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第106話.確信

 ――商人に偽装しながら、ヘルト王国を目指し始めて4日目の朝。


 ついにリガルは目的地であるヘルト王国の都市、フォンデに辿り着いた。


 この都市は、ヘルト王国とロドグリス王国の国境から120㎞ほど離れた場所にある、かなり大規模な都市だ。


 国の中心部に近いため、多くの商人が頻繁に訪れる。


 リガル達が入ろうとしても、全く不自然ではないという訳だ。


 これが田舎なら、珍しがられて余計な注目を浴びるかもしれないが。


 フォンデの門の前にやってくると、都市に入ろうとする人間がズラリと列を為している。


 ロドグリス王国では、王都くらいでしかお目にかかれない光景だ。


「おー、これがヘルト王国でも有名な都市、フォンデか。ロドグリス王国とは、人の数が段違いだな。普通にうちの王都よりも賑やかなんじゃないか?」


「ちょ、ちょっと! 下手な事を口走らないでください!」


 不用心にも、「ロドグリス王国」などと言い出すリガルの口を慌てて塞ぐレオ。


 しかし……。


「いやいや、神経質になりすぎだって。誰も聞いてやしないよ。それに、今の発言だけじゃ俺の正体なんて特定できないだろ」


「そ、それはそうかもしれませんけど、別にこの場で口にする必要もないことでしょう」


 確かに、ここは人でごった返していて、物凄い喧騒だ。


 この状況では、耳を澄ませて意図的に盗み聞きをしようとでもしない限り、聞こえやしないだろう。


 それに、仮に聞こえたとしても、今のリガルの発言から王子であるという推測をするのは、流石に不可能だ。


 皆、ロドグリス王国から来た商人なんだなぁ、程度にしか思わない。


 そして、そのロドグリス王国の商人というのも、近年増加傾向にあるので、なんらおかしなことではない。


 とはいえ、リガルが無意味に口を開いたという、レオの主張もまた事実。


「それはそうと、せっかくヘルト王国に来たんだから、ちょっと仕事の前に観光と洒落込もうぜ。実は俺、ロドグリスの王都以外の街を、まともに歩いたことがないんだよ」


 反論が出来ないので、とりあえず話題を逸らす。


 レオも、リガルとは長い付き合いなので、話題転換の意図は察したが、そこについては特に追及することも無く……。


「こんな時に何言ってるんですか! そんな呑気なこと言ってる場合ではないでしょう! まだ時間はあるとはいえ、同じくらいにやることも山積みです。無為に時間を浪費することなど出来ませんよ」


 しかし、リガルのふざけた発言には、少しエキサイトして言葉を返す。


「おいおい、堅いこと言うなよ。ちょっとくらい息抜きをさせてくれって。大体、これから行うのって、情報伝達経路の確立だろ? 俺のやることって指示だけじゃん。だったら遊んでてもいいだろうが」


「それはそうですが……。自分たちが働いている中、上司が遊んでるってなったら、部下たちの士気も下がりますよ……」


 少し苦しい言い分だが、レオはリガルに反論する。


 こうまでしてレオがリガルに働かせようとするのには、ちゃんと理由がある。


 リガルとレオは長い付き合いだ。


 知り合ってから今年で13年。


 付き合いの長さだけなら、アルディアードやグレン、それにレイなんかもそうだが、レオはその中でも特別だ。


 リガルが戦場に出るとき、その(かたわ)らには必ずレオがいる。


 そして、それは逆も然りだ。


 2人はもはや互いのことを、上司と部下という関係を超えた、相棒のような存在であると認識しているだろう。


 だが、それくらいに親しいからこそ、普段は怠けたりふざけたことを言ったりするリガルに対して、いつのまにか弟であるかのように接するようになったのだ。


 これは、レオの中でも無自覚なことだが。


 実際、2人の年齢は、レオが29歳、リガルが20歳なので、少し年が離れているものの、兄弟と言えなくもない。


 まぁ、リガルの視点では、レオが29歳、リガルが(精神年齢的に)29歳と、同年代なので、普通の親友的な感覚なのだが。


 閑話休題……。


「あぁ言えばこういうやつだなぁ……。だったら何か土産でも買ってきてやろう。これなら文句ないだろう」


 しかし、リガルはすでに観光する気満々だ。


 レオが何を言おうとも、無意味だった。


 こういう時リガルが頑固なことは、レオもすでに知っている。


 こうなれば、結局従う以外に道はないので……。


「分かりましたよ。まぁ、確かに折角の機会ですし、1日くらいの息抜きも必要ですか。では、ゆっくりと楽しんできてください」


「何を言っている。お前も来るんだ」


「は?」


「は? じゃないよ。1人は悲しすぎるだろ」


「いや、野郎2人っていうのも悲しいと思うんですが」


「それは言うな……。俺もできればハーレム状態で観光したいところだが、男しかいないんだから仕方がない」


 先ほどのワクワクした様子から一転。


 リガルは微妙な顔をしながら返答する。


「まぁ、殿下が言うなら、大人しく従いますよ」


「相変わらず堅いねー。せっかくなんだからお前も楽しもうぜ」


「はは……。これから始まることを考えれば、そんな気楽ではいられないですよ……。殿下こそプレッシャーとかないんですか? 責任重大なのに」


「あるよ。あるからこうして気晴らししようとしているんだ」


「…………そうですか」


 いつも軽いノリのリガルだが、決して余裕がある訳ではない。


 国の命運がその双肩にのしかかっているとなれば、そのプレッシャーは想像を絶するものだろう。


 リガルの胸中の一端を、レオは少しだけ理解したような気がした。






 ――――――――――






 長い長い待ち時間の末、ようやくリガル達はフォンデの中に入ることが出来た。


 検問でも、特に問題は起きることなく、すんなりと中に入れた。


 そりゃそうだ。


 そもそも、商人の偽装というより、リガルがロドグリス王国の商人に同行する形を取っているのだから、おかしなところがある訳がない。


 問題が起きるとしたら、リガルの顔を知っている者に見つかることくらいだ。


 だが、写真も存在しないこの世界では、顔を知っている人間など、実際に会った者のみなので、バレる可能性は限りなく低い。


 そんな訳で、早速リガルは一緒に同行していた護衛を追い払うと、レオと観光を始めた。


「これがヘルト王国の中でもトップクラスの規模を誇る都市かぁ……。やっぱり人が多くて賑やかだなぁ」


「ですねぇ。しかし、それにしては見回りの魔術師の人数が少なくないですか? さっきから全然見ませんが」


 どんな都市でも、その都市に駐在している魔術師が、常に見回りをしているもの。


 フォンデくらいの都市なら、10分ほど歩いていれば1人はすれ違うくらいの人数はいるはずだが……。


「もうすでに軍の編成を始めてるのかもな。そうなると、今見回りをしている魔術師の人数によって、おおよその敵の動員兵力が分かるかもしれない。よし、少し数えてみるか」


「は? え? どういうことですか? それに、観光するんじゃなかったんですか?」


「こんな時に何言ってるんだ。そんな呑気なことを言ってる場合じゃないだろ」


「ちょっと! さっきと言ってることが真逆じゃないですか! しかもそれさっき俺が言ったセリフだし!」


「細かいことは気にするな。さぁ、そうと決まれば早速行動開始だ」


「またこの流れですか……」


 レオは諦めように、疲れた声音で言うと、すでに歩き始めたリガルの後を追った。


 それから数時間の間、2人分かれてフォンデ内を歩き回り、見回りの魔術師の人数を洗い出し続け……。


「どうだった? レオ?」


「こちらの方は、恐らく5人ほどしかいませんでした」


「俺の方もぴったり同じだ」


「てことは、この都市の見回りを行っている魔術師は、たったの10人しかいないというわけですか」


「そうなるな」


 昼食を取るのも忘れ、そろそろ日が落ちてきた現在、ようやく2人は合流し、その成果を報告しあう。


 しかしその結果は、二人の予想以上に少ないものだった。


「見回りを行うのは、大体都市に駐在している魔術師の5分の1。まぁ、あくまでロドグリス基準ではあるがな」


「えぇ、多少の誤差はあれど、これほどの規模の都市に魔術師が50人前後しかいないというのは考えられません」


「あぁ。少なくとも、フォンデくらいの都市ならば、200人はいるはずだ。多ければ、300を超える可能性すらある」


「ですね」


 それはすなわち、少なくとも都市に駐在している4分の3をヘルト王国は動かしているということ。


「となると……。ヘルト王国軍は15000くらいでうちの国に攻めようとしているってことだな……」


「えぇ、しかもそれは『低く見積もって』ですからね。あの国の強大さが良く分かります」


「だな……。とはいえ、こちらも父上自らが指揮を執り、エイザーグ王国軍に結構な数の援軍を要請してるって話だ。15000とは言わなくても、10000を超える軍は編成できる。それに地の利を合わせれば、そこまで厳しい戦にはならないだろう」


「ですね。それに、大軍を以って攻めようとしてきているというのは、我々にとっては朗報にもなります」


 大人数で攻めれば、その分だけ守りは薄くなる。


 自国が脅かされるのは怖いが、リガル達の仕事はやりやすくなる。


 いくら大国ヘルト王国と言えど、15000もの魔術師を動かしたら、残る兵力は5000ほど。


 しかも、その残った5000の兵も各地に散っているため、リガルがヘルト王国内で暴れても、そのほとんどは対処にやってこれないだろう。


 せいぜい1000――数日経てばさらに追加で1000ほどか。


 とはいえそれでも、現在ヘルト王国に潜んでいる魔術師は500ほど。


 兵力的に圧倒的に下回っている。


 だがリガル達には、その存在を敵に気取られていないというアドバンテージがある。


 それを踏まえれば、前回のヘルト王国との戦争時よりは、有利に立ち回れるはずだ。


「どうですか、殿下? 今回は勝てそうですか?」


 分析を終えたリガルに、レオが問う。


「そうだな……。父上が我が国を完璧に防衛してくれることが前提条件となるが……。宣言する。この戦い、俺が3日で勝利を決定づける」


 それに対しリガルは、いつになく強気な発言で返したのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ポールとリカルドの戦い楽しみです!!! [一言] いつも楽しませています。これからも頑張ってください
[良い点] リガルはさっぱりとした性格だから商人は意外と性に合いそう…商人だけに(ボソッ [気になる点] アドレイア…大丈夫ですかね。 エイザーグ王国から援軍に来るとはいえ先の戦では小競り合いに負けて…
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