11. 倫敦の魔法使い『その拾壱』虫唾の走る勉強代
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い
・マリア⇒魔術師、連盟の代表を務める唯一の女性
未だに夢に見ることがある。
複数人の首を刈取り、見せしめにし、悪魔を呼び出して封印をした時のことだ。
愉悦と欲望で笑みを浮かべていた表情は絶望に染まり、その表情と思いは流哉に向けられている。
未だに夢で見続けるこの風景は殺した貴族の子供の怨念を封印する為に呼び出した悪魔によって加工された呪いだ。
「怨念なんてものでも加工すれば魔法使いの防御を超えることもある。それの勉強代だと思って受け入れたが、未だに夢で見せ続けられるのは鬱陶しい。
ただ、既に対策は出来ている。呪いであるのならば、跳ね返すか解けば良い」
どのような加工をされようと、人の想いが核になっている以上は対処するのは容易い。
所詮は凡人の抱いた絶望だ。その程度の絶望などとっくの昔に乗り越えている。
「私は直接あの事件を見ていないから、どのようなきっかけがあったのかは知らないけど」
「知りたいか。大して面白くもない話しだが、知りたいのなら話してやるよ」
正直、話していて流哉自身は面白い内容ではない。
一方で、連盟を束ねる立場の一人であるマリアが知らないというのはおかしな話でもある。
連盟に所属している者であれば、詳細まで知らなくとも触り程度であれば耳にしたことがあるだろう。その中で代表の一人が詳細を知らないというのはあまりにも格好がつかないという事は流哉も理解を示すところだ。
「大方、貴族派のフォンが裏で手を回したのだろう。
これ以上話が広まらないように噂話であっても封殺したというところか。大切なお貴族様の評判や積み重ねた歴史に泥を塗ったままにしておくこともできない、そんなところだろうよ。
だから、マリアが真相を知りたいというのなら、当人であるオレは真実を教えてやるけど、どうする?」
あくまでも選択肢の一つを提示するだけ。どのような決定を下すのかは、当人の意志によって行われなければならない。
好奇心の責任は当人によってのみ、贖うことができるからだ。
「フォンが口を閉ざしたのは知られたくないからか、知らなくてもよい事のどちらか。
それなら私は真実を知ることで口を閉ざすかどうかを決めるわ。
たとえ、ソレが私の出自である家にとって不都合な事実であっても」
「そういうことなら、真実を語るとしよう」
思い出すだけでも虫唾が走る。あの忌々しい貴族の話しをするとしよう。
それは祖母が死んで三年の月日が経った頃、連盟で学ぶこともひとまずの落ち着きを迎えたある一日の出来事だ。
「……で、あるからして、魔法陣と詠唱に関して言うのであれば学んでおいて損になることはないでしょう」
日本で学生を続けていれば今頃は中学校へ通っていたはずが、どこでどう紆余曲折したのか新たに連盟の学び舎で魔術を学ぶことになった者たちに教鞭をとる事になっている。
日本の中学には入学式の日以降通った記憶はない。あと半年も経った頃には、卒業式とやらに出る為に一度戻らなければならない。
誰との思い出もなく、一度も通っていない中学へ卒業式の為だけに行くのは、神代という宇深之輪の地を代表する家の出身である為だろう。
表向きは海外への留学という扱いになっていて、卒業式を迎えた後は外国の学校へ通うという事にして、晴れて日本という地から神代流哉という人間の足跡は途絶える。
魔法使いとして生きて行く事を決めた以上、普通の人と同じ時間を歩むことはできない。
「私の名前は流哉・神代。神代の名前を聞いて心当たりのある諸君、正解だ。
魔法使いの系譜で、私自身も魔法使いだ。
特別、何かしらの関りを君たちと持つという予定はないので怯える必要は無い。本日の説明も担当する者が急用の為、代わりを頼まれただけに過ぎない」
神代という名称は、神秘に関わる家系の出自であれば知らない者はいないと言われるほど悪名として轟いている。先代の祖母の名前を聞くだけで震えだす老魔術師も居るのだと聞かされた時は耳を疑ったが、話して聞かせた当人の思い出話しだっただけに笑う事も出来なかった。
「君たちが、どのような思想を持っていようと、どのような奇跡を望もうと、どのような信念を持っていようと、等しくオレには関係の無い事だ。
故に魔法使いとして言葉を贈るのなら、各々の領分の中で好きにしろ」
魔法という奇跡に手を伸ばすのも好きにしろという意味も込めて言う。求めるだけなら勝手にしろという意味だ。
魔法という奇跡をその手に掴む可能性など万に一つもない。それでも求めて手を伸ばさなければその僅かな可能性すらなくなるのだ。
本当の所は、流哉自身の魔法と神代の魔法に手を出さない限りは、わざわざ関わる気などないという意味である。そのことをこの場に居る教師などという役を与えられてしまった魔術師達は理解しているのか、苦笑いを浮かべていた。
「神秘を極めるというのは、深い深淵を覗きその中で価値を見出すことだ。
覗きこんだ穴の奥底からコチラを見つめ返している何かがあることを、ゆめゆめ忘れないことだ」
調子に乗って自滅しようと、慎重になり過ぎて何も成し得なくとも、全ては選択した当人たちの自己責任だ。
もっとも、当代で魔術に目覚めたばかりという新しい血筋以外は、それなりに付き合いのあるところから話しを聞いているだろうし、既に所属する学部も決まっているという者ばかりだ。
新たな世代にせめてもの手向けくらいはやるべきだろう。
「大成してやろうという野望があるのなら、基礎だけはしっかりと修めることだ。
運が良い事に今年の全体基礎を担当する魔術師は非常に優秀な者だ。
何かを成し遂げたいという強い意志があるのなら、学べることは学んでおいた方が良いだろう」
話しを聞いている者などごく少数だろう。中心や最前線、最後尾などの集まりやすい場所にはそれぞれの派閥で固まっている。
隅の方や派閥と派閥の間に挟まるように、居心地の悪そうな場所を確保した者たち位で、派閥に所属する予定の連中は流哉の事を値踏みするような視線を向けて来る。
何を考えようと、何を企もうと、無駄であるといつになったら理解するのだろうか。
その答えは神のみぞ知るという事なのだろう。
「オレからの言葉は以上だ。君たちと関わり合いになることは無いと思うが、長生きをしたければ選択を誤らないことだ」
意図的に自身へかけている枷を緩める。漏れ出す魔力の量は増え、垂れ流しになるのは癪だが、格の違いを分からせるのにこれ以上簡単な方法はない。
これ以上話すことは何も無い。
他の教師となる魔術師達の列に戻る。皆、化け物を見るような視線を向けて来るが、それには既に慣れた。
新たに学ぶため連盟の学び舎の扉を叩いた魔術師達は、先輩となる魔術師や所属することが決まっている学部の者、親の世代以上前からの付き合いのある派閥から各々情報を集めることが終わった頃、学び舎の新入生を出迎えた日から二週間程度が経過した。
未だに連盟内の共有地で誰ともつるむことなく一人で居る者は、新たに魔導という扉を開けた新参者の中で、誰とも交流を持てなかった者だろう。
新たに魔術へ目覚めた者への共通点で、何故か横柄な態度をとるものが多い。魔術という力の特別感に酔っているのか、それとも抑圧され続けた欲望の解放か。
魔術という常識の埒外にあるものを扱えるようになったことで、一種の万能感に浸っているのだろうと流哉は考えている。この一種の病気は自身よりも強者と出会うことで自尊心をへし折られることで治る。
「上には上がいる。それを思い知らせてやるのは先達の務めではあるが、魔法使いがすべきことではない。
まだ何も知らない新米魔術師など、じゃれつくにしても格が違い過ぎる」
周りで憐れみの視線を送っている魔術師の中の誰かがその役を担うだろう。
談笑している魔術師は学び舎へ通って二年目以降の少し余裕のある者だろうが、そうであるならば所属している学部の教師の手伝いを率先して行った方が良いだろう。
単位が欲しいのであれば。
「アイツ等がそのような気の利かせ方を出来るかは疑問だが、あの若き魔術師を私の教室へ連れてきた学生には評価で良をくれてやる。それ以外の連中には不可の評価をくれてやる」
魔法連盟において伝承科を担当する魔術師の嘆きを聞きながら、今は楽しそうに談笑している学生たちの期末での単位は絶望的であることは間違いない。
伝承科というのは非常に単位を取得することが難しい事で有名な学問だ。実戦経験を積みたいと考える魔術師には不人気で、派閥付き合いの無い者くらいしか所属はしない。
「今年も人手不足は変わらなそうだな」
たまたま会った伝承科の教師に付き合わされたことへの嫌味を言いつつ、荷物運びに付き合う。
一応、伝承科は流哉自身も学ぶ為に席を置いたことがある学科だ。多少の縁もないことはない。
「君が最後まで居てくれれば少しは人気があっただろうか」
「オレが最後まで所属していたら、誰も寄り付かなくなっていましたよ。
魔法を求める者だけは集まるでしょうけど、オレが魔法を与えることは無いと知れば言いたい事だけを言って去っていくでしょう。
魔法に手を伸ばすのは勝手だが、魔法使いから与えられると思っているのなら、魔法という奇跡は諦めた方が当人の為だろう」
魔法という奇跡を求めれば簡単に手に入ると思っている魔術師は思っていた以上に多い。
魔法使いの系譜であっても、魔法という奇跡を手にする為に他者よりも多くのものを犠牲にしている。
流哉自身、話して聞かせる程度の苦労であれば子供の頃に経験済みだ。魔力の通り道である回路を開く為の言葉にし難い激しい痛みも、魔力の操作ミスによる回路の暴走も、魔術の失敗で生死の境をさ迷ったことなど笑い話にもならない。
人としての倫理観を培わなければならない期間に、人を捨てる準備をしていた。魔法を継ぐというのは相応の犠牲と、魔法へ至らなかった時に取り返しのつかない時間と労力を注ぐ。
魔法という奇跡を継げずに精神を壊した者の話しなど珍しくもない。
「君自身、家の魔法を継げなかった。それでも魔法に至った正真正銘の傑物だ」
「……地雷を平気で踏み抜くとドコで恨みを買うか分からんぞ。
オレは神代の魔法を継げなかったが、それは決められた運命だったと今では納得している。
祖母から託された魔法は、時が来れば自ずと答えが分かるだろう」
赤の他人であれば殺していた。それ程に祖母の魔法を継げなかったというのは流哉にとっては触れて欲しくないことだ。
気に食わない魔術師、傲慢な貴族連中さえも、身の程を知らない。
その内に、何か大きな出来事に巻き込まれるのかもしれないが、そうなったらそうなったところで別に構いやしない。
身の程を弁えずに神代の魔法に手を伸ばす者には等しく絶望をくれてやろう。
他愛のない会話をしながら伝承科の教室まで資料を運んだ。
この時は、まだ本当に面倒事に巻き込まれるとは微塵も思ってはいなかった。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
流哉が魔法連盟の学び舎で過ごした一幕です。
前回の話しからの続きで、前々回の断頭台で紡によって語られたエピソードを深掘りする形になります。
流哉が断頭台と呼ばれるようになった原因の前日譚が今回の話しで、断頭台と呼ばれる気かっけとなった日の話しが次回になります。
次回を楽しみにして頂けたら幸いです。
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