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7. 流哉の魔法『その漆』一方その頃で

流哉の視点となります。

楽しんで頂ければ幸です。


・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い


活動報告の方で告知しておりました年末年始にかけての連続投稿一日目です。


引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。

まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。

 その日は朝から憂鬱(ゆううつ)な気分だった。

 元々一般人との関りが増えることは乗り気ではなかった。それでも薄汚い欲望の塊の相手をするよりはマシという考えで立花(たちばな)の案である教師の真似事を引き受けることにした。

 それも裏で手を引いていたのが立花である事が分かり、提案は頼みごとへと形を変えた。

 正直、その話しを引き受けずに断っても良かった。断っても良かった話しをわざわざ引き受けることにしたのは流哉自身の思惑と重なる部分があったから。


 何より、面倒な交渉事を押し付けることが出来て、流哉の希望を押し通せるのは思いがけない収穫だったからだ。

 そう自身を納得させていたのは数日前までだったが。


「このクソ暑い日に呼び出されさえされなければ言う事無かったんだけどな」


 宇深之輪(うみのわ)大学は夏季休暇の最中。敷地内に居るのは補修を受けなくてはならなくなった学生と、サークル活動に勤しむ学生、補修に付き合わなければならない教授と、学生の相手から一時解放される長期休暇に自身の研究へようやく取り掛かれる教授たち。

 流哉はそのどれにも該当しないが、呼び出した当人である立花は該当する教授だ。


「自分の研究だってあるだろうに……他人に構っている場合かね?」


 悪口の一つでも言いたくなる。わざわざ大学の構内でなくても良かったのではないか、普段よりも人の出入りは少ないとはいえ可能な限り面倒なことに巻き込まれるのは避けたい。


立花(たちばな)の奴は……もう来ているのか」


 教授たちの研究室が集まる研究棟の入り口を通り抜け、自身が来ていることを登録する際に立花が来ていることを確認する。

 備考欄に来客中であるという事を確認し、由紀子(ゆきこ)も来ていることを予測する。流哉自身の備考欄に来客対応であることを入力し、そのまま立花の研究室を目指す。


「どうぞ」


 立花の研究室をノックすると返答は入室を許可するものだった。由紀子以外の来客であった場合は来客中であると伝える手はずになっている。


「入るぞ」


 ドアノブを回し、一応断りをいれる。

 研究室の中には部屋の主である立花楓(たちばなかえで)が机の上に大量の本を積み重ねて論文の執筆をしていた。

 来客用のソファーでは新山由紀子(にいやまゆきこ)が立花の集めた資料や本を読んでいる。

 呼び出した相手が来たというのに悠長なものだ。


流哉(りゅうや)くん、悪いけど少しだけ待ってくれないか。切りの良いところまで書き上げてしまいたい」

「呼びつけておいていい度胸だと言いたいところだが、それくらいなら待ってやるよ」


 由紀子の対面のソファーに陣取り、一冊の本を宝物庫の中より誰にも気づかれないように取り出して読む。魔術を使うことを知られている間柄ゆえにそこまで気を配る必要は無いが、宝物庫の存在は隠しておきたい。

 ここで宝物庫を大々的に開いてしまうと、立花に手の内の一つを明かすことになる上に封じた由紀子の記憶が蘇ってしまう可能性もある。

 本を取り出した時に立花がパソコンの画面に向けていた視線を上げたが、すぐに論文の執筆に戻っていた。


流哉(りゅうや)くんは何の本を読んでいるんですか?」

「イギリスから持ち帰ってきた本です。向こうの友人に勧められて買ったきりでまだ読んでなかったので」


 本当は連盟の書庫から盗み出した魔導書の一冊で外見を普通の本に見えるように魔術で誤魔化したもの。蓄えられていた力のほぼ全てが失われており、薄れた訳の分からない記号や文字の集まりになり果てたもの。

 ソレの正体を見極める為に流哉は中身に目を通している。


 宝物庫の中にいる流哉に付き従う者たちに頼めばすぐにでも力を失う前の姿に戻してくれるだろう。

 しかし訳の分からないモノを復元する気は流哉にない。宝物庫の中だけであればたいした被害は出ないだろうが、何かのきっかけで外部に影響を与えでもしたら余計な面倒事を増やすことになる。

 復元するとしたら、古びた魔導書の正体を掴んでから。面倒な代物であれば復元することなく焼却処分するだけだ。


「イギリスの本ですか、それはまた珍しいものですね」

「まぁ、珍しいと言えば珍しいけど……探せばある程度の場所にはあるでしょう」


 話しかけてきた由紀子の興味の視線が注がれている。本を読むのは諦め、ブックベルトで縛る。

 話しがあるなら聞くという姿勢を見せるのと同時に中身を目撃してしまうという万が一の事故を避ける為でもある。


「何か用事があるんじゃないの?」


 流哉は率直に問いかけることにした。肝心の立花はまだ論文の執筆中で、一段落つくまでの間に由紀子の話しを聞いておこうと思っただけのこと。


「流哉くんに謝ろうと思って。それとお礼を言いたいの」


 謝罪と感謝と言っているが流哉には心当たりがない。宝物庫の事かと思ったがそれは記憶から消したはず。

 礼を言われるような事をした記憶など皆無だ。


「今回、私の都合に付き合わせてしまってごめんなさい。上手く調整が出来なかった為に立花先生にも迷惑かけてしまって、その結果として流哉くんにまで迷惑をかけてしまって」


 由紀子の事情を深くは知らない。私立宇深之輪高校に関しては燈華(とうか)秋姫(あき)を経由して話しが入っては来るけれど、流哉が深く追及することも無かった。

 申し訳ないという姿勢の由紀子には残念な話しだが、まだ流哉自身は立花からのお願いを引き受けるとは言っていない。


「謝らなくて良いよ。そして、由紀子さんには残念な話しがある。

 由紀子さんに何かしらの事情がある事は知っているけれど、まだオレは立花からのお願いを引き受けるとは決まっていない。

 オレの要望が全て引き受けられるのであれば、引き受けようというだけの話し」


 あまり妊婦に負担をかけるようなことを言いたくはないけれど、嘘の言葉で安堵させて後から絶望させて喜ぶような趣味はない。


「それでも、私の都合に付き合わせてしまっている事に謝罪させてください」


 昔からこの人はこう真っ直ぐなのか。真っすぐで純真で、コチラの方が調子を崩される。

 流哉は由紀子の真っすぐで正しいことを行おうとする所が苦手だった。

 祖母から受け継いだ神代(かみしろ)の業、魔法という神秘を扱う者としての責務、人の法の外側に身を置いていること。心のどこかで後ろめたい気持ちがなかったと言えば嘘になる。

 神代の業である魔法を継ぐと決めた時から人の理から外れ、背くことを覚悟はして生きてきた。それ故に、真っすぐすぎる由紀子の在り方は苦手だった。


「そこまで言うなら謝罪を受け入れるよ。由紀子さんがどのような結果を望んでいるのかは知らないけど、望みが叶うかどうかはそこで苦戦している人次第だけどね」


 切りが良いところとはいつなのか。ここまで待たされるならもう少しゆっくり出てきても良かった。

 この様子ならもう一つの由紀子の話しに付き合う時間は十分にありそうだ。

 もっとも、礼を言われることに流哉は本当に心当たりがない。


「それで……お礼を言いたいとか言っていたけど。こっちには全く心当たりがない。

 もし、その頼み事に関連するというのなら早とちりだけど?」

「いいえ、お礼を言いたいのは、私の結婚式に出席してくれるという事です。結婚式の招待状を送ろうと流我さんに宛先を尋ねた時に出席してくれと」


 父からの命で出席することを決めた由紀子の結婚式。神代の家に連なる者としての表の仕事を引き受けただけ。

 なにも言わず、肯定も否定も。ただ時を刻む音を聞く。


「何も、言わないのですね。それでも出席してくれることは叶わないと思っていたので、本当に嬉しいのは私の本心です」


 思えば、祖母が亡くなった後に流哉は直ぐに渡英した。多少の付き合いのあった人達に何かを伝えた訳でも無い。

 中学の頃は英国と日本を頻繁(ひんぱん)に行き来していたが、中学の卒業が迫る頃に本格的にイギリスへと活動の拠点を移した。

 友人と呼べるだけの間柄の人も居なかったし、事務的な手続きを父に任せて流哉はさっさとイギリスに渡った。そんな事もあって、由紀子とまともに話すのは祖母が亡くなった時以来だったかもしれない。

 そんな相手だというのに嬉しいと由紀子は言う。その心を流哉は分からないのだ。


「……はぁ、出席するのは由紀子さんの為というよりは家の為。縁のあるものの祝い事に出ないという訳にはいかない。

 未だにロンドンに居たらそういう話しも来なかったと思うけどね」


 紛れもない流哉の本心。本心ではあるけれど……


「……そんな程度の付き合いでしかないオレまで式に招待してくれたことには感謝している」


 これ以上、この事に関して何も話したくはない。


「流哉くんにも人らしい心が残っていたことに僕は驚きを隠せないよ」


 先ほどまで必死の形相でパソコンと向かいあっていた立花がカップを片手に由紀子の近くに居た。

 研究室の壁という壁に設置された本棚に資料として用いた書物を納めている。どこからかき集めて来るのかは分からないが、資料の収集能力は高いと見える。


「それにしても君がそこまで装飾品を付けているのは珍しいですね」

「それ、私も思いました。海外の文化に慣れ親しんだからなのかとも思っていましたけど」


 海外文化にかぶれたと思われていたのは心外だが、指輪やピアス、ブレスレットを付けた程度で西洋かぶれのような扱いを受けるというのは一つ学んだという事にしよう。


「腕輪をつけるのは珍しいことだが、ピアスと指輪くらいなら見慣れているだろう?」

「確かにピアスと指輪だけならいつもしていましたが、ブレスレットまで同時に付けているのは威圧感が強いですよ」


 魔術師連中は割と魔導器を身に付けている印象が強く、友人の一人に至ってはその魔導器が商売道具のような奴だ。

 そんな環境に居た為か、流哉の完成ではそこまで派手ではないと思っていた格好も、一般人から見れば十分に派手であったという事か。


「立花先生のように威圧感がという訳ではないですけど、今の流哉くんの姿を見るとビジュアル系バンドの人のようには見えますね」


 威圧感のある人というのは置いておくとして、ビジュアル系バンドマンのように見られていたというのはまた新たに得た知見だ。

 魔導器に頼らざるを得ない魔術師は必然的に身に付ける魔導器の数は増えてしまう。それならばいっその事ビジュアル系バンドマンに擬態すれば一般人として町にとけこめるのではないか。


「面白い意見を聞けた。まぁ、好んでこんな目立つ格好をしている訳じゃないと訂正を入れておく」


 流哉自身、魔導器は必要に応じて必要なものをその都度に使い分けている。使っている魔導器そのものが大量に魔力を消費するものばかりなので、凡庸(ぼんよう)な魔術師では一つ発動させるだけでも命がけになるような代物しか所持していない。

 使用することがそのまま勝敗に直結するものを、幾つも見せびらかす為に身に付けるのは無意味なことだ。


「そう。だから僕は君が今本当に大丈夫なのかを心配している。

 そこまで強力な魔導器で身を固めているなんて余程の事があったに違いないからね」


 相変わらず感は鋭いなと思った。

 普段身に付ける事の無いブレスレット型の魔導器まで身に付けているのはお洒落だと思っているわけでは無い。

 指輪とピアスくらいなら偶に付けている。幾つも付けているわけでは無いが、指輪とピアスだけだったら立花が心配することも無かっただろう。

 由紀子まで申し訳なさそうな表情をしている。そんな表情をさせる為でも心配して欲しい訳でも無いというのに。


「別に心配されるようなことじゃない。ピアスや指輪の数がいつもより多いのは感じ取られる魔力を一般人程度に抑える為。

 ブレスレットはオレがドコに今いるのかを遠くから探っている奴等に分かり難くさせる為。

 少々面倒事に巻き込まれているが、心配されるほどの事じゃない」


 ブレスレット型の魔導器は索敵魔術や遠見の魔術から自身を偽る為のもの。立花とだけ会うのであればここまですることはなかったが、由紀子という一般人と会うのであればある程度の警戒は必要だ。


 流哉を恨んでいる連中を数えるのに両の手の指では到底足りないのだから。


「そこまで配慮をさせてしまった事を申し訳なく思う。この部屋には魔術除けをしてあるから探りを入れることは並大抵な事ではできないはずだけど」

「オレもそこまで警戒している訳じゃないさ。凡庸な魔術師如きが何千人束になってかかってきても心配に値しないことぐらい知っているだろう?」


 流哉には奥の手の魔法を切るまでも無く、所持している魔導器の中で十分に対処可能だ。それでも警戒を努めたのは一般人である由紀子という存在がいるからという理由に尽きる。


「多少巻き込んでしまったとはいえ、由紀子さんは神秘を追い求める者でも無ければ、そういった家系の出でもない。

 我々は神秘を秘匿する義務を背負っている」


 由紀子の前で言うのは、巻き込まない為というよりは関わらないようにという釘を刺すという意味合いが強い。


「さてと……さっさと本題に入ろう。誤魔化しているとはいえ、オレの動きを近くで探っている連中には無意味だ。

 由紀子さんは何を言っているのか分からないと思うけど、オレもオレで忙しいって思って貰えればいいよ」


 忙しいというのは決して嘘ではない。

 今すぐにでも面倒な話し合いを終わらせたい。

 流哉がやらなければならないことは多いが、それを成す為に立花の話しに乗る必要は無い。

 今日は立花の話しを断る為に来た。流哉を日本に縛り付ける為の理由は既に連盟には無いのだから。


今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。

流哉は自身の魔力を大きく制限する為に魔導器を身に付けています。

流哉が以前に羅針盤で燈華の接近を探ったように、魔術師は魔力を探ることで対象の位置を特定しますが、国外から探るのでは制度も落ちますし、大規模の施設を必要とします。

見た目がミュージシャンのように見えるというのは流哉にとっては新鮮な感想です。


お読み頂き、ありがとうございます。

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今後ともよろしくお願いします。


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