4. 倫敦の魔法使い『その肆』アストライアーの天秤
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い
ジョルトと刀堂の墓参りに行った翌日。流哉は連盟の本部内にある一室に居た。
連盟本部の地下にある一室。奇しくもこの前呪いを巻き散らかして使えなくした連盟の代表達用の一室の真向かいというのは嫌がらせなのだろう。
そもそもロンドンの地下深くにある建造物で地下とはどういう事なのだろうな。
「それで、こんな場所に呼びつけるとはどういった要件だ?」
机に肘をつき、頬杖をついたままこんな場所へ呼びつけた当人を睨みつける。
「君とロバートを合わせるのは良くないという我々の判断だ。
君と我々の間で交わした約束を勝手に破ったのは素直に謝る。だが、そうだと言ってロバートを殺されても困る。
それに、これ以上この場所を使えなくなるような事態にされても叶わない」
連盟の代表の一人、魔術師達の代表も務める老体。フォン・クロイツは言葉とは裏腹に悪びれた様子も無く流哉を真っすぐに見つめて来る。
魔力の量も、質も劣る相手。魔法という奇跡に届くことはない者。
それがフォンという魔術師に対する流哉の評価だ。
神秘を解き明かし、人の手が届きうる領域へ魔法を堕とし管理しようとする姿勢は祖母から伝え聞く昔の姿から変わっていない。
良くも悪くも魔術師であり、それ以上になることはなくそれ以下でもない。
「お前たち魔術師の都合に付き合う必要がないってことは分かっているよな?
そもそも、先に噛みついてきたのはお前達だ。初代の才能の十分の一も継げなかった出来損ないのクセに難癖をつけるのだけは一人前だ。
お前たちが万能の如く謳う魔術と、我らが担う魔法。同列に扱うなど烏滸がましい。
ハッキリ言うが、お前たち魔術師とオレたち魔法使いとでは格が違う」
無表情を貫いているつもりなのだろうが、表情の所々に動揺の色が見える。
フォンという老人に流哉へ立ち向かうだけの覚悟はない。言葉を口にしないのも、その節々から心の内側を見抜かれると思っているのだろう。
少なくとも、いつも通りのフォンで無いのなら心情を読み解くことくらい用意だ。
「魔術は所詮どこまで行っても魔法の下位互換に過ぎない。不可能を可能にする奇跡を魔術では成し得ない。
魔法という奇跡に憧れ、欲するだけで手を伸ばし足掻きすらしない。最初から土俵にも立たず、立とうという気概もなく、奇跡を手にしたものを羨み妬むだけのお前たちにオレは価値を見出さない」
フォンの表情が変わる。隠せない程の動揺を与えたとは思っていなかったが、どうやら想定以上に警戒されているようだ。
別に連盟と敵対することになったとしてもどうでも良いが、ソレをきっかけに担ぎ上げられるのは面倒だ。
「……まぁ、安心しろ。わざわざ旗印になるつもりも無ければ旗を自ら振る気もない。
だが、お前達と敵対しても構わないと思う程には腹に据えかねているのも事実だ。
連盟の代表者にして魔術師達の代表であるフォン・クロイツに問いかける。
どういう決着が望みだ?」
この問いかけに深い意味は特にない。迷惑をかけたのはお互い様だから、どのような妥協点を設けるのかという問いかけだ。
しかし、フォンにとってはそうでも無いのかもしれない。老練な魔術師であっても魔法使いと言う化け物を相手にして、いかに敵対しないように決着をつけるのかと思案しているのかもしれない。
流哉としては忌々しいガウルンの血筋を根絶できるのであれば他に何かを望むことはない。
「連盟が保有する魔導器の内、ツクヨから譲渡されたものを差し出す。それでロバートの罪を許して欲しい」
これまでかけられた迷惑を道具で清算したいという申し出。本来であれば考えるまでも無く拒否するところだが……
「オレはその申し出を受け入れても良いが、その判断は連盟の代表としての判断か?
アンナ奴の為にオレへの絶対交渉権を使っても良いのか?」
連盟に所属する者たちの中で絶対の禁忌とされていることが流哉に対して『神代月夜』の遺品を渡すように請求すること。代わりに彼女の遺品を渡すことを条件にすれば、普段であれば検討にすら値しない頼み事であっても聞くことはある。
連盟からの無茶な依頼を聞くのはその対価に祖母の遺品を受け取るからだ。
「祖母の遺品はオレに対して最も有効な手札のハズだ。連盟にとって、オレに無理難題を押し付けられる数少ない機会を手放すという事を理解しているか?」
流哉にとってはいつか回収する予定だったもの。それが早いか遅いかというだけの話し。
一気に返してくれるというのであれば、下手に藪をつつく必要は無い。
「それで構わない。ツクヨから譲り受けていたものはいずれ帰るべき時に正しいところへ帰ると言われている。
帰るべき場所というのは自身の後継者の事だろう。仮に帰るべき場所というのが君の元じゃなくても、君への交渉材料として使える内に使うべきだというだけに過ぎない。
それに、君がロバートに価値を見出せなくても、魔術師にとって彼の血筋には価値があるのだ」
普段の言葉づかいではなく、長い時を魔術師として生きてきた者のものだ。
目の前に居るのが常識の埒外にいる化け物だと分かっているだろうに、それでも自身は対等であると威嚇する。
滑稽だと言い切ることは簡単だが、この老骨にそこまでさせるほどの価値がガウルンという家にはあるのかと興味はある。
「そこまでの判断をするに至ったお前たちに敬意を表し、その提案を受け入れよう。
ただし、今までの事に関する部分だけだ。この先の、未来に関する部分までは保障の範囲外だ」
「それで構わない。魔法使いが一度決めた事を撤回させるのに、これ以上を望んだとしても差し出せる対価がコチラには無い。
運命を変える為には相応の対価が必要だ。それが死の定めを変えるというのであれば、この身、この命を差し出したとしても足りないだろう。
運命を覆すことができるのは、その運命を握っている者か、それ以上の奇跡を持つモノだけだろう」
流哉はフォンの考えに共感は出来ないが理解は出来る。
運命を変えるというのは別に魔法使いでなくても可能ではある。そもそも運命に抗って魔法に至るなんてケースも過去にあったと記録がある。
自身の全てを賭して定めを打ち破るというのは英雄の時代では有り得たことだと宝物庫の中で暮らすモノたちから聞いている。
流哉から見ると、現代を生きる魔術師は運命に立ち向かうだけの覚悟も力量も足りない。
「ならば、フォンの気が変わらない内に契約を交わすとしよう。
絶対の公正をオレは保証し、そちらには嘘を禁じる」
連盟から奪い取った魔導器、『アストライアーの天秤』を取り出す。一切の汚れのない黄金の天秤は正義の光を纏うと謳われ、光の反射ではなく天秤そのものがもつ威光によって輝きを放っている。
アストライアーの天秤の上に互いの損益を秤に乗せ、絶対の平等を保障する。
「君が天秤を持つことは正しい事だったのだろう。不平等な契約が横行していた連盟内に一定の秩序をもたらした。
アストライアーが託すに相応しい人物を待っていたのかもしれない」
フォンはそう言うとアストライアーの天秤に手をかざす。対面する流哉も同様に天秤に手をかざし、起動させる為に魔力を送る。
アストライアーの天秤は魔力を得ることで輝きを増し、設置した机より浮かび上がる。
「魔導器の譲渡と引き換えにロバートの罪を」
「報復の放棄の代わりに魔導器を」
黄金に輝くアストライアーの天秤、その両皿の上に小さな火が灯る。種火は灯火へと変わり、天秤は揺れ動く。
条件が揃った事でアストライアーの天秤はその真価を発揮する。能力の対象者を中心に星座を中心とした宇宙のような異空間を展開し、光と星で形成された巨大な天秤が現れ、それぞれの立ち位置が皿の上になる。
展開される星座は女神アストライアー、光と星の天秤は彼女の持ち物。天秤が釣り合うように調整をする正義の番人の下で行う契約は、いかなる不正も許されない。
流哉とフォン、それぞれの重さで天秤は揺れる。
流哉を乗せた天秤が徐々に沈み込んでいく。フォンが手放しても良いと考えている魔導器では求める内容に釣り合わないと天秤は示す。
アストライアーの天秤そのものが何度か輝き、その都度にフォンの皿が徐々に沈む。何度輝いたか分からない天秤が釣り合う時には、フォンの表情は苦しいものになっていた。
「君からの譲歩は高い買い物になった」
「対等ではないのだから当然だろう。これでも十分譲歩はしているつもりだ。
アストライアーの天秤を使わなければ代償はもっと高くついただろう」
アストライアーは正義を司る女神だ。争いや生死をかけたものに関しては厳しい判断をされる。
それが所有者であろうと関係なしに正義に反すると判断されるかどうかだけだ。
「女神アストライアーに感謝することだ。オレも今回ばかりは頭に来ていたから、どのような条件を提示されたとしてもロバートを殺すつもりだった。
唯一、祖母の遺品に関してだけはオレから譲歩を引き出すことは可能だろう。それでも連盟が所有している魔導器の大半を差し出さなければ、オレが条件を飲むことはなかった。
アストライアーは正義の神だ。オレが殺人という罪を犯すことを嫌っているからこそ、最大限の譲歩を引き出したのだろう」
フォンが想定していた代償では、流哉の譲歩を引き出すことは出来ないと判断したアストライアーが天秤を動かした。
アストライアーは平等であり、自身が嫌うものであったとしても、釣り合わない条件を是正しないという事はない。
「天秤は釣り合った。これで契約は成立したわけだが、引き返すのなら今の内だ」
「私は一向に構わない。むしろ今の内に成立させておかなければ機会を逃しかねない」
フォンは良く流哉の事を知っていると思った。この老人が言う通り、『一度持ち帰ってから検討を』などと言い出そうものならば、流哉は躊躇なくガウルンの血筋を絶やす為に動く。
連盟に預けてある祖母の遺品は気を見て取り戻せば良いだけの話しで、確実にこの手で始末をつけられる機会を逃すほど甘くはない。
「なるほど。まあ、今回はそちらに花を持たせるとしよう。
祖母の遺品を回収できただけでも良しとしておこう。欲張り過ぎては身を滅ぼすと連盟の代表が教えてくれた訳だからな」
最大限の皮肉を込めて言う。身を滅ぼしそうになっているのはロバート・ガウルンであり、譲歩をしたのは流哉の側だ。
貸し借りなしと言えば成果があるように聞こえるが、内情を知る者からすれば大打撃も良いところ。決して連盟の代表者意外や連盟の外部に知られる訳にはいかない爆弾を抱えたに等しい。
「アストライアーよ、契約の締結の前にオレの天秤に乗せたい条件がある。
オレの掛け金にこの取引に関して口外することを禁じること乗せる。
この条件を追加することで天秤の重さの調整をする必要は無い」
天秤の本体が僅かに揺れる。追加される条件が片一方にのみ有益を発生させることを天秤は許容することはない。
「この取引に関してオレの口から洩れることはない。仮に漏れ出たとしたら、それはオレではなく連盟側の問題であるという証明になる」
自身の為であるという一言。それで天秤の釣り合いは取れた。
後々に渡って連盟の問題に巻き込まれるというリスクを避けるという流哉にとってのメリットを明確化することで双方に利益があると天秤は判断する。
「騒ぎを起こしたくなかったらフォンも誰にも語らないことだな。
少なくとも、オレを巻き込まないで欲しいものだ」
釣り合いのとれた天秤は役割を終え、星の輝きも消え、流哉の手に舞い降りる。
宝物庫の外に長いこと出しているとドワーフ達が五月蠅いだろうからさっさとしまいこむ。どうせ後で宝物庫に顔を出した時に説明を求めて詰められるのは決まっているけど。
「契約の代価を用意させる。数日の時間が欲しい」
「その必要は無い。契約が成立した以上、支払いの停滞は許されない。
天秤の力により、代価に設定した代物は今、この場に召集される」
フォンの申し出を断り、天秤の効力が発揮される。
流哉の目の前、頬杖をつくだけの役割を果たしていた机の上にアストライアーの紋章が浮かびあがる。
「指輪にピアス、ネックレスに食器類か。祖母の遺品整理で見当たらなかった品々に間違いない。
オレの為に祖母が手放した品々だ」
紋章の中に徐々に物が溢れ出て来る。祖母の部屋で見かけた品々で、実際に身に付けていたのを見たこともある物ばかりだ。
その中から白銀のピアスとイヤーカフの組み合わせを拾い上げて右耳に着ける。
祖母のピアスは女性が身に付けることを想定したデザインの物も多く、一つしかない物はだいたい右耳用だ。
「祖母が良く身に付けていた『月の雫』という銘の魔導器だ。連盟の代表者であるフォンはその能力を知っているだろう?」
「月の満ち欠けに応じて月の魔力を溜めると伝わっている。正しく使えているものは居なかった。
連盟の保管庫より貴族の誰かが持ち出していた品物だ」
連盟の外に持ち出されていたことは手に取った瞬間に分かった。物の記憶を読み取る魔術は習得済みであったし、他者の手に渡った物や初めて手にする魔導器には必ずその魔術を行使することを決めている。
祖母の耳飾りから読み取ったのは、傲慢で虚栄心の塊のような典型的な貴族の女性の姿。物の価値も分からないような奴が見栄を張る為だけに祖母の遺品を身に付けたという事実は心底腹立たしい。
「祖母の遺品を汚されたのは業腹だが、こうなったのはオレ自身が未熟であったことが原因だ。このことでフォンを責めるつもりも貴族を皆殺しにする気も無いよ」
フォンの緊張が少しだけ緩んだ気がする。神代月夜の遺産を流哉が嫌っている貴族の手に渡ったことを責められると思っていたのか、それとも大切な貴族の血筋がまた一つ消えるかもしれないと危惧していたのか。
どちらにせよ、この耳飾りを虚栄心で身に付けた貴族の先は短いだろう。
流哉の右の魔眼が見せる未来視の一つに貴族を殺している自身の姿が映っている。
「まぁ、この先のことまでは保証しない。
コレは連盟に対する忠告だ。貴族の血筋とやらがそれ程大事であるならば、手綱をしっかりと握っておくことだ。
オレは襲われて抵抗しないなんてことはない。報復しようと思うのなら死ぬ覚悟をもって来ることだと伝えておくことだ」
流哉は別に貴族の全てが馬鹿で命知らずの無謀な連中だとは思っていない。
関係は敵対関係だとハッキリと言える相手で貴族派にいる同年代の女傑は、選民思想の持ち主で貴族主義の気に食わない相手だが、その地位に見合うだけの責任を持っており、能力さえ示せば出自を問わずに起用する懐の深さを持っている。
確かな功績を持っている相手の言葉であれば、流哉も無視はしない。気に食わないのは変わらずにあるが。
「忠告が無駄になるかどうかはそちら次第。オレは襲い掛かってくるゴミを始末するだけの話しだ」
「そうならないことを願っているよ」
フォンが立ち去っていくのを見送り、机の上に積み重なった魔導器の整理を始める。
面会の予定はフォンだけではない。見知った顔の奴もいれば、何処の誰かも知らない奴も居る。
過ぎた奇跡は知らない方が互いの為だろう。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
流哉が所有している天秤の形をしている魔導器は二つあります。
ひとつは以前の話しで登場した白黒の天秤である『地獄の門』、もう一つが今回の話しで登場した『アストライアーの天秤』です。
月夜は流哉に役目を継がせると判断した時から未来へ向けての準備として多くの根回しをしています。自身の所有物の中で手放しても大きく影響のない品を渡しています。
貴族派に居る女傑は折を見て登場させられればと考えています。
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