11. 流哉の魔法『その拾壱』魔法使いは旅立つ・前編
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い
・立花楓⇒宇深之輪大学で民俗学を教える教授、紛争地で活動をしていた魔術師くずれの傭兵
・新山由紀子⇒宇深之輪高校の教師
・燈華⇒魔術師見習い、魔法へ至る修行中の身
・紡⇒世界に残された数少ない魔法使い
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。
立花楓の研究室、来客用の少しだけ質のいいソファーから立ち上がる。一呼吸おいてコレからの行動経路を流哉は頭の中で描く。
帰り道は影に潜る魔術を用いて最短距離を駆け抜け、紡の館に着いたら連盟の窓口に連絡を取り飛行機のチケットを用意させ、ほどほどの大きさのトランクに荷物を詰め込んで、簡単に説明をして出発する。どこかで滞ることさえなければ数時間後には空の上だ。
「大変だね、君にしては慌ただしい。君の魔法でどうにかすることは出来ないのかい?」
「オレの魔法は空間跳躍でも時間旅行でもない。魔法だから何でもかんでも不可能を可能とする訳じゃない」
「僕としては、君の魔法はソレに近しいことを出来ると思っているけどね。複数の貌を持つ魔法と噂される君の魔法なら不可能だって可能とするだろう」
立花が流哉の魔法に興味を持つとは珍しい。今までに一度だってそんなことはなかった。
由紀子という一般人がいる中で魔法に言及するという事は、流哉の魔法を弱めるか貶めることが目的であると勘繰られることは百も承知であろうに。
何が目的なのかは知らないが、その程度の小細工でどうにかできるほど軟な魔法ではない。
「お前たち魔術師は百の貌を持つだの千の姿を持つだのと色々言ってくれるな。その程度で計れるほどオレの魔法は浅くない。
魔導とはそのモノが歩き刻んだ足跡だ。後を追うことは出来ても同じ足跡は辿れないものだ」
立花の研究室に設置してあるソファーの影に沈む。
一般人の由紀子が見ているが、既にアレコレと喋って聞かせているので今更魔術の一つや二つ見せたところで何も変わらないだろう。
「オレはもう行く。後処理とオレの退館処理は頼んだぞ」
置き土産同然に言伝を残して流哉は影の中へと潜り込んだ。
立花の言葉通りならある程度のセキュリティーをしてあるということだが、影の中を移動する魔術に対するカウンター術式は設置してないようだ。
この町の何処に居ても感じ取れる紡の魔力を探知し、その付近へと影の中を跳躍する。
影から影へと移り跳躍する『影渡り』と呼ばれる古の魔術は今となっては滅んだとされる術式だ。流哉自身が遺跡から発掘した古代の魔術書を解読して会得した魔法に届きうる可能性。
紡の館の中へは影を伝って直接入ることは不可能。
立花の研究室と紡の館。どちらも侵入者を防ぎ欺くための防御術式を張っていることは同じだが、決定的な違いがある。
生きて帰れるか帰れないかの違い。魔法使いの張り巡らせる防御術式は、あえて一ヶ所だけ向かい入れる用の穴を空けておき、誘い込まれた得物を刈り取る為の罠を設けておくだけ。
外敵を阻む術式は一ヶ所だけ急所を設けることでその強固さが増すという性質を利用し、唯一開かれた門へ意気揚々と入り込む得物を決して逃さない罠で待ち構え、罠にかかった得物を全て利用する。
魔術師が防御術式を組み上げたとしても同じ結果にはならない。侵入者を阻む為に防護の結界は全体を覆う為に脆く、魔法使いの術式を真似たとしても同様の結果を得るには至らない。
「これ以上先へ踏み込むと紡の術に引っかかるな」
紡の防護結界は自身の館だけにかけているのではなく、館が立っている周囲を広めに囲っている。探知の魔術だけは館の立っている山全体に敷かれているので、山へ踏み込んだ瞬間に彼女にはバレてしまうが、侵入者でもない限りは捨て置かれる。
紡の館からほどほどに離れた朽ち果てた墓地。倒れた墓石の影から抜け出る。
「探知に引っかかるほどの魔力だから様子を見に来たのだけど、随分と慌ただしいお帰りね」
墓地の入り口には紡の他に燈華達も居て、全員で出迎えに来たらしい。
暇なのかと言ってやろうとしたが辞めた。暇なのだろう。
紡が連れて来たという事は、脅威でないと判断した……いや、流哉の魔力の反応だと分かったからだろう。そうでなければ最低限の準備をして対峙してなければ魔法使い以前に魔術師として失格だ。
「オレだとよく分かったな。紡が館の外に周囲意外に敷いていたのは探知の魔術だけだったと思ったが?」
「貴方に指摘された点を改良したのよ。
魔力量を誤魔化しているモノを探り分けること、魔導器の反応を分けて対象をしっかりと見抜くこと、知っている魔力反応を個別に識別することで警戒すべきかどうかを判断できるようにすること。
改良をするのは面倒だったけど、先に手を加えておいた方が後々楽だというのは本当ね。
こうして貴方の反応を直ぐに掴むことができたもの。今までのように鏡を起動させる必要がないというのは楽だわ」
紡の館の中、リビングに位置する部屋に大きな壁掛けの姿見がある。遠く離れた場所からでも紡が敷いた監視の網の内側であればどこだろうと眺めることができる覗き見の鏡、『魔女の姿見』という遠見の術で他に類を見た事の無い紡だけの魔術。
結界内への侵入者が出る度にその鏡を起動させていたのを見て、つい『探知の魔術に手を加えて敷き直した方が楽だ』と口を滑らした。
まさかこんなにも早く改良して敷き直しが終わっているとは思わなかった。
「それで、わざわざ出迎えに来てくれた理由は?」
「丁度みんなでお茶をしていたのよ。その場に全員居て、たまたま貴方が帰ってきたことが分かって、それまで貴方の魔法について考察をしていたから、答えを尋ねるのに丁度いいと思って迎えに来たのよ」
立花に疑問を投げかけられた直後に紡にも同様に流哉の魔法について尋ねられるとは思わなかった。
最近は魔法使いに『アナタの魔法は何なのか?』と問いかけるのが流行りなのだろうか。
「オレの魔法……ねぇ。
素直に答える訳がないと分かっていながら聞いてくるのは構わないが、そんなことに紡が付き合うのは珍しいな」
「あら、私だって貴方の魔法には興味があるわ。
最強の魔法だと謳われるわりにはその全貌を知る者はいない。どんな魔法なのか気にならないと言ったら嘘になるわ」
紡の前で魔法を使ったことはある。連盟に属する魔法使いの大半は一度くらいなら目にしたことがあるはずだ。
魔法使いは自身の魔法を見せることはあるが、どういう魔法であると語ることはない。
「世界を創り、操る魔法。連盟にはそう届けてあるはずだが?」
「その説明だと複数の貌を持つ理由にはならないと思うの。少なくともその世界の素となる何か、他者の心象風景を取り込みでもしない限り不可能だと思うのは私だけかしら?」
他者の心象風景を取り込む、ね。言い得て妙だと思った。
他者の何かを利用して魔法の姿を変えるというのは当たっているが、勘違いしてくれているのならその勘違いを否定も肯定もせず、勝手にそれが正解なのだと思い込ませておけばいい。
「オレは何も言わない。
確かにオレの魔法は多様な姿を見せる。ソレをどう思うのかは見た連中の勝手だ。
オレは、自分の魔法について語らない。それだけが唯一確かな事だ」
紡達とは玄関で別れ、そのまま借りている部屋に直行する。
そう長いこと留守にする訳ではないので、持って行くトランクは大きいモノでなくて良い。ロンドンへ滞在する為に持って行ったモノは家が三件程度入るほどにまで容量を広げたモノを使ったが、今回の旅はそこまでの長期間になる予定ではない。
一番小さなものでも家一軒分程度の容量はある。紡に変な注文をされたとしても大丈夫だろう。
「さて、連盟に呼び出されて向かうのだから偽りを続ける必要は無いな」
立花楓と新山由紀子の二人に『過剰だ』と指摘されたのもあり、魔導器を幾つか外す。
腕輪の形をしたものとピアスを少し外してアクセサリーケース型の魔導器にしまう。
普段から身に付けている最低限だけをそのままにし、ロンドンへ持って行くものをトランクへ放り込む。
「面倒なモノを頼み込んでくれたものだ。
解呪がまだ済んでいない魔導書に遺跡から発掘した正体不明な魔導器、幻想種の各種貴重素材……確かに持っているが、コレを何に使うつもりだ?」
変な魔導書ばかりを集める変人、魔導器を扱う以外に術を持たない友人、貴重素材を湯水の如く浪費する蝙蝠と揶揄される魔術師たち。
流哉に依頼を出し、引き受けさせることが可能なモノたちからの依頼の品を記憶にある限りトランクへ放り込んでいく。
「忘れても宝物庫の中にさえ入っていればどうにでもなるか。この部屋に飾っている魔導書の中には頼まれたものは無いはず」
面白いと流哉が思った魔導書は自室に飾ってある。貴重過ぎる魔導書の本物は宝物庫の中へ死蔵させて模倣品や書き写しの偽物を部屋に飾り、宝物庫に入れるほどの価値がないと判断した物は部屋の賑やかしとして飾っている。
譲って欲しいと頼まれて流哉が手放すのはそういった賑やかしの分類だけ。
「それにしても……ジョルトの奴、アラクネの糸なんて何に使うつもりだ?」
友人のジョルトが譲って欲しいと頼み込んで来た魔導器の中には、既に現世では生息していない生物である『アラクネ』が紡いだ糸があった。
幻想生物に分類される半人半蜘蛛の生物『アラクネ』が紡ぐ糸は、断つために特殊な処理を施した鋏が必要とされる。現代兵器のあらゆるものでは傷付ける事すら不可能で、一定の魔力以下であれば魔術も撥ね退ける。
アラクネの糸の存在を知っていれば、神秘に関わる者であれば誰もが欲するということは知っている。しかし、その程度のものを魔法使いであるジョルトが欲する理由が分からない。
「まぁ、オレがあれこれ考える必要は無いか」
アラクネ達に頼んで一巻きだけ用意した糸束をトランクへ放り込み閉じる。
最後に専用の鍵で回せば他者によって中身を見ることは不可能になる。
トランクを持って部屋の外へ出て、部屋へ備え付けられている鍵とは別の鍵を取り出す。
扉へ鍵を近づけると鍵穴のついた魔法陣が浮かび上がる。
「別に信用していない訳ではないけどね」
鍵穴に差し込み捻ると魔法陣がその動きに合わせて模様を変える。
鍵が正常に起動したことを確認し、そのまま階段を下りる
「どこかへ出かけるの?」
「イギリスの連盟本拠地。この前行った時、本拠地の一部を呪った事への罰だそうだ。
罰と言っても同胞たちが『事の経緯を詳しく聞きたい』って騒いでいるから、その相手をする為に少しの間留守にするだけだよ」
流哉が降りて来るのを待ち受けていたのは燈華だった。休日用の装いらしく余所行きのような派手さや華やかさはないがその分露出が多いように思える。
一緒に暮らす面々の中に男がいるという事を忘れているのではないだろうか。信頼してくれているということなのだろうと思っておこう。
「どのくらいの間行く予定なの?」
「二週間から三週間ってところか。どれくらいの人数が来ているのか正直なところ分からい」
会う予定でいるのは魔法使いが二人、魔術師が五人というところまでは連絡をそれぞれがくれている。
予定している人数だけであれば一週間の間で済むだろうが、そう予定通りにはならないというのが現実だろう。
面倒な相手が難癖付けに来るのは確定だろうし、子息を流哉に殺された貴族どもが懲りずに文句を言いに来るだろう。蛮勇と勇猛を履き違えた奴も例年通りなら絡みに来ることまで予想に入れると、三週間はロンドンから出られないだろう。
「それじゃあ、夏休み中はもう会えないってこと」
「そういうことになる。魔術の勉強をみることも悪いが出来ない。
そういう訳で、紡がこのまま指導して欲しい」
燈華の後ろ、少し離れたところで佇んでいる紡へ声をかける。
「貴方は『時の旅人』を所有しているのだから、それで行き来をすれば良いじゃない」
「残念ながらそれの使用をフォンに制限されてしまった。ロンドンじゃなかったらその手段が使えたが、今回は使えない。
誰が好き好んで飛行機なんて時間拘束を伴う移動手段を使うかよ」
時間も場所も無視して移動する『時の旅人』を所持して以降、あらゆる場所への移動手段として重宝してきたというのに、たかが連盟のエゴが詰まった部屋一室を使えなくしただけで使用の禁止を言い渡してくるとは思わなかった。
別にロンドンへ行くのだけに使えないだけで、それ以外の場所へ行く分にはそんな命令に付き合う気は一切ない。
「貴方が魔術師のルールに付き合うなんて。まぁ、良いわ。
魔術を教えるのはいつもと変わらないけれど……そうね、引き受ける代わりにお使いを頼もうかしら」
紡が頼み事なんて言い方をするからには面倒事を押し付ける気なのだろう。
今度はどんな本を回収して来いと言い出すのやら。
「先に言っておくが、魔導書に関連するなら引き受けないぞ。
何処かの博物館の中から魔導書を盗ってこいっていうのはゴメンだ」
「私を何だと思っているのよ。
そうじゃなくて頼みたいのはコレよ」
紡は一つの小箱を差し出して来た。
「開けても?」
「ええ、どうぞ」
厳重とまでは言えないが、それなりの封印を施してあるその小箱を開く。
箱を開いた瞬間に何かの仕掛けが作動するようなモノでないことを確認しながら、中身を確認する。
「コレは……シュガーポッド?」
「そうよ、私の私物。壊れてしまったから修理を依頼してあるの。
連盟内に工房を構えている錬金術師だから戻って来るまでに時間がかかるでしょう?
直接持ち込んでもらえれば私の所へ戻って来るのも早いでしょう」
いったい何を言っているのだろうか、この少女のような魔法使いは。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
流哉が使う影に潜る魔術は友人たちと遺跡へ潜った時に入手した思い出の品でもあります。
紡が館に施してある魔術は魔法使い以外では連盟の本拠地くらいにしか施されていないくらいに難しい魔術です。
流哉は幻想級の素材を持っていることや確保できることを他の魔法使いや一部の魔術師には知られているので、確保の依頼や取引を持ち掛けられます。
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