第127話.平地
「なるほど。秘策は無策っていうのは、こういう事ですか」
――あれから数時間後。
ロドグリス王国軍は、ポール将軍率いるヘルト王国軍との決戦の準備を、何とか急ピッチで整えることに成功した。
そして、先ほどまで待機していた都市を出て、少し北の方に向かった平地に陣を敷いたのである。
そんな中、未だ慌ただしく魔術師たちが動き回っているその後方で、リガルとレオは、それを眺めながら座って話をしていた。
「お、お前も気が付いたか。この何にもない平地で戦う理由に」
2人の視界に映るのは、一面に広がる草原だった。
多少は木が生えていたりもするが、それ以外は傾斜すらなく、本当にただただ青々とした草が一面に生えているだけである。
正直、障害物を用いた戦術に定評のあるリガルが、絶対に選ばなそうな戦場だが……。
これにはもちろん理由があった。
そしてその理由に、レオは気が付いたようだ。
「えぇ。最初はついに陛下の頭がおかしくなっちゃったのかと思いましたが……。そうでなくて本当に良かったです」
「俺はこの大陸が平和じゃなくて本当に良かったよ。もしもこの大陸が平和で、スナイパーなんて存在が完全に不必要だったら、俺は今すぐにでもお前をこの手に掛けている」
「ははは、冗談ですよ。陛下」
「そうか。俺は冗談じゃないがな」
これからポール将軍との決戦が始まるというのに、軽口を叩くレオ。
それに対し、笑顔を浮かべているが、眼の奥だけは笑っていない、不気味さを覚える表情で返答するリガル。
2人とも、緊張感はそれなりにあるだろうが、ガチガチにはなっていないようだ。
「まぁいい。んで、結局本当にお前は俺の作戦を理解したのか?」
「そこ疑ってたんですか? ちゃんと分かってますよ。最もポピュラーな平地という戦場にて、特に何の策もなく真っ向から当たる。それが一番相手にプレッシャーがかかるってことでしょう?」
「へぇ……」
リガルはレオの答えに少し笑みを浮かべる。
そう、リガルは敢えて戦場に平地を選んだのだ。
一見、兵力差では負けている上、戦場が平地という、兵力差が特に生きる場所となれば、リガル達に勝ち目は無いように思える。
質という観点では、ロドグリス王国軍の方が上回っているとはいえ、現状ついている2000の兵力差をカバーすることが出来るほどではない。
まぁ、質では上回っているというも、「本領を発揮できれば」の話だが。
そして、「無策」と言ったのは本当で、2000の兵力差を埋める作戦は無い。
だから、名将相手にこんなふざけた手を打っていては、普通ならリガルは負ける。
そう、普通なら。
「今回の殿下の作戦は、ポール将軍が相手であることを利用した戦術ってわけですか……」
「何だよ。本当に理解してたのか。そうだ。ポール将軍は俺に一度ボコボコにされている。だから、普通ならあり得ないような作戦を俺が採ってきた場合、必ず裏を読む。俺なら何か仕掛けているんじゃないか? ――いや、仕掛けているに決まっている、ってな」
「しかし、実は本当に裏がない、と。いやぁ、流石は陛下。読みあいや騙しあいでも一流という訳ですか」
これは、一度リガルの恐ろしさを、身を以って味わっているポール将軍だからこそ通用する作戦なのである。
この後がない状況で、それだけの大胆な策に出るリガルに、レオは素直に感嘆した。
「しかし、やはり腑に落ちないこともあります。敵が陛下のことを過剰に警戒しすぎて、正面から突破してこようとしない、というのは納得できますが、敵の戦略とかに関しては全く対応を考えてないじゃないですか」
確かに、敵による兵力差を活かした正面突破は、ポール将軍が深読みしてくることによって、行ってこないという読みは一理ある。
だが、ポール将軍は先の戦いで、軍を上手く分けてアドレイアを出し抜いた。
今回も、兵を分けて、こっそり側面から攻撃を仕掛けてきたり、という可能性は十分にある。
いくら平地とはいえ、それが何キロも続いているわけではない。
かなり大きく迂回すれば、側面からの攻撃なども可能だ。
「前言撤回。お前やっぱり全然分かってない。今回の作戦は、むしろポール将軍の得意とする、兵の分割による奇襲を防ぐことが主目的なんだぜ?」
「え? 確かに平地なら、身を隠す場所がないため、奇襲にはすぐに気が付くことが出来ますが……。それでも複数の方向から攻撃されるだけで戦況はだいぶ苦しくなると思いますよ?」
「いや、んなこと分かっとるがな。お前は非常に単純な事を見逃している」
「単純な事?」
「そうだ。敵はそもそも兵を分けることなんてできない。何故なら、2000を超える兵力を本体から切り離した時点で、こちらの兵力を本体が下回ってしまうからだ」
「あ……」
そう。
これまでロドグリス王国は、ヘルト王国という大国に対して、常に兵力の上で下回っていた。
だが、今回は敵の方から攻めてきているという状況に加えて、アドレイアがわずかながら兵力差を詰めてくれている。
そのおかげで、兵力的に下回っているとはいえ、ほとんど拮抗しているのだ。
そのため、当たり前のことが頭から離れてしまったのかもしれない。
「父上は、ポール将軍とどこで戦った?」
「え、川を挟んで……」
「そう。川というのは、守りに非常に適した地形だ。攻め手が自分たちの2倍以上の兵力を持っていても、互角以上に戦える。しかし、デメリットもある」
「デメリット……?」
川はさきほどリガルが言ったように、守る側としては、最強の地形だ。
デメリットなどあるのかと、レオは疑問に思ったが……。
「あぁ。それは、反撃が出来ないこと」
「あ……」
「気が付いたか。そう、向こうが渡るのに苦労するということは、こっちだって渡ろうと思ったら苦労する。つまり、反撃はほとんど不可能なんだよ。だから、父上は敵が兵力を分散しても、中央から反撃することが出来ず、分けた敵の軍勢に対応する羽目になってしまった」
川という最強の防壁が、アドレイアの場合、自分にも牙を剥いてしまったという訳である。
リガルが平地を選んだのは、相手に反撃する余地を残すためという側面もあったのだ。
「これが策の全貌。お前の答えじゃ、せいぜい50点ってところだな」
「うっ……。まぁ、けどこれで全て腑に落ちました。けどこれって……もしや我々スナイパーの出番は……?」
「無いな。平地だと、ちょっと使い道に困る。後方からの援護にしても、味方に当ててしまう可能性があるしな」
「ですよねー」
苦笑いしながら、がっくりと項垂れるレオ。
少し動いて、味方が邪魔にならない位置まで移動したら、それなりに活躍できるだろうが、スナイパーはそもそも少数しかいないので、隠れることもせず堂々と戦闘したら、簡単に全滅してしまう。
そんなリスクを冒してまで、無理に活用するメリットはないだろう。
「まぁまぁ、この戦いはそう簡単に収束しないんだ。お前の出番も絶対来る。気抜くんじゃねーぞ」
「ま、そうですね。了解です」
そうして、二人でこれからの戦いについて話すこと数十分。
ついに……。
「っと……。お出ましか」
「みたいですね」
ポール将軍率いる、ヘルト王国軍がその姿を現したのだった。