第8話 大切な人
エリカさんが帰る日がきた。
一冊のノートと手作りの毛糸の帽子を渡された。
「忙しくて一緒に滑れなかったね。でも優奈にはボードの先生がいっぱいいるんだからみんなに見てもらえるからね。」
「そんなぁ。」
「希と優奈で色違いだから一緒にかぶって滑りに行ってね。」
そういいながら希の頭に帽子をかぶせる。
笑う希の瞳にはうっすらと涙が滲んでる。
泣いちゃダメ。
わたしも絶対泣かない。
「このノートはマニュアル。後でじっくり見てみて。」
「ありがとございます。」
「じゃ、基も待ってるしわたし行くね。何かあったら連絡しなよ。」
「はい。気を付けて帰ってくださいね。」
エリカさんは大きく手を振ってオーナーの運転する車に乗り込んだ。
「優奈も希もがんばれ。」
窓から最後にそう叫んでエリカさんは帰っていった。
「優奈、春になったらエリカさんの所行こうね。」
「うん。」
とても淋しかった。
でも笑顔のエリカさんがまた会えるって繰り返すから・・・泣かない。
そう決めた。
「仕事いこっか。」
「うん。」
わたしたち二人は担当のお店に足をむけた。
今日は基さんの担当してたお店を任されたけどなんだか落ち着かない。
有線放送を流しながらエリカさんに渡されたノートを開く。
細かく1日の流れや品物の発注方法、シフトの決め方が書かれている。
ノートの一番最後のページを開く。
『今年は早く帰ることになっちゃって、わたしも基も残念だったんだけど。優奈や希と一緒に過ごせて楽しかったよ。 初めは若い子で大丈夫かと思ってたけど二人共来たときより成長したし今の二人になら任せられるって思った。シーズンが終わったらまた会いましょう。 ※スノボも恋も仕事も全力で頑張るように! 』
エリカさんからのメッセージだった。
泣かないって決めたはずなのに。
涙がこぼれ落ちた。
いつからこんなに泣き虫になったんだろう。
「おつー。」
突然ドアが開きヒロさんが店の中に入ってきた。
やだ。
また泣いてる所なんて見られたくない。
急いで涙を拭き笑顔を作る。
「真面目に仕事しなきゃダメじゃん。」
「してますよー。」
「それでも?」
「一応ね。」
ヒロさんはわたしが座ってる一人用の椅子に無理矢理腰掛けた。
近すぎる距離にビックリしたわたしは隣にあるファンヒーターの上に移動した。
「それ、つぶれる。」
ファンヒーターを指差すヒロさん。
「大丈夫。」
からかうヒロさんにぶすーっとした顔を見せる。
でもやっぱりこうしてる時間は幸せ。
「あまり泣くなよ。残り少ない山での生活楽しまなきゃ損だろ。」
そういってカメラを取出し
「撮るよ」
と、顔を近付けた。
パシャ。
きっとわたしの顔は真っ赤だっただろう。
「このカメラあげる。帰るまでに全部使いきる位思い出つくろ。なっ!!」
だまったままヒロさんを見つめる。
「どうした?」
― 好き。 ―
しまい込む感情。
「どうしてここにいるってわかったの??」
いつもはコンビニ担当のわたし。
なんでわかったんだろ。
「ストーカーだから。」
・・・。
「ストーカー?」
ヒロさんがストーカーだったら大歓迎だよ。
言ってやりたかった。
「本当は涼と道歩いてたら希ちゃんに会ってー、優奈がここにいるって聞いてやってきたわけ。あの二人うまくいってるみたいだな。」
そうなんだぁ。
エリカさんの事があって希の話しまだ聞いてなかったんだよね。
「希も涼くんもうまくいってるならよかった。」
「そうだな。」
ヒロさんが席をたつ。
「じゃ、俺もそろそろ仕事行かなきゃ。真面目に働けよ〜。」
「そっちもね。」
かわいくないわたし。
ヒロさんが来てくれた嬉しさの反面帰ってしまう寂しさの方が大きい。
ドアを出るヒロさんはわたしの大好きな笑顔で手を振って帰って行く。
「好き。」
勝手に口からでた言葉。
自分でも聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で。
その日の夜、希と部屋でじっくり恋話を語りあった。
希の話によると、バレンタインデーの夜涼に告白した結果付き合うことになったらしい。
こと細かく話してくれる希の顔は笑顔で幸せいっぱいな感じ。
それに比べてわたしは・・・。
わたしの話を聞いた希が真剣な眼差しでわたしを見る。
「優奈はヒロさんの妹でいいの??それで終わらせていいの??」
唐突な希の質問に戸惑うわたし。
「もっと違う形になりたいって思うよ・・・。でもヒロさんに気持ちを伝えて今の関係が崩れるのはイヤだもん。」
「でも関係が崩れるって決まったわけじゃないでしょ??がんばりなよ!!」
「でも・・・。今のままでも幸せだよ。」
「うそつき。ヒロさんが好きならがんばってみればいいじゃない。」
「希・・・。」
「なんて、優奈の恋愛だもんね。わたしが口出すことじゃないけど、わたしは応援してるからね。」
「うん。ありがとう。」
希の言ってることはわかってる。
わかってるけど、どうにもできないこともある。
人の心を簡単に変えられるなら・・・こんなに辛い思いはしてないよ。