他の敵を倒したところで、もう変わらねぇんだよ!」


 その叫びは、慟哭(どうこく)のようであった。


 負けた悔しさ、リガルへの怒り――。


 しかし、それとは別に、自分の野望が(つい)えたことに対する、行き場のない悲しみのような感情。


 そんなものを、リガルはこの叫びから感じた。


 ()()()()、リガルは笑みを浮かべ……。


「お前さ、何か頭硬すぎやしないか? 確かにお前が我々ロドグリス王国の軍門に下れば、ロドグリス王国の王である俺と戦うことは出来ないだろう。しかし、だからといって、俺に対して借りを返せないということにはならない」


「……は?」


「だってそうだろう? 戦争が起きた時に俺よりも大きな戦果を上げたり、周りから俺よりも優れた将であると言われるようになったり。俺よりも高い実力であることを証明する機会はこれからいくらでもある。ただそれは、()()()()()()。俺は、そう思うけどな」


「…………」


 そう言われて、ポール将軍は黙り込む。


 元々、そんなことはリガルに言われるまでもなく、心のどこかで理解していた。


 ポール将軍はただ、逃げる言い訳を探していただけである。


「裏切り者と後ろ指を指されるのが怖いか? けど、第一次ヘルト戦争で俺に屈辱的な大敗を喫した時、お前は逃げずに、ここまでの成長を()げたよな? その気概はどうした?」


 ポール将軍に対する周囲の評価は、第一次ヘルト戦争で負けた後、一変した。


 たかが16歳の若造に過ぎないリガルに敗北したのだ。


 その過程など知らない第三者は、ポール将軍が「天才」と評されるには相応(ふさわ)しくないと思うだろう。


 それでも、ポール将軍は屈することなく這い上がり、ヘルト王の信頼を取り戻した。


 そして、ヘルト王国軍の総大将として、再びリガルとまみえた。


 こんなポール将軍のエピソードは、リガルが知る(よし)もない。


 しかし、何となく先述(せんじゅつ)したようなことがあるだろうと、予測くらいは出来た。


 先ほどは挑発を繰り返していたが、今回はポール将軍を奮い立たせるような言葉。


 (たく)みにポール将軍の心理を操り、部下になるように誘導する。


 元々、ポール将軍も無意識の内では、リガルの部下になる選択が正しいと分かっていたのだ。


 結果……。


「…………と…こ…する」


「何だって?」


「……投降する。そしていつか、絶対にお前を超える」


 ついに、ポール将軍はリガルの提案を受け入れた。


 その言葉に、リガルは口角を吊り上げると……。


「いい気概だ。ただそれなら、俺に対して『お前』呼ばわりは無いだろ? ちゃんとリガル陛下と呼び、敬語を使うんだな」


「…………」


「返事は?」


「……はい、申し訳ございません。リガル陛下」


「よろしい」


 屈辱的な表情で頭を下げるポール将軍に、リガルは笑みを浮かべて答える。


 こうして、ヘルト王国軍は一気に、半分の兵力と総大将を失ったのであった。


 ここから、世界の情勢は急変していくことになる……。

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