第7話 好き
バレンタインデー当日。
結局チョコは作らなかった。
希は前日から手作りして頑張って用意してたけどね。
今日はカップルの姿をよく目にする。
そう感じるだけかもしれないけど。
仕事後わたしは一人でナイターに滑りに行った。
ちょっと張り切って滑りすぎちゃった。
お疲れ気味の体にボードがズッシリ重く感じる。
疲れた〜。
よたよたしながらお店に戻ると希に涼、ヒロさん、連さんと知らない男女数人がビリヤードをしていた。
「お疲れさま。頑張ってるね。ちょっと見直した。」
修さんが声をかける。
「見直した??今日は張り切りすぎちゃった。」
「また熱だしちゃ困るから程々にね。」
「うん。今日人多いね。」
「連くんの友達みたいだよ。俺は気に入らないんだけどね。」
「そぉなんだ」
修さんの言葉が引っかかったけど、突っ込んで聞くことはしなかった。
「疲れたから部屋戻るね。仕事頑張って。」
そういい残し部屋へ戻ろうとした時だった。
『ヒロうまいじゃん。あたしにも教えてよ』
耳に届いた女の人の声。
振り返って見ると初めてみる人だった。
だれなんだろ。
ヒロさんは仲良く横に並びわたしに教えてくれたようにビリヤードを教えている。
その姿にショックをうけるわたしは無言のままその場を通り過ぎた。
ここにいればいろんな友達もできる。
ヒロさんにだって女の友達がいたっておかしくない。
そう。
そうなんだけど・・・やっぱり嫌。
お店が気になりながらもお風呂に入り疲れを取る。
「優奈??」
脱衣所からエリカさんの声がする。
「はい。」
「下騒がしいけど誰がいたの??」
「涼くん、連さん、ヒロさんと他はわたしが知らない人が何人かいましたよ。」
「そぉ。ありがと」
エリカさんはそのままきっとお店に走って行ったんだと思う。
足音が聞こえる。
お風呂から出ると丁度エリカさんが二階に上がってきた。
「あ〜もう、イラつく。」
「どうしたんですか??」
「連。あいつはバカだ!!優奈も知り合い以外お店で遊ばせちゃダメだよ。」
「は、はぃ。」
何があったのか良くわからないけどエリカさんはちょっと怒ってる。
連さんが原因だって事はわかったけど・・・
どうしたんだろう。
希が帰って来ないのも気になってスエットのまま下に下りていった。
通路のソファに座りながらタバコを吸っているヒロさんを発見。
さっきの女の人との様子が頭に浮かんでくる。
「よっ。」
「あれ?みんないないの??」
「あ〜エリちゃんに怒られて連達は帰った。希ちゃんと涼はゲーセン行ってくるって。」
「エリカさん上でもブツブツ言って怒ってた。」
「ここは女の子を連れ込んで騒ぐ場所じゃないって。連かなり怒られてた。」
「そうなんだ・・・。」
エリカさんの気持ちもわかる。
簡単に他の人に踏み込んできてほしくない。
「連さんの友達だったの??」
「そう。ゲレンデで働いてる人達。」
そっか。
どこかで見たことあると思った。
「ヒロさんは連さんたちと一緒に行かなかったの??」
「あぁ、飲み行くって言ってたけど俺はあまり知らないし、断った。」
ふーん。
知らないか・・・
でもさっきは仲良さそうにビリヤードしてたよね。
「希ちゃんもご機嫌で涼連れてったよ。」
「ははっ。バレンタインデーだからね。」
希は今日気持ち伝えるって言ってたからね。
うまくいくといいな。
「バレンタインデーかぁ。優奈は誰かにあげたの??」
「え?誰にも・・・」
「好きな奴とかいないの??」
「・・・・。」
わたしが好きな人。
ヒロさんだよ。
胸が痛い。
今気持ちを伝えたらどうなるんだろ。
・・・。
苦しい。
「希と涼を取り合ってたり??」
「なんで??」
ヒロさんの言葉に動揺する。
「優奈は涼と仲いいじゃん。好きなんじゃないの?」
わたしが涼を・・・
確かに仲はいいけど、それは好きとかじゃなく友達として好き。
「図星??」
「図星!な、わけないじゃん。」
ヒロさんの言葉になぜか顔が熱い。
涼が好きだからじゃなくて、ヒロさんにそう思われてることに複雑な気持ちになった。
・・・・。
「ヒロさんは誰かにチョコもらったの?」
「じゃーん。」
そう言って小さな箱を出した。
胸がズキっと痛い。
「同じバイトの子にもらった。いいだろ。」
自慢気に言うヒロさん。
「よかったね。」
なんとも可愛くない態度を取るわたし。
バカだ。
「まぁ、涼も連もみんなもらったから自慢にならないかっ。」
そう言ってわたしのほっぺたをつねるヒロさん。
「バカ」
ヒロさんに向かって言い捨てた。
「可愛くない」
わたしの頭に手を乗せながら呟く。
可愛くないと言われたはずなのに触れられた部分が暖かくてうれしくなる。
わたしの中で気になる存在だったヒロさん。
好きなんだって。
この人の側にいたいって。
思った瞬間だった。
「優奈が涼を好きなら俺は応援するし他のやつを好きでも応援するよ。」
ヒロさんはわたしを両腕で包んだ。
ヒロさんがどうして抱きしめたのかわからなかったけど切なさとヒロさんを好きだと気付いた気持ちがごちゃごちゃで頭が働かない。
でも思った。
ここで暮らしてる間、ヒロさんがわたしを好きになってくれなくてもいい。
この幸せな時間を大切にしようと。
「じゃ、俺帰るな。優奈も湯冷めするから早く寝なよ。」
そう行ってヒロさんはソファから立ち上がった。
「おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
わたしも素直に部屋に戻る。
大きなため息が静かな部屋に響く。
疲れきった体が余計に重く感じた。
次の日わたしはしばらく取っていなかった休みの日だった。
今日から気持ちを新たに切り替えて頑張ろうと朝から早起き。
朝の深雪を感じに行こうとウエアを着てゲレンデに向かおうとした時だった。
「優奈ちょっと話あるんだけど・・・時間いい??」
コンビニで仕事中のエリカさんが声をかける。
深雪を滑りに行こうと思ったんですけど・・・。
って言えません。
「大丈夫ですよ。」
ストーブ前にしゃがみ込みブーツの紐を縛り直す。
「わたしと基、今週いっぱいで地元に帰ることにしたの。で、新しい人が2人入ってくるから優奈が教えてあげてほしいんだ。」
・・・・。
エリカさんの予想外な言葉に頭が混乱する。
「エリカさん帰るって・・・どうして?」
「それはまた後で話すね。」
「・・・。」
「それで、シフトなんだけど修に言ったら優奈で大丈夫だろうって事になって、優奈にわたしのやってた事をやってほしいの。」
・・・・。
なんで??
クエッションマークが頭の中にいっぱい。
「マニュアルみたいな感じで作っておくから大丈夫!!話はそれだけ。引き止めちゃってごめんね。いっぱい滑ってきてね。」
「エリカさん・・・。」
「ほらほら、早く行ってきな。帰る前にまた一緒に滑ろうね。」
「絶対ですよ。じゃ行ってきます。」
エリカさんと話したいことはいっぱいあったけどそれ以上は何も言えなかった。
またお別れか・・・
大好きなエリカさん。
お姉ちゃんのように慕ってた。
寂しいな。
この日のボードはそのことばかり考えて何回も転んで、人にぶつかって、集中できない自分に苛立ちお昼には寮に戻ってきてしまった。