第142話.亀裂
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「お、追いかけて来たか」
一方、ポール将軍の方にも、リガルが追いかけてきたという情報が入った。
一度敗北しているため、流石に警戒して立ち止まるかとポール将軍は思っていた。
そのため、予想に反する結果となって、多少驚きはしたが……。
(なるほどね。流石はリガル・ロドグリス。仮に別動隊が潜んでいないと読めたとしても、実行に移すのは難しい。一度同じやり方で敗れているのだから、どうしても不安になってしまうはず。だというのに、臆することなく追ってくるとはな。だが……)
しかし、これもポール将軍にとっては想定内。
(恐らく奴は、俺が別動隊を使ってゲルトを攻めると踏んで、そちらにむかった別動隊を各個撃破することを狙っているのだろうが……。残念ながら俺はその先を行っている。心理の死角を突いた、俺の勝ちだ)
ポール将軍が別動隊を配置した場所は、今ポール将軍とリガルたちロドグリス王国軍の中間でも、ゲルトでもない。
「よし、これで勝利は確定した。ひとまず、もう今日はこれ以上にやることはない。予定通り、動き出すのはもう少し後からだ。今はとりあえずその時に備えて休息を取れ」
自信に満ちた表情で、ポール将軍は部下に声を掛ける。
リガルがゲルトに向かおうとしているというのなら、これ以上ヘルト王国軍は動く必要はない。
いや、必要ないどころか、動いたら逆に相手を助けてしまうことになる。
どういうことかというと、ヘルト王国軍――ポール将軍としては、リガルたちがゲルトに向かって行軍している途中を攻撃したいからだ。
だというのに、このままヘルト王国軍もゲルトまで向かって行軍していたら、ロドグリス王国軍を連れて行くことになってしまう。
対して、ヘルト王国軍がゲルトに向かうメリットは、全く無い。
ヘルト王国軍は、そもそもゲルトに魔術師など送っていないのだから。
(さて、考えられるこれからの敵の行動は大きく分けて2種類。全軍を以ってゲルトに向かうか、別動隊を編成し、それを夜などにこっそりと動かすか)
とはいえ、ロドグリス王国軍が動くことが分かっているポール将軍は、当然斥候を放っている。
別動隊でこっそり対処しようとしても、全軍で堂々と対処しようとしても、結局ポール将軍にその動きは伝わってしまう。
ロドグリス王国としては、どう動こうともヘルト王国軍にバレずにゲルトに向かうのは厳しい。
だからこそ、ポール将軍は勝ちを確信している訳である。
(リガル・ロドグリス。貴様がどう動こうとも、俺たちはただそれを追うだけでいい。さぁ、来い。長かった戦いに、終止符が打たれる時は、もう目前なのだから……)
ポール将軍は渾身の策を繰り出した。
後はもう、プラン通りに動くのみである。
ー---------
――8時間後。
ついに時は来た。
ロドグリス王国軍は、数時間前にヘルト王国軍が現在いる場所から数100m離れた位置に陣取ってから、ずっと動いていない。
しかし、ちょうど今、ヘルト王国軍が放っていた斥候より、ロドグリス王国軍が動き出したという報告が入ったのである。
(無駄なことを……。陽が沈むのを見計らって行動を開始したようだが、視界が良好だろうとそうでなかろうと、結果は変わらないぞ?)
ポール将軍は心の中で、掌の上で踊っているリガルを嘲笑う。
だがしかし、直後に小さな疑問も浮上した。
(にしても、何故わざわざこんなに大きく迂回しようとしているんだ?)
つい先ほどロドグリス王国は行動を開始した。
しかし、向かった方向はゲルトがある東南東の方角ではなく、北東の方だった。
それをポール将軍は、迂回だと読んだのだが、それにしては大回り過ぎる。
ヘルト王国軍を避けるだけなら、せいぜい1㎞も離れた道を通れば十分のはず。
(いや、まぁ奴もかなり警戒したのだろう。一度俺に負けているしな。一瞬疑問に思ったが、そこまで不自然な行為でもないか)
それに、仮にポール将軍がゲルトを本当に攻めていたとしても、ゲルトはそんな数時間で陥落するような、脆い都市ではない。
多少救援が遅れたとしても、それで手遅れな状況になるという事は考えにくいと言える。
だから、僅かな時間を節約するよりも、本隊が要らぬ被害を受けないことを重要視したのだろう。
そこまで不可解という訳ではない。
そう、ポール将軍は思い直し……。
「よし、それじゃあ全員しっかり休めただろうし、これより我が軍も行動を開始するぞ!」
ポール将軍はそう宣言し、早速ロドグリス王国軍を追いかけ始める。
実際、かなり長時間休んでいたことで、全ての魔術師が調子が良かったし、昨日の戦いで勝利しているということで、士気も高い。
おまけに、今日の朝は二日酔いで体調最悪だったポール将軍も、だいぶ時間が経っている上、しっかり休んだため、ほとんど体調は平常通りに戻っていた。
元々酒に弱い方でもないから、一般人より回復が早いというのもある。
そんな訳で、現在のポール将軍が率いている部隊の状態は、最高だった。
そのままロドグリス王国軍を追いかけ続けていると、ロドグリス王国軍は徐々にゲルトの方へ向けてその方向を転換し始めた。
ポール将軍の予想通り、最初ロドグリス王国軍が進んでいた方向がゲルトとずれていたのは、ポール将軍たちを迂回するためだったようだ。
(完璧だ。全てが俺の読み通り。俺はあのリガル・ロドグリスを完全に出し抜いている。最早奴の行動全てが、俺の掌の上。そうか、俺は成長していたんだ。この戦いで、奴と渡り合う過程で……!)
リガルというこの4年間ポール将軍を苦しめ続けた宿敵を、ついに超えた。
これまで生きてきた中で一番とも言えるほどの喜びが、ポール将軍の胸の中に湧き上がってくる。
今は兵の前である故、その喜びを抑えなくてはならないのが、もどかしい。
(ダメだ……。まだ勝った訳じゃないのに、こんな浮かれては。勝利一歩手前とはいえ、油断は禁物。ここまで俺を苦しめてくれた奴に対して、敬意を表す意味でも、最後は全力を以って叩き潰さなくては……)
現在のポール将軍を将棋で表すならば、自分の王様は安泰で、その上「飛車」と「角」全ての大駒を手中に収めたような状態。
万が一にも負けることはありえない。
否が応でも気が緩んでしまう。
だが勝負は、最後の最後まで何が起きるか分からない。
油断して反則を犯してしまうかもしれないし、飛車角をタダで相手にプレゼントしてしまうようなミスをしてしまうかもしれない。
実際の戦争に反則は存在しないが、ケアレスミスはやってしまう可能性が十分ある。
それは、ポール将軍が如何に天才であっても関係ない。
人間である以上、全て完璧に事を進めることが出来るというのは、あり得ないのだから。
そう考え、ポール将軍も緩みかける気持ちを締め直す。
しかし、そんな時だった。
ポール将軍たちヘルト王国軍は、森の中に敷かれた街道を進んでいたのだが、突如その両脇から眩い光が放たれる。
「えっ……!?」
あまりに突然の出来事に、何が起きたか分からない。
そんな状況の中、それはポール将軍の方へ向かって飛来してきた。
そして、その正体が何かに気が付く暇もなく、飛来してきた物がヘルト王国軍の魔術師に次々と着弾する。
「ぐあっ……!」
「うっ……!」
「うあぁぁ……!」
一瞬にして、ヘルト王国軍は、阿鼻叫喚の嵐に包まれる。
そこまで来て、ようやくポール将軍は気が付く。
放たれた光の正体が魔術であること。
そして、魔術を放ってきた者の正体。
「て、敵襲だ! 全員、一旦退け!」
慌ててポール将軍は率いていた魔術師たちに指示を出す。
ポール将軍の迅速な指示のお陰で、これ以降の被害はほとんど出なかった。
それでも、混乱はあるし、まだ事態を収束できたわけではない。
突如ロドグリス王国が仕掛けてきた奇襲はまだ続いていて、現在も一部の魔術師は戦っている。
(何故だ……! どうしてこんな完璧な奇襲が出来る……? 一体ロドグリス王国は何をしてきた!?)
初めてのイレギュラー。
ポール将軍にすらも理解不能な、ロドグリス王国軍の動き。
この時から、ポール将軍の組み立てた完璧な策略に、亀裂が生じ始めるのだった。