第13話.クライス商会
テラロッドを追加した、リガル一行が向かったのは、王都の富裕層が住む区画にある、とある大きな建物だった。
「ここは……」
「確か、クライス商会の屋敷でしたっけ?」
「そうそう」
――クライス商会。
およそ10年前頃から、急速にその勢力を拡大し始めている、新興商会である。
そう言うと、なんだか後ろ暗い商売をして成り上がっているように聞こえるが、そんなことはない。
急速に勢力を拡大と言っても、一発大きなヤマを当てて……などということはなく、その歩みは実に堅実だ。
シェアが少なく、かつ需要のある市場を的確に見極めて参入したり、地道にコネを作っていったり。
シンプルに、商会長が優れた手腕を持っているいるのだ。
「じゃあ、ちょいと、商会長とお話をしますか」
「「えぇ!?」」
まるで、コンビニに行くような感覚でとんでもないことを言い出すリガル。
2人が驚くのも無理はない。
「な、何を言っているんですか殿下!?」
「いや、だからクライン商会の商会長に会いに行くんだって」
「だから、なんで急にそんなことを……」
困ったような声を上げるレイ。
しかし、何をしようとも、こうなったリガルは止められない。
「商会長に会わせてくれないか?」
つかつかと、屋敷の門に歩み寄り、2人いる門番のうちの1人に声を掛ける。
「子供? 魔術学園の生徒か? けど、制服も来てないし……」
リガルの手に持っている杖を見て、魔術学園の生徒かと勘違いしている門番。
しかし、制服を着用していないことから、その可能性はない。
何者なのか気になる門番だったが、どのみち回答は決まっている。
「お前が何者かは知らんが、ダメだ。商会長に会いたいなら、紹介状を持ってこい」
当然、素性の知れない人間など、合わせてくれない。
リガルの要求は突っぱねられる。
「いいんですか? そんな無下に扱って……」
「は? な、なんだよ?」
少し含みのあるリガルの言い方に、少しビビったような反応を見せる門番。
それに対して、リガルはニヤッと笑って……。
「俺の名前は、リガル・ロドグリスなんだけど」
自分の正体を明かす。
その言葉に、一瞬身を固まらせる門番。
流石に、王子が目の前にいるというのは、衝撃的だったのだろう。
しかし、それが本当な訳がない。
1秒で動揺から立ち直ると……。
「お前、リガル殿下の名を騙るとは、何たる不敬だ!? 奴隷落ちしたいのか!?」
大きな声で、怒り出す。
(まぁ、こうなるよな。にしても奴隷落ちって……。たかが名前を騙ったくらいで、物騒な世界だなぁ)
「嘘かどうかは、商会長に会えば分かること。クライン商会の商会長なら、流石に俺の顔も知っているだろう」
「そんなホラを誰が信じ――」
「けど、これで追い返すわけにもいかないと思うが」
門番の言葉を途中で遮り、リガルは言う。
確かに、この状況で本物の王子がまともに護衛も連れずに、街を歩いている訳がない。
常識的な思考をしている人間なら、そう思うだろう。
しかし、もしも本物だったら。
偽物だと断定できない限りは、リガルを追い返すわけには行かないのだ。
そんなことをして、もしも本物だったら、これまで築き上げてきたクライン商会の全てが水泡に帰してしまう。
それに気が付いた門番は、不安に青褪めたような表情になり……。
「…………分かりました。少々お待ちを」
冷静になったのか、敬語に切り替えて、屋敷に入っていく門番。
「ふぅ、何とかなったか」
「本当にこんなことやって大丈夫なんですかね……? 帰った時、余計に怒られることが増えそうな気が……」
リガルつぶやきに、レイがそんな不安を吐露する。
外に出てからは、不安なんて忘れたかのように振舞っていたのに、ここに来て不安が再び復活してきたようだ。
中々忙しい。
「大丈夫だって。怒られる時は俺1人で怒られるから。レイには迷惑かけないよ」
しかし、リガルの解答は、一貫してこうだ。
変わらない。
しかし、このリガルの解答では、レイの不安は拭われない。
そして、同じような問答を繰り返していると、やがて屋敷から2人の人影が見える。
その2人の人影が近づいてきて……。
「あ、あなたは……。本当にリガル殿下だったとは……」
「え、えぇ!?」
人影の片方は、先ほどの門番。
そしてもう片方こそ……。
「クライス商会長か」
「はい。お初にお目にかかります。クライス商会の商会長を務めております、クライスと申します」
(こいつが、たった一代で王国でもトップクラスの商会にまで上り詰めた男……)
深々と頭を下げるクライスを見つめるリガル。
「この度は、殿下のご尊顔を拝謁出来て、誠に――」
「あー、そう堅苦しい態度を取らなくていい。今日は用事があってきたんだ」
めんどくさい挨拶を言おうとしてくるクライスの言葉を遮って、早く本題に入ろうとするリガル。
「さようでございますか。それでは、普段から商談に使用している部屋で、お話をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、それでいい」
心の中で、やっぱり言い回しがうざいな、と悪態を吐きたくなったリガルだが、我慢して鷹揚に頷く。
「それでは、こちらへ」
そして、屋敷にリガル一行は通される。
「ぼ、僕も入っていいんでしょうか」
王国でも、間違いなく5本の指に入るほどの大きな商会である、クライス商会の屋敷に、尻込みしてしまうテラロッド。
テラロッドの家も、そこそこ大きな商会だと聞いたが、流石にクライン商会と比べると、その規模はだいぶ小さいようだ。
「もちろん。クライス商会長も構わないだろ?」
「えぇ、殿下の関係者なら、もちろん歓迎させていただきます」
「……ふぅ」
それを聞いて、テラロッドも少しは安心したようだ。
「というか、本当にあのリガル殿下だったんですね……。疑ったりして、申し訳ございませんでした」
(疑ってたのか……。まぁ、確かに信じるも疑うも自由にしろとは言ったけどさ)
「まぁ、別にいいけど」
少しショックを受けながらも、不問にする。
そんなやりとりをしているうちに、屋敷の中に入る。
屋敷の中は、特筆すべきことは無かった。
室内の装飾は、絵画や花瓶など、高級な品が並んでいたが、最近の城暮らしで慣れてしまった。
この程度では、どうにも平凡に感じてしまう。
(日本では、一介の高校生に過ぎなかった俺が、偉くなったもんだな)
室内を見渡しながら、クライスに付いていくこと1分ほど。
「こちらです」
部屋まで案内される。
クライスが扉を開き、リガルは室内に足を踏み入れる。
室内も、屋敷の廊下と装飾に違いは無い。
しかし、部屋は結構広さがあり、置いてあるものが少ないので、かなり開放感がある。
「ささ、どうぞお掛けになってください」
リガルは、クライスに言われるがまま、手前に置かれていたソファにどっかりと座り込む。
少し躊躇した様子を見せながら、レイとテラロッドも座る。
ソファの座り心地も結構いい。
使われている材質からも、高級であることが伺える。
(まぁ、仮にも王族である俺を通した部屋なんだ。当然っちゃ当然か)
「飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない」
「私も大丈夫です」
「ぼ、僕も大丈夫です」
「分かりました」
リガルらに確認を取ると、クライスは目で近くに控えていたメイドに目配せする。
合図を送られたメイドは、すぐに一礼をして部屋を後にする。
その後は、しばらく沈黙に支配される。
リガルも、話題を切り出していいものか、戸惑ってしまう。
口を開くべき否か。
逡巡していると、やがてコンコン、と部屋の扉がそっとノックされる。
「紅茶をお持ちいたしました」
「入れ」
クライスが許可して、紅茶が運ばれてくる。
慇懃な動作で、紅茶を4人の前に置くと、メイドが去っていく。
そして、部屋の扉が閉まった時だった。
「それでは、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
まるで、計ったようなタイミングで話を切り出してくるクライス。
そして、ようやく気が付く。
(なるほど。メイドが紅茶を持ってくるのを待ってたのか)
別に、飲みながら話したい、などというアホな理由ではない。
そうではなく、部外者が話の途中で室内に入ってこないようにしたのだろう。
メイドが紅茶を淹れに行ったときに、話を始めてしまっては、紅茶を運んできた時に、話を途中で止めなくてはならなくなる。
クライスも、流石に近年で一気に力を付けてきた商会のトップを担っているだけあって、その辺はしっかり心得ているようだ。
リガルも、ティーカップに一度口を付けて一口飲むと、口を開いた。
「あぁ、今回ここに足を運んだ理由。それは――」