第131話.反撃
「いやぁ、このすぐ近くにポール将軍がいるんだよな? うっかり道を間違えて戦闘が起きちゃったりしたら怖いな」
「うっかり道を間違えるなんて間抜けな行動を、殿下が起こすことはないと信じていますが……。まぁ、緊張感くらいはやはり流石にありますね」
――ポール将軍が、切り札を投入した策を以って待ち構えている中、リガルはその山に足を踏み入れていた。
無論、油断などはしていない。
いつ戦いになっても問題ないような心構えくらいはしている。
とはいえやはり、心構えだけでは勝利を掴むのは難しい。
魔術師一人一人の精神状態は、もちろん大きく戦局に影響を及ぼすが、やはりそれ以上に重要なのは策略。
完璧な策略があるから、兵は安心して戦える。
安心しているから、士気も高いという訳だ。
アドレイアが率いたロドグリス王国軍は例外である。
出来れば今は戦いたくないところだが、リガルの本能はポール将軍がこのタイミングで決戦を仕掛けてくると、告げている。
(俺の得意とするフィールドでの決戦。一体どんな策を隠し持っているというのか、全く想像がつかない。本当にここで決戦になったら、俺は上手く切り抜けることが出来るだろうか)
相手の意図が読めなさすぎる展開に、いつになく不安に駆られるリガル。
ピンチに追い込まれているわけではない。
状況はほぼ互角。
これまでの、最初から兵力的に不利な状況で戦わざるを得なかった戦いと比べれば、今回の戦いは格段に楽なはず。
だというのに、これほどリガルが不安に思っているということは、ポール将軍は本当にかつてないほどの強敵であるようだ。
(いや、弱気になるな。メンタルはパフォーマンスに大きく影響を及ぼす。どんなときでも、少し不遜なくらいが丁度いい)
しかし、リガルが自分の胸中に渦巻く不安との戦いを繰り広げているその時だった。
「ん?」
突如リガルの視界に赤々と燃える何かが飛び込んでくる。
なんだあれ? などと思っている間に、それは自分の少し後ろを歩いている魔術師に直撃する。
「ウグッ……! アガァッ……!」
そして、その魔術師はうめき声を上げると、すぐに膝から崩れ落ちた。
「は……⁉」
リガルが驚いて振り向いた時には、その魔術師の胸部からは紅色の液体が滲み出ていて、命の灯は消えていた。
あまりに一瞬のことで、何が起こったのか理解できなかった。
しかし、理性は活動を止めていても……。
「敵襲だ! とにかくここから散らばれ!」
反射的にリガルは叫んだ。
それと同時に、自身も駆け出す。
方向なんて、もう混乱しすぎていて分からない。
それでも、この状況で立ち止まることだけはやってはいけないと、リガルの本能は叫んでいた。
それから数秒ほど経過して、ようやくリガルの頭は活動を再開する。
(何だ⁉ 一体何なんだ⁉ 俺はずっと前後左右を確認し、敵影が見当たらないか探っていた。そして、同じことを他の魔術師にもやらせていたはず。なのになぜ突然何者かに攻撃されたんだ⁉)
しかし、理性を取り戻しても、混乱は収まらない。
今リガルが目の当たりにした光景は、あまりに意味不明すぎた。
「殿下、ご無事でしたか!」
「ん? レオか!」
必死にリガルが頭を悩ませていた時、後ろから何者かに声を掛けられる。
その声の主は、レオだった。
「えぇ、しかしこれはどうやら、敵も我々の真似をしてスナイパーを育ててきたみたいですね。こんな切り札を用意してくるとは思いませんでした……。陛下、どうしますか?」
リガルが混乱して激しく動揺している中、レオは意外にもかなり冷静なようだ。
しかも、リガルと違って、敵の策について理解している。
「は? スナイパー!? ……な、なるほど! そういうことだったのかよ……」
リガルも、レオの言葉でようやく敵がスナイパーを使っているという答えに行きつく。
この現象を説明できるのは、スナイパーくらいなものだが、自分の切り札を相手にパクられるなど考えてもいなかったのだ。
いや、優秀な戦略などは当然誰もが真似するため、スナイパーについても真似しようと考える人間はいるとは分かっていた。
だが、どうせ諦めると高を括ってしまったのだ。
実際、ポール将軍もまともに使えるようになるまでに随分な時間を要したため、リガルの見立てはそう見当違いな物ではない。
見誤ったのは、ポール将軍の執念だったという訳である。
「えぇ……? もしかして陛下は気が付いてなかったんですか?」
「うぐっ……。そんな訳ないだろうが……」
「えぇー? その割にはだいぶ動揺しているように見えましたけど……」
図星を突かれて苦々しい顔を見せるリガルを、レオはニヤニヤとさらに追及する。
これには一瞬イラっとしたリガルだったが……。
「って、バカか! んなこと言ってる場合じゃねぇ! 早くこのスナイパーに対処しないと……って危ねぇ!」
すぐに今がふざけている場合じゃないことを思い出す。
が、その瞬間、リガル目掛けて炎の矢のような物が飛来してくる。
正面から飛んできたため、何とか反応して躱すことが出来たが……。
「と、とりあえず何はともあれ、立ち止まってたらヤバい! 敵がスナイパーを使ってるって言うなら、とりあえずジグザグに走るぞ! 作戦はその間に考える!」
「了解です!」
レオに話しかけられ、思わず立ち止まってしまったが、この状況で立ち止まっているのはどう考えても危険だ。
とにかく動き続ける必要性がある。
こういう時は、ジグザグに逃げるのがセオリーだ。
スコープというのは、当然倍率が高ければ高い程はっきりと見えるが、その分見える範囲は狭まっていく。
だから倍率が高いと、標的がちょっと左右に動くだけでも、その姿をスコープの円の中に捉えられなくなってしまうのだ。
ヘルト王国軍がスコープ、もしくはそれに準ずるものを付けているかどうかは分からない。
しかし、これまでの狙撃精度の高さと、リガルが今になっても敵を視認できていないことから、結構な距離があることは間違いない。
恐らく敵は、200mくらいは離れた距離から狙撃しているだろうと、リガルは読んでいる。
200mの距離を狙撃しようと思ったら、肉眼では少し厳しい。
最も、レオのような天才的人材がヘルト王国軍にいた場合は、その限りではないが。
そういう訳で、リガルはとにかくジグザグに走った。
同じようにしてレオも後を追う。
その過程で、リガルは頭をフル回転させていた。
(とりあえずこのままではマズい。俺は咄嗟に被害を抑えるため、散らばるように指示を出した。しかしそれは同時に、自ら自軍の魔術師一人一人を孤立させたということでもある。ヘルト王国軍の本隊もこの近くにいるはずだ。この状態で襲い掛かられたら、結構な被害を受けてしまうだろう)
敵のスナイパーによる被害を避けるため、敵の本隊に対して無防備な姿を晒していては世話が無い。
リガルには、敵本隊への性急な対応が現在求められていた。
(ただ、現状これだけ散らばっている状態では、まともに指揮を執ることも出来ない。あそこは多少の被害は覚悟で、散らばったりしない方が良かったか?)
リガルの中で迷いが一瞬生まれるが……。
(いや、揺れるな。ここからの対抗策はある! それも、非常にシンプルな)
そう考え、リガルは大きく息を吸い込むと……。
「ロドグリス王国軍に告ぐ! 全員、山頂に向かえ!」
出せる限りの大声で、そう叫んだ。
「ちょ、ちょっと……! そんなことしたら敵にもこちらの動きがバレちゃうじゃないですか!」
それに対して、レオが慌てたように文句を言う。
確かに、叫んで味方に伝えるなんてことをしたら、敵に策が筒抜けになってしまう。
大丈夫か? といった感じだが……。
「問題ない。敵の本隊ががついさっきまでいた(と事前の調査で判明していた)場所は、今の俺たちがいる場所と、大体同じくらいの標高だ。だったら、敵が俺たちの行動を知っても、先回りしたりすることも出来ない。つまり、バレたからって敵が何かしてくるという事はないのさ」
「た、確かに……。まぁ、それもそうですか」
レオはどこか釈然としない様子ではあるが、リガルの言葉を否定する考えも浮かばない。
納得する。
「それより俺たちも行くぞ。のんびりとしてられる状況じゃないからな」
「そ、そうでした」
そう言って、二人は早速山頂を目指して動き出す。
その過程で、当然スナイパーに狙われるが、2人はそれを華麗に回避していく。
2人とも、身体能力が低いわけではない。
リガルは元々それなりにポテンシャルがあったし、レオは魔術師になってからロドグリス王国軍のハードすぎる訓練をこなしてきたからだ。
しかし、かといって身体能力が高いのかと問われると、頷くことは出来ないレベルである。
だというのに、ここまで全く被弾しないのは、スナイパーについて熟知している2人だからだろう。
逃げ方が上手いのだ。
そしてさらに、リガルは逃げながらふと、あることを思いつく。
(待てよ? 今の状況は一見するとピンチだが、これを逆に利用することも出来ないか?)
そう思い、リガルは走りながらもキョロキョロと辺りを見渡す。
ただの挙動不審な人に見えるが、そんなことはなく、ちゃんと意味のある行動だ。
そして、とある一点に目が行く。
「お、見つけたぜ。あの光。レオ、お前の出番だな」
「え?」
何を言っているのかとばかりに、聞き返すレオ。
それに対して、リガルはニヤリと笑って、こう言った。
「決まってるだろ。カウンタースナイプさ」