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神代良祐の独白

流哉の弟、神代良祐の視点となります。

楽しんで頂ければ幸です。


現在の小タイトル最後の話しになります。

内容はExに近いものですが、話しの内容は残酷なものとなっております。

苦手な方は読み飛ばして頂いて構いません。

 僕、神代(かみしろ)良祐(りょうすけ)には二つ年の離れた兄が居る。

 兄である神代(かみしろ)流哉(りゅうや)とは、もう何年もまともに話したことが無い。

 小学校に入るくらいまではどこにでもいるような兄弟だったと思う。よく遊んでくれたことは未だに大切な思い出として残っている。

 兄と話さなくなったのは祖母が亡くなる数年前くらいから。突然優しかった兄が別人のように変わってしまったのだ。

 いつも祖母の部屋か、家の何処かに(こも)ってしまい、姿を見かけることが珍しくなった。たまに顔を合わせては頭を撫でてくれたが、会話することは無かった。


 祖母が亡くって直ぐのことだった。兄は海外の学校へ行ってしまった。

 そこから何年か会うこともなく、兄は帰国することも無かった。

 その頃には優しかった兄のことなど忘れてしまい、家族なのかどうか分からなくなっていた。


 兄の事について父が教えてくれたのは、三年前ことだった。高校への進学が決まった日に父から書斎へ来るように言われた。

 志望校への合格を決めた事で褒めて貰えると思っていたら、呼び出した内容は神代の家について秘密を教えるという事だった。


 まず、驚いたのと同時に非現実的なことを言う父の姿に夢を見ているのではないかと自身を疑った。

 誰が疑わずに居られただろうか、科学の進歩した現代で魔法使いなどという御伽噺(おとぎばなし)の存在の話しを父親からされると。

 生まれてからずっと暮らして来たこの宇深之輪(うみのわ)の町を作り出した一人が祖母で、その祖母が数百年を生きた魔法使いであったなど、到底信じられる話ではなかった。

 しかし、この話しを聴くうちに納得することもあったのだ。古くから町に住む年配の人たちが、こぞって祖母の事を褒め称えていたのは、この町で古くから役割を果たして来た祖母への感謝だったのだ。

 町の古い住民たちは祖母の正体を知っていたのだ。魔法使いなどという御伽噺の存在を、自分よりも遥かに年上の人たちが信じ敬っていた、その事実は揺るがない。


 そして、その役割を祖母から引き継いだのが兄だという。ようやく合点がいったのだ。

 祖母が亡くなる数年前から兄と疎遠になったのは、亡くなることを悟った祖母から役割を引き継ぐ為であったこと。

 兄が海外へ行ったのは、祖母の魔法使いとしての立場を継ぐ為であること。

 既に兄は、魔法使いと言う常識では語ることのできないモノになったということ。


 その日はショックで上手く考えをまとめることが出来なかったことを覚えている。

 町一番の企業、ジンダイの社長というのは家業を継ぐことが出来なかった父の為に祖母が用意した表面での神代家の在り方で、本業はその魔法使いという内容のよく分からないものであったこと。

 良祐自身は父と一緒で魔法だとかと言う超常の才は欠片もなく、既にレールはジンダイという会社を父から継ぐというところまで敷かれている。

 高校に入ったら、そのよく分からない世界の事まで勉強しなければならないということ。

 全てが嫌になってしまった事を覚えている。


 翌日に両親へ何も告げずに隣町の海ヶ崎(うみがさき)まで一人で外出した。

 何もかも忘れて、海でも見ながらボンヤリと過ごそうと思ったからだ。

 落ち込んでいるときは運も悪くなるというのは本当のようで、その日、神代良祐は誘拐された。

 良祐自身を連れ去ったのは、驚くべきことに通っている中学校の担任と通っている塾の講師で、その他に見た事の無いような、おそらく宇深之輪の町の住人ではない人たちによって、身代金目的の誘拐に遭ってしまった。

 両親へ何も告げずに出て来たことへの罰があったのだろう。自業自得、軽率な行動には相応の結果がつき纏うのだ。


 誘拐犯たちは身代金をどう使うか、そのような事を話していた。その中で良祐を殺す予定である事も話していた。

 当然の事だろう。姿を見られたとあれば、拉致した獲物は金を引き出した後に始末する。

 短い人生に幕が下りることを覚悟していた時、その人は現れた。


『少し離れただけで、こうもゴミ虫が()くとは……コレだからお前たちのような(やから)は始末に負えない』


 閉まり切った倉庫の中に、突然響いた声の主は数年ぶりに再会した兄のものだった。

 誘拐犯たちがテンプレートのようなことを言うのを『本当にそんなことを言うのか』と、感想を抱いた時、そのテンプレートの台詞を言った誘拐犯の一人の首から上が消し飛んだ。


(しゃべ)るな、(わめ)くな、(さえず)るな。お前たちに発言を許可してはいない。

 オレはここへゴミ掃除をしに来ただけ。祖母の愛したこの町を食い荒らすようなマネは許さない』


 久しぶりに見た兄の表情にはおおよそ人間らしいという感情全てが欠落していた。

 人の表情から感情を削ぎ落すと能面のようになるのだなと思った。

 人一人が死んだというのに、良祐は人殺しを犯した兄へ恐怖を感じるのではなく、目の前の非現実的な光景に放心していた。

 現実へ引き戻したのは誘拐犯たちが拳銃を兄へ向けて発射する音。

 拳銃で撃ち抜かれて横たわる兄が居るはずのそこには無傷の兄と空中で止まる銃弾というこれまた非現実的な光景だ。


『残念だったな、そんなオモチャまで持ち出したというのに。冥途の土産に教えてやるが、現代の兵器でオレを害することは出来ない。

 さて、オモチャは使えたのだから、その腕はもう不要だろう?』


 兄がそう言うと、良祐の近くで拳銃を撃っていた誘拐犯の二人の両腕がボトリと落ちた。

 吹き出す血液が現実であることを思い出させ、その場で(うずくま)る二人とその足元に転がる両腕、良祐の足元まで転がって来た血で汚れた拳銃の感触が否応にもなく現実であると脳が認識する。


『さて、残るのはお前たち二人か?』


 そう問いかける兄の言葉に見渡した倉庫の中には、満身創痍の誘拐犯たちは蹲るか気を失っていて、まだ動けそうなのは後ずさりをしている担任だった男と塾の講師だった男だけだった。


『さて、主犯格のお前達にはどう恐怖と罰を与えるか。他の者たちのように恐怖も感じる間もなくというのでは味気ない。

 少々面倒ではあるし、お前たちのような者には過ぎた贅沢だが、オレが直接手を下すとしよう』


 兄はそう言うとどこからともなく身の丈半分ほどの大きさのケースらしきものを取り出した。おおよそ人が振り回すような形状ではないソレには柄らしきモノが二本ついており、何をする為のモノなのか、何をなすモノなのか、見当もつかない。


『オレが直接手を下すのも、コイツを見せるのも、滅多にない気まぐれだ。

 凡愚(ぼんぐ)なお前達が一生をかけても目にできない奇跡、冥途の土産にするが良い』


 兄のその言葉が最後の合図だった。背を向けて駆け出す塾の講師はその瞬間にその身が真二つに切り裂かれた。

 学生時代は陸上部に所属し、足の速さが自慢だと言っていたその男が駆けだして直ぐに、兄の姿が揺らいだと思った次の瞬間には刀を振り落とした姿で駆け出した男の真後ろに居た。

 担任だった男はその場で腰を抜かし、兄に命乞いを始めていた。


『そんなくだらないことが最後の言葉とは……時間も猶予(ゆうよ)も無駄だったようだな。

 つまらない企てなどせずに真面目に生きていれば、経験しなくてもよい恐怖を身に染みて黄泉路を逝く必要は無かった。

 まぁ、既にこの言葉すら聞こえてはいないだろうが』


 恐怖に引きつった顔が音もたてずに落ちる。

 兄が引き起こした惨事(さんじ)は、目撃者であり被害者である良祐を残して幕を閉じた。

 兄が手に持っていた刀も、そのケースらしき物も既にそこには無く、一歩一歩ゆっくりとした足取りで歩いて来る。


『……怖い思いをさせたな。こうなる前にゴミを処理しなければならなかったのに、コレはオレの落ち度だ。

 神代(かみしろ)の家に連なるというのは、こういった出来事に否応に無く巻き込まれる。家族や普通の人間が巻き込まれないように秘密裏に処理するのが、オレや祖母のような人の道を外れたモノがしなければならない役割だ。

 既に後始末に必要な手配は済ませてある。今は大人しく眠っていると良い』


 そう優しく語り掛ける兄の瞳の色が、見た事のない色に変わっていた。

 どこまでも澄み渡る蒼穹(そうきゅう)のような青と夜空に浮かぶ満月のような金の瞳。

 遠ざかる意識に、『これは夢だ。海外に居る兄がここに居るわけがない』と思い始めたところで意識が切れる。


 目が覚めると、そこは病院のベッドの上だった。

 誘拐されてから実に三日ぶりのことで、そこから慌ただしくなった。

 目を覚ましたという連絡を病院から家族にしてくれたのだろう。最初に父と母が駆け付けてくれた。

 心配したという声の後に、軽率なことをしたことへの叱り、そして無事であったことへの安堵(あんど)へ。

 どれほど心配をかけたのか、良祐は両親の愛を感じることが出来た。


 次に入って来たのは警察署の署長と、二人の刑事だった。

 町の治安を守れなかった事への謝罪と、誘拐犯たちの顔写真をもとに照らし合わせるという作業、そして良祐が救出された時の状況の話しになった。


『現状は凄惨(せいさん)なものでした。生存者は良祐(りょうすけ)さんのみで、拉致監禁(らちかんきん)に関わったと思われる者たちは一人の生存もなくこと切れていました』

『恐ろしい思いをしたばかりで、思い出させてしまうのですが、何かを目撃してはいませんか?』


 刑事が聞き出したい内容は察しがついている。誘拐犯たちを殺した者を見ていないのかということだ。

 何も見ていない、覚えていないと伝える。兄の事が脳裏を過ったが、この場に居ないどころか国内にすらいない兄がどうすれば誘拐犯たちを殺せるというのか、説明など出来る訳がない。


『そう……ですか』

『ご協力ありがとうございました』


 警察署の署長が来たのは、父への謝罪の為だった。宇深之輪の町を代表する企業の社長、その子息が誘拐(ゆうかい)されたとあれば、直接赴いて謝罪をする必要でもあるのだろう、そう思うことにした。

 父と警察署の署長、二人の刑事が外に出て会話をしている。普段であれば聴こえないようなものだが、その日は何故かしっかりと聞き取る事が出来た。


『現場に残された足跡は拉致に関わった者達の者で、それ以外は古すぎて判別の付かないものでした』

『殺されたのが拉致監禁の誘拐犯とは言え、この町でここまで凄惨な事件は前例がありません。

 誰一人として目撃者も居なければ生存者もおらず、証拠も無ければあの惨状を引き起こすような凶器が思いつきません』

『署長に聞いたのですが、凶器は鋭利な刃物でおそらく日本刀なのではないという話しでしたが?』


 曖昧な記憶の中の兄が振り回していたのは日本刀ではないが、刀のような何かだったと思う。

 しかし、兄の足跡は無かったという。やはりあれは夢か何かだったのだろうか。


『成人した男性一人を縦に割る事が出来る日本刀なんて入手手段が限られます。その手の筋を当たっていますが、職人が言うには人を何人も斬って刃こぼれしない刀なんて今の時代では難しいそうです。

 最低でも大業物を達人と呼ばれる者か、戦国時代の侍が振るいでもしない限り、まず不可能です。

 既にそのような人物たちの行動の裏は取れておりまして、可能性はないという状況です』

『我々警察は、凶器を刀に限定せずに捜索を継続しますが、このような現実離れした状況ですが、真相の解明に全力を尽くします』


 二人の刑事と署長の声がしなくなり、遠のいて行く足音に帰ったのだと気づく。

 何故、ここまでの音が響くのだろうかと思ったが、病院という場所はそういうものなのだろうと納得することにした。

 一息、ようやく落ち着いて息を吐き出す。

 面会謝絶の看板が吊るされている病室に、家族以外の者が入ってくることはこれ以上なく、落ち着くことが出来る。


『そうだ、良祐(りょうすけ)流哉(りゅうや)に連絡したら帰ってくるって返事があったわよ。

 もう三日も前の話しだから、実際にはもう帰国しているのだけど、さっき連絡したからもうそろそろ来ると思うわよ』


 母親の突然の言葉に兄が助けてくれた時の光景がフラッシュバックする。

 現実離れした光景と兄の姿は夢だと思っていたが、帰国してきたというのであればやはり夢だったのだろう。


『大変な目に合ったようだな』


 病室の扉を開けて入って来たのは兄で、数年ぶりに遭った兄の姿は夢で見た姿に非常に似ていた。

 なんで。それが率直な感情だった。


『何も心配せずに今はゆっくり休め。また目覚める時にオレはここに居ないと思うが、オレはいつも良祐(りょうすけ)の無事を祈っている』


 その言葉に安堵したのは確かだ。再び眠くなり、そのまま意識を手放してしまった。

 再び目が覚めたのは二日後の事で、兄はその場に居なかった。


 その後退院し、しばらくの間日常に警察が派遣してくれたボディーガードのような人たちも居たが、ソレも一ヶ月もすれば居なくなった。

 そして、宇深之輪の町には一つのニュースが流れることになった。その内容は『ジンダイの息子を(さら)った誘拐犯グループが何者かによって惨殺(ざんさつ)された殺人事件に発展した』という内容。

 警察がいよいよ目撃情報が無いかということを市民へ広く問いかけが開始したのだ。

 良祐も暫くの間は色々と聞かれたが、ソレも数ヶ月の時間の経過と共に興味の矛先が変わっていき、聞かれることも事件のことをニュースで聞くことも無くなった。


 一つだけ、町に残った噂話を除いて。

 宇深之輪の町には今も魔女の意思が宿っている。彼女が愛した地を汚すようなことをすれば、相応の結果を以て自身へと降りかかる。

 そういう噂話が、宇深之輪の町に住む者たちの間で広まった。


今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。

流哉のただ一人の弟から見た姿を執筆しました。

神代という家が、宇深之輪という町で特別扱いを受ける背景に触れております。

主人公の流哉は『良い人』ではありません。

殺人に快楽を覚えるような落伍者ではなく、好き好んで手を汚している訳ではありませんが、一度決めた判断を戸惑うことも躊躇することもありません。


今回の話しで今の小タイトルは終わります。

次の話しから新しい小タイトルへの切り替わりです。


お読み頂き、ありがとうございます。

読者の皆様へ筆者からのお願いがございます。

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