1.嫌な予感は外れない『その壱』月衛山、魔法使いの住まう家
今回から新章です。
スタートは流哉の視点から。
楽しんで頂けたら幸いです。
更新が遅くなりましたことをここでお詫びを。
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/02/24)
神代流哉と冬城燈華、西園寺紡の三人は、流哉の生家、神代家の前に立っていた。
月衛山の奥深く、木々が生い茂る森の狭間に、まるで時が止まったかのように佇む館。
それは町に宇深之輪という名が刻まれるよりも遥か以前から、この地に根を下ろした魔女が住まうと伝えられる場所。
「凄いね、それ! 時間を無視して距離を移動するなんて」
燈華は目を丸くして流哉が使った魔導器に見入っている。
その無邪気な驚きに、紡は呆れたように肩を竦めた。
「この魔導器はそういう物。燈華は魔導器の事もしっかり勉強していかないとだな」
「今教えて貰っている最中だもん」
「それは悪かった。これは珍しい物だからな、まだ教えて貰ってなくても仕方ないな」
燈華の脹れた頬を、流哉は苦笑しながら宥める。
まるで妹の世話を焼く兄のようだと、傍目には映っている、のかもしれない。
しかし、流哉自身は、実弟の面倒を見た経験がないため、その感情がどのようなものか、正確には理解できない。
どういう気持ちを抱くのか、どう言い表して良いのか分からないというのが正しいだろう。
「ほら、早く行くぞ。
いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかないだろう」
流哉が声をかけ、紡が促すと、燈華は我に返ったように頷いた。
流哉は、古びた門扉に手をかけた。
重厚な扉は、軋む音を立てそうなものだが、音を立てることなくゆっくりと開かれる。
玄関の扉を開くと、磨き上げられた床に、見慣れない女物の靴が三足、綺麗に並べられていた。
「ただいま」
流哉の声を聞き、母の雪美が出迎える。
「流哉、お帰り。お客さんを客間に待たせてあるから着替えたら早く来なさい」
「流哉君、来るときに少し魔導器を持ってきてくれる?
一人そういうのにとても興味を持っている子がいるから」
「分かった」
流哉が自室へ向かい歩を進める後ろで雪美が燈華へ歩み寄る。
二人は楽しそうに話しを始めた。
久しぶりの再会に、話題は尽きないようだ。
流哉は、少しだけ、余裕を持って、ゆっくりと準備をしようと思った。
自室へ戻り、まずスーツを着替える。
大学からの帰り道なので、そのままでは少し堅苦しい。
ジャージなどは論外だろう。結論、スラックスに落ち着いた。
着替えが終わった後は、時間を潰すことに。
呼ばれる前に降りて行って、面倒な場面に出くわすのは回避したい。
呼ばれるまでは部屋にこもっていても問題ないだろう。
着替えが終わると、時間を潰すことにした。
呼ばれる前に降りて、面倒な場面に出くわすのは避けたい。
呼ばれるまでは部屋にこもっていても問題ないだろう。
いつも身に着けている鍵を束ねたリング。
リングに繋がっている鎖だけを、履き替えたズボンに付け替え、残りの魔導器は全て部屋のアクセサリーケースの中にしまう。
切り札の一つにして大切な指輪だけは専用のケースへ。
十個の指輪がケースの中で鈍い輝きを放つ。
額縁のような四角に限りなく近い長方形のケースには特別な魔法をかけてある。
この指輪の入れ物に触れることが出来るのはこの世でただ一人だけ。
流哉以外の誰にも触れることを許さない。
物理的に触れることが出来ない場所、次元の壁ではなく世界の壁を挟んだ先にケースの本体を設置してある。
契約した神の力を借りなければ実現できなかったの事だけは癪だが、これ以上の隠し場所は存在しない。
宝物庫の中でも安全ではあるが、裏切り者が出ないという保証がない以上、誰にも触れられない場所を求めた。
そんなことを考えていたのも懐かしい。
祖母の手紙により、部屋を本当の意味で自分の物にできた現在は何の心配も必要ない。
宝物庫、薬草部屋、図書館の全ての場所から物を持ち出す際に主の許可が必要になったからだ。
主である流哉が許可を出さない限り、何人も持ち出すことはできない。
ベッドに腰を下ろし、一息つこうとした時、燈華に頼まれたことを思い出した。
何か見せても大丈夫な物があっただろうかと、重い腰を上げて宝物庫へと続く扉を開く。
宝物庫の内部からは声が漏れて来る。
またも騒いでいるのかと文句を言ってやろうかと思うが、聞えて来る内容は全て流哉への文句だ。
何も言うまいと心に決め、宝物庫の中へと進む。
宝物庫の中へ入ると、先程までの騒ぎは何処へ行ったのか、静けさを取り戻している。
声をかけようかと見渡すと、急に“忙しいから話しかけるな”という雰囲気を出していた。
何も言うまいと決めてきたが……コレは何を言っても許されるんじゃないか?
「さて、誰か居ないかなと……珍しい奴がいるな」
宝物庫内の一角、積み上げられた本の山の前に、薄い褐色の肌の男が佇んでいる。
滅多なことでは図書館の中から出てこない男が、宝物庫の一角、それも入り口に近い場所まで出てくるのは珍しい。
揶揄うついでに、図書館で何かあったのかを聞くとしよう。
「こんな所まで出て来るなんて珍しいこともあるもんだな。図書館で何かあったか?」
声をかけると男は恨めしそうな視線を流哉に送ってきた。
嫌な予感がする……それも声をかけなければ良かったと後悔する程に。
「主殿じゃないか、丁度良かった。
これからここに積み上げられた本の全てを図書館へ持って行くところだったが、司書殿が主にお話があるそうだ。
どうせ呼ばれることに変わりないのだから、本を運ぶのを手伝ってもらえないか?」
薄い褐色の肌の、戦神と称される男は、古びた羊皮紙のような声でそう言った。
その瞳は、積まれた本の山を見つめながら、どこか遠くを見ているようだった。
「丁寧な言葉づかいで仕事を手伝わそうとするな。
まあ、司書が呼んでいるというのなら一緒に行くよ」
流哉は、戦神の言葉を遮るように答える。
司書に呼ばれているのなら、いずれにせよ図書館へ行かなければならない。
それならば、多少なりとも戦神の頼みを聞いてやった方が、後々《のちのち》のことを考えると得策だろう。
「少しくらい手伝ってくれても良いと思わないか?」
戦神は、なおも食い下がった。
その表情は、まるで駄々をこねる子供のようだ。
「ニ、三冊なら持ってやる」
流哉は、そう言いながら、本の山から数冊の本を手に取る。
「五、六冊くらいは持つって言えよ、男だろう」
戦神は、不満そうに言った。
しかし、その口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「お前たちの時代と一緒にするな。
現代は、剣や槍を持って駆け回っていた時代じゃないんだ」
流哉は、そう言いながら、本の束を抱え直した。
流哉と戦神の間には、過去と現在のとの間に存在する溝がある。
「そう言う割には、主殿はオレたちと近い所にいると思うがね」
戦神は、そう言いながら、流哉の肩を叩いた。
その手には、確かな友情が込められている、そんな気がした。
「お前やシルフェイアに付き合わされてだよ」
流哉は、そう言いながら、軽く肩を竦める。
「良い事じゃないか。シルフェの奴も主と手合わせしている時は嬉しそうだぞ」
戦神は、そう言いながら、屈託のない笑顔を見せた。
その笑顔は、まるで太陽のように明るく、周囲を照らし出す。
細かいことは気にしないのだろう。
ハハハと笑い声をあげると、流哉の背中をバシバシと叩いてくる。
馬鹿力だが、加減をしている事は分かった……吹き飛ばされることはなかったから。
「イテーな、馬鹿力で叩くんじゃねーよ」
流哉は、そう言いながら、戦神の手を払いのけ、肩を揉む。
古代の英雄の馬鹿力で叩かれては、非力な現代人の肩など簡単に外れてしまう。
「スマンスマン。加減をしたつもりだったが、まだ足りなかったか」
戦神は、そう言いながら、悪びれる様子もなく笑った。
その笑顔は、まるで少年のように無邪気だ。
「こんないい加減な性格のヤツによく付いてくる人が居たモノだ」
流哉は、そう言いながら、呆れたようにため息をつく。
「仮にも神々を相手に覇を唱えたんだ、それなりに人望もあったんだよ」
少し寂しそうにも感じるが、この話しも終わりだ。
目の前には数えきれない程の蔵書を抱えた自慢の図書館がそびえ立つ。
石階段の上には優しそうな微笑みを浮かべた薄い褐色肌の女性。
あの笑みは……確実に怒っているんだろうなぁ。
澄ました笑みを浮かべていることが多い彼女が、仏のような微笑みを浮かべている。
今回の小言は長そうだと流哉は覚悟を決めて声をかけた。
流哉の視点、どうでしたか。
今回は流哉が大切にしている宝物庫や図書館の住人が出てきました。
この住人達にはおいおい触れて行く予定ですので、楽しみにしていてください。
お読み頂き、ありがとうございます。
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