18. 倫敦の魔法使い『その拾捌』故郷からの連絡
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い、ジョルトの探索パーティーへ誘われる
・ジョルト⇒世界に残された数少ない魔法使い、イタリア人、流哉を自身の探索パーティーへ誘う
・立花⇒宇深之輪大学の教授。流哉とは浅くない付き合い
ジョルトとの話し合いを終えて、ギルドの本部から出た時に、
「リュウヤに電話したけど出なかったから、またスマートフォンおいて出歩いていると思った」
と言われ、持っていると見せる為に取り出したスマートフォンは充電が切れていた。
ジョルトが笑いながら貸してくれたモバイルバッテリーにスマートフォンを繋ぎ、充電が完了するのを待つ間、待ち合わせた喫茶店で時間を潰すことにした。
「それにしても、完璧のように見えるリュウヤにこんな弱点があるとはね」
「目覚ましか時計の代わりって認識なんだよ。むしろコイツのせいでドコに居ても捉まるから、わざと自室に置いて出る時もあるくらいだ」
「それじゃあ携帯電話としての意味がないだろう」
ジョルトが呆れたと言いたげな表情で言う。この話しをする度に話した相手からそう言われるのは腑に落ちない。
ドコに居ても連絡が取れるというのは便利である反面、少し窮屈な思いをすることになるようだ。
「……仕方ないだろう。最初の頃は便利に感じたが、こっちの都合も考えずに面倒事を押し付けて来る連中が居る今となっては鎖に繋がれたような気分になる」
「誰にでも連絡先を教えるからそうなるんだ。面倒だけど、今の端末を仕事用にしてオレのようにもう一台新しく持つか、一度解約して契約しなおすか、そのどちらかだろうな」
なるほど、連絡が頻繁に来るのなら別にもう一台スマートフォンを持てばいいと。
何を言っているのかさっぱり分からない。
二台もスマートフォンを持ってしまえば、余計に面倒なことになりかねない。今までスマートフォンを持っていなくて不便と感じたことは無い。
「そんな面倒なことをするか。むしろスマートフォンを持つ前に使っていた方がまだ楽だったぞ」
そう言い、実物を見せる為にある程度充電がされたスマートフォンを起動させる。
「なんか通知が多いな」
スマートフォンの表示された画面には電源が入ったことにより受信されて無かったメールがなだれ込んでくる。
電源が入っていないという事で電話をかけても繋がらず、そう言った連中がメールを送ってきている。
「話しの途中ですまないが、さきに電話をかけるよ。
日本に居る一般人で、隠れ蓑に使っている所からの連絡だ」
「リュウヤの生き方だから否定するわけではないけれど、二重生活の方が余程面倒じゃないか?」
ジョルトの指摘は正しい。魔法使いはその悠久に等しい一生を自己の研鑽の為だけに使うのが一般的だ。
辺鄙な地で一人だけで過ごすモノも居れば、連盟を利用し地図から消した場所でというモノも居る。ジョルトもギルドに所属する代わりにその身分保障を利用し、世界中を放浪している。
何にも縛られず、自由を謳歌するのが魔法使いの基本であり、流哉のように表の世界に自身という存在を残している方がイレギュラーなのだ。
ジョルトの言葉に『まあな』とだけ返し、電話帳のアプリからメールを送って来た人物を探し、タップして通話を開始する。
『神代くんですか?』
「ああ、何度か連絡を貰ったみたいだな。スマートフォンの電源が切れていて出られなかった。
あまり時間が無くて悪いが、要件を聞こう」
テーブルの上に手帳を開いてメモを取る用意をする。
通話の相手は立花楓。
ここまで頻繁に連絡を取ろうとして来たのだ。特別な要件でなければ、そのまま通話を切る。
『それでは手短に。高校側との話しが済んで、キミの要望が通った。
全ては無理という向こう側を言い包めるのには正直骨が折れたけど、全ての要望が通りました』
正直耳を疑った。流哉としては飲むわけがないだろうという程無茶苦茶な要望を出したと自負している。
「まさかあの条件を飲むとは……正直なところ驚いている」
『来年までのあくまでも繋ぎとして人員を大学側から貸し出すというだけであること、問題を起こした教員の不始末は高校側が対処しなければならないということを主な論点にしたからね。
そもそも、困って助けを求めて来たのは高校の管理をしている側であって、それを僕へ丸投げした学長の首は飛ぶことが決まったというのも大きかったかな』
助けを求めた側がアレコレと注文できる立場にないのは当然のことだが、それでも流哉の条件を全て飲んで借りるよりも、新たに人員募集を夏季休暇中の間にすれば良かったのではないか。
「まぁ、ご苦労だったと労っておくよ」
『それで、早速今後の予定を詰めたいところだけど、ロンドンに居る君と取れる唯一の連絡手段が機能していないとね……』
「それに関しては完全にコチラに非がある。忙しさにかまけて充電をするのを忘れていた。
スマートフォンを使っても良い場所が限られているというのもあるが、電源が落ちている事に気づきすらしなかった」
そもそも、連盟の本拠地で電波が通っている場所の方が少ない。しかも明日から潜ることになっている遺跡の中では電波など通っている訳がない。
このまま充電切れに気付かずに遺跡へ入っていたら、連絡が付いたのは何日先になっていたか。
『向こう側から顔合わせを打診されたけど、イギリスへ研修に行っていると誤魔化しておいたよ。
帰国するのも大学が始まる頃になるだろうとだけ伝えて、予定を組むのはその頃でと返事をしておいたけど、それで良かったかい?』
「ああ、助かったよ。一週間の内にと言われても対応は不可だったし、明日以降しばらく連絡がつかなくなる」
『連絡が出来る状況になくなるという事かい?』
「明日から暫く遺跡の中だ。ギルドからの依頼で潜ることになった。
万に一つの可能性だが、予定通りに出て来られない場合もないとは言えない」
遺跡という場所は安全が確保されていると勘違いしている者は多い。
ごく浅い表層であれば大きな問題が起きたことは今までにないが、それがこの先も保証されているものではない。
深く潜る程に危険は増し、潜った先の階層で変動が起きる事は珍しくなく、最悪の事態として想定されるのが別の遺跡へ転送されることだ。
魔法使いだから、何度も潜っているから、そんなことは安全を保障することにならず、帰還が叶わない者も珍しくはない。
魔法使いはそもそも自身の危険と遺跡へ潜ることを天秤にかけ、そもそも潜らない選択をする。経験豊かな探索者だけは変動や転移といった不慮の事故に遭うことになる。
『遺跡か……本当に帰国するのは夏季休暇の終わり頃になると思った方が良さそうだね』
「そうだな。帰国するのは本当にギリギリになると思っていて欲しい。
不測の事態になった場合は更に遅れる可能性もある。こればっかりは保証できないし確約は出来ない」
謙虚でも、自信がない訳でもなく、ただ事実を述べているだけに過ぎない。
流哉単身であれば確実に決められた期間内に帰還することは可能だ。どのような不測の事態に遭遇し、巻き込まれたとしても、確実に帰還する為の手段はある。
その手段を使うとすれば共に潜るジョルトとその同行者が確実に死んだと確信を持てる時で、その場に生命体が存在しない時だけだ。
他の誰かに知られる訳にはいかず、その瞬間を見られる訳にもいかない。そう言った緊急の脱出手段であれば流哉は用意してあるし、恐らくジョルトもそれに近い手段を持っているだろう。
『分かった。高校の方は僕が何とかしておく。
連絡は付いたけど、向こうの大学との調整もあるから最速でも大学の夏季休暇の最終日までは帰国できないという事にでもしておくよ』
「先に言っておくが、貸しにはしないからな。遺跡から無事に帰る事でも願っていてくれ。
それにしても……どうしてこうもオレの所へは厄介ごとばかり来るんだろうな。
女神からの祝福なんて言う最上級の呪いを受けているのにも拘わらず、アレもコレもと細々した面倒事が絶え間なく押し寄せて来る。オレは余程面倒な相手に呪われているんだろうな。
詳細はメールで送っておいてくれ。目を通すだけの時間がオレにあるのかは疑問だが」
皮肉を込めて返答をし、詳しい取り決めをメールで送るように伝えて通話を切る。
まだスマートフォンの充電は完了していない。どうせ立花からメールを送られて来たのを確認したら、また物言わぬ機械の板に戻るのだが、それまではジョルトのモバイルバッテリーを借りている必要はある。
「今度はいったい何があったんだ?」
「ああ、オレが連盟で魔術師相手に講師の真似事をしていたのは覚えているだろう。
ソレを今度は日本の一般人相手にする事になったんだ。よりにもよってハイスクールの連中を相手に、一般的な学問を教えなきゃならん」
「リュウヤは面白そうなことに巻き込まれているな。
オレならどこか一ヶ所に縛れるのは好かないから、今のようにアチコチ巡っている方が性に合っている」
別に、流哉自身が好きで面倒事に巻き込まれている訳ではない。
魔術に関わりのない高校生を相手に学問を教えるなど、どんな拷問かと聞き返したくらいだ。
教師の真似事が出来ないのかと問われたので、売り言葉に買い言葉で出来ると言ってしまった。
無論、出来るか出来ないかで言う話しであれば、その役割を果たすことは出来る。しかし、好きか好きじゃないかという話しなら好きではない。
「オレだってやりたい訳じゃない。コレも全て連盟のロバートが仕出かしてくれた結果だよ。
ガウルンの一族が連盟の資金を使って勝手に作ったあの部屋を使えなくしてやったのは、アイツが起こした行動の結果だ。
どうしてあの結果になったのか、身の程知らずには分からないだろうけどな」
今頃、どうにかして流哉の放った呪いをどうにかできないかと駆けずり回っている事だろう。
ロバート自身の身から出た錆であると思い至ることなど無いと流哉は確信している。
あの部屋に仕掛けた呪いをどうにかできるのは仕掛けた当人である流哉だけだ。
ロバートが己の過ちを認め、取るべき行動をとった時に、答えは出るだろう。
スマートフォンの通知を報せる音が鳴り、立花からのメールが届いたことを確認する。
モバイルバッテリーを外し、スマートフォンの電源を落として宝物庫の中へ放り込む。
「ありがとう。助かったよ」
「本当にリュウヤのスマートフォンは携帯電話としての役割を果たさないな」
喫茶店で友人とくだらないやり取りをする。
その瞬間だけが流哉にとって最も贅沢な時間を使い方だ。
面倒事の多い日々だが、たまには気の休まる時くらい欲しいものだと思うのだった。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
現在のエピソードタイトルである『倫敦の魔法使い』は予定通りこの話しで終わりとなります。
エピソードの締まりは友人と平和な日常を過ごすという形にしました。
神代流哉という主人公の人間っぽいところを書きたかったという筆者の思いです。
重ねて二週間も告知なく執筆を休止してしまい申し訳ありませんでした。
御詫びという訳ではありませんが、久しぶりにエクストラエピソードを執筆しております。
書き終わり次第になってしまいますので、投稿日の確約を出来ませんが、通常投稿に含めない形で投稿したいと思っております。
コチラも楽しみにして頂ければ幸です。
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