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6.それぞれの思惑『その弐』 時の旅行者

2025年1月13日 改訂

 ロバートが声を荒げている頃、神代流哉は帰り支度を進めていた。


 部屋の中身は既に使い古されたトランクの中にしまいこまれており、あとは身近な物を纏めるだけだ。


「リュウヤ、急ぐ気持ちは分かるけど、今からチケットを取れるの?」


 メアリーが心配そうに問いかけてくる。

 日本へ向かう便は一日に数本、その日の便を予約無しで乗ることが難しい事ぐらい一般常識の範疇はんちゅうである。


「メアリー、日本へ飛行機で帰る訳ではないから大丈夫だよ。日本へはこれで帰る」


 流哉は自身のベルトに鎖で繋がれた古い懐中時計をメアリーに見せる。


 古めかしい物だが、激しく自己主張をするそれからメアリーの目は釘付けだ。


「その懐中時計がどうかしたの? なんだか不思議な感じはするけど」


「鋭いね。感覚だけは一人前だ。これは『時の旅行者』っていう魔導器だよ」


 皮肉と説明を受け、メアリーは怒り、驚き、その大きな瞳を見開く。


 魔導器と呼ばれる錬金術師が生み出す神秘の欠片。

 神秘の欠片と言っても人の手による製作物、道具である。

 道具である以上、格付けされる。そのランクの上位に位置するものほど神秘に近いモノとなる。


 流哉が見せたそれは連盟ではランクの最上位とされるもので、知る人はその格付けの更に上に位置する物と知っている。


「それが『時の旅行者』なのね! 

 世界にもう数えるくらいしか残ってないっていう中世の錬金術師の遺産!

 この目で“最も神秘に近い幻想ファンタズム・アンティーク”を見れる日が来るなんて!」


「よく知ってたねメアリー。

 その関心をもう少しだけでも魔道理論に向けられたらいいのにね、残念。

 そう、これは中世における錬金術師と魔術師の合作、文字通り『時を越える』装置だ。

 こいつを使えば時と場所を選ばず、指定した時間の指定した場所まで跳べる」


 流哉が挙げた魔導器『時の旅行者』は中世に端を発する。


 元々は魔術師が時を越える魔法に引かれたことが始まりであったが、時を越える奇跡は一人の力だけで成し遂げることはかなわなかった。


 時代を同じくして、錬金術師という存在が台頭し始める。


 その中に数人変わり者がいてもおかしくはなく、魔術師と協力し、モノを造るという異例が生まれた。


 魔術と錬金術、異なる神秘が交わり、魔術師の願いは成就される。


 それは文字通り『時を旅する』ことが出来る神秘の欠片。

 魔法に限りなく近いところまで昇華された模造品。


 当時、製作に成功した数は両手の指で数えられる限りであったと伝えられているが、現在この世に残っているモノは流哉自身の手の中にあるのを含めて三個だけ。


 大き過ぎる力には何かしらのリスクが付き物である。


 時を越える奇跡を実現させた『時の旅人』にはただ一つ、重大な欠点があった。

 その欠点とは、『魔法使い』以外にはまともに扱えないという単純かつ魔導器としては有り得てはならない欠点だった。


 以後、この『時の旅人』は道具としての価値が無くなり、時代と共に消えていった。


 流哉が持っているのはその数少ない骨董品。


 感動で瞳を輝かすメアリーをよそに、流哉はその骨董品をズボンのポケットにしまい、トランクを閉める。


「もう行くのね。また魔道理論の論文手伝ってくれる?」


「いいよ、メアリー。いつでも頼ってくれ。」


 トランクを持ち、『時の旅行者』を手に取り魔力を込め始めた。


 メアリーは瞳に焼き付けるかのようにじっと見つめる。


「見ていても面白くはないぞ」


「いいの、流哉の姿を見るのはもしかしたらこれで最後になるかも知れないのだから」


「それはないだろう。生きていればまた互いの道が交差する時が来るかもしれないからな」


 二人が話していると、『時の旅行者』が強い輝きを放ち始める。

 時計の針が激しく回り、青白く淡い光を発する。


「もう、時間か。じゃあな、メアリー。世話になった」


 挨拶を交すと流哉は『時の旅行者』を起動させる。


 輝く懐中時計から歪んだ時計の文字盤のような魔法陣がいくつも放たれ、彼の周りに展開し、空間が歪みだす。

 魔法陣が弾け、歪んだ空間がもとに戻る。


 瞬間、流哉はロンドンから消えた。


 最初からそこに何もなかったかのように。




 以上が神代流哉のロンドンで過ごす最後の日の顛末てんまつである。

 随分と慌しいようだが、ことの始まりとはこういうものではないだろうか。

 魔法使いの話しとして、物語のはじまりなんて、後から見返せば穏やかだったと思うに違いないのだから――――

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