1. 流哉の魔法『その壱』流哉の居ない日に
燈華の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・燈華⇒魔法へ至る為の修行中の身
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。
夏休みも折り返しを過ぎて暫く経った頃、夏休みの最中だというのに珍しく流哉が朝から出かけている。
出がけの流哉に『ドコへ行くのか』と燈華が問いかけると、
『ああ、大学の研究室だよ。この前シュテルンシュヌッペで会う約束をしていた時があっただろう?
その時に別日に時間を作って欲しいと頼まれた。今日は特に予定がなかったハズだよな』
流哉の問いかけに頷くと、そのまま『夕方くらいに帰ってくる』と言って彼は出かけて行った。
夏休みの宿題を終えている燈華も特に用事はなかったので、一日中一緒に居られると思っていただけに残念な気持ちになった。
「大学へ行くって言っていたけど、何をしに行くのかな?」
珍しく紡の館で暮らす全員がダイニングルームに集まっていた。
家主の紡は趣味で集めている紅茶の茶葉を使って飲み比べをしている。秋姫に淹れて貰った緑茶を一緒に呑んでいる燈華が言うのもおかしな話しだけど、熱くないのだろうか。
カップから立つ湯気。湯飲みから立つ湯気。
どちらも夏に見る風景ではないだろう。
「二人とも真夏に熱いお茶を飲んでいるけど、暑くないの?」
氷が浮かぶグラスで水出しの緑茶を秋姫に淹れて貰ったクリスティアナが至極まっとうな疑問をぶつけてきた。
「紡は知らないけど、私は暑いよ。ただ……最近冷たいものばかり飲んでいたから」
燈華は自主的に熱い緑茶を飲んでいる訳じゃない。秋姫に最近冷たい飲み物ばかりを飲んでいることがバレテしまい、体調を崩すからと熱い飲み物が提供された。
頼んで出して貰ったものを拒否するのは燈華の主義に反する。
それに、真夏に飲むと言っても紡の館の中は真夏とは思えない程に涼しい。実はそこまで苦ではないのである。
「美味しいアイスティーが飲めるのなら私は冷たくても構わないわよ」
ティーカップを傾けながら読書をしているというその姿だけで、物語の一ページを切り取ったかのような情景になるのは本当にズルイ。
燈華自身、自身のスタイルはそれなりに良い方だと思っている。それでもハーフの紡と完全な西洋出身のアレクサンドラとクリスティアナのスタイルの前では見劣りするのも事実だ。
「むぅ……」
「……どれだけ見つめても変わらないわよ」
見すぎたのか紡は苦言を呈しながら自身の胸を庇うように身をよじっている。
「それなら見るくらいいいでしょう?
どうして同い年なのにここまでの差が……普段食べている物もほぼ同じなのに」
「生まれもっての体質の差でしょう。私の半分はイギリス人の母親の血が流れているのだし、純日本人の貴女と違いがあってもおかしくはないと思うわよ」
またティーカップを傾け始めた紡はこれ以上の会話を続けるつもりはないようだ。
アレクサンドラとクリスティアナの方に視線を向けると、会話に耳を傾けていたらしく身をよじって燈華の視線から逃れようとしている。
別に取って食おうという訳では無いのに……
「そんなに彼の好みが気になるのなら本人に直接問えばいいじゃない。肝心の本人はここに居ないのだけど」
紡が言うように流哉に直接問いかければすぐに答えは得られるけれど、ソレをする程の度胸が燈華には無い。もし、直接問いかけて、その答えが望むモノと違ったらと思うと、どうしようもなく怖い。
「……これ以上、貴女を揶揄っていても面白くなりそうにないわね。
さてと……それじゃあ、お勉強会でもしましょうか。まだ夏休みはあると思っている内に何もせずに終わってしまってはもったいないもの。
長い時間を魔術の修練やその知識を身に付ける為に使える期間は貴女にとっては貴重でしょう?」
紡が燈華を見つめながら行ってくる。悔しい事に反論の余地など無く、まったくもって紡の言う通り。
学校が始まってしまえば生徒会の役割に学校の行事もあり、魔術や魔法、神秘について学ぶ等という時間は自ずと少なくなってしまう。
燈華自身、魔法陣術の可能性を流哉が見せてくれた時から試したいことは増えたし、魔弾の精度向上も課題の一つで、可能であれば実戦の経験も積んでおきたいところ。
「最低限、簡単な暗示や占い、薬の調合くらいは失敗しない程度にまで習得して欲しいわね」
前言撤回。燈華はまだまだ覚えなければならないことが山積みみたい。
「お手柔らかにお願いします」
教わる立場の燈華に文句を言う資格は無いのだ。
燈華の部屋に時計が時を刻む音が響く。
得たい情報を引き出す為に用いる自白薬の生成に失敗すること三度目。目の前で教えてくれていた紡の顔に呆れたとい言いたげな表情が張り付いている。
「……燈華」
「ごめんなさい」
額に皺をよせ、こめかみの辺りを抑えている紡に謝罪の言葉を素直に言う。
一度目の生成は加える薬品を間違えてフラスコが爆発した。
二度目の生成は過熱する為の温度を間違えて薬品を焦がしてしまい失敗。
三度目は失敗らしき失敗をしたという自覚がないにも関わらず、何故か出来上がった薬は見本と見比べるまでも無く別物だった。
「どこで間違えたかなぁ……」
「……はぁ。薬品同士を混ぜ合わせる時に魔力を込め過ぎよ。
魔術的なアプローチで調合をしているのだから、魔力の影響も受けやすいというのは教えたわよね?」
薬の抽出を行う為の機材を動かすのは魔力で、薬草と合わせる水は錬金術を用いて作成されるというのは燈華も良く知っている。
混ぜ合わせる時にだって燈華は魔力を込め過ぎないように細心の注意を払っていたつもりだった。
「些細な魔力の揺らぎじゃ影響はないって紡が言ったじゃない」
「極々一般的な普通の魔力量であれば何も問題は起きないわ。貴女の魔力量で揺らいだら影響があるに決まっているじゃない。
漣程度の事を問題ないと話していたのに、大津波を起こされて問題が起きたと言われても私は責任取れないわ」
至極当然の解答だった。
「これ以上爆発を起こされたくは無いし、後は座学にしましょうか」
燈華に『片づけが終わったら来なさい』とだけ言い残して紡は燈華の部屋から出て行った。
「え?」
部屋には爆発したフラスコの欠片、焦げたフラスコ、媚薬の入ったフラスコ。切った薬草の残りとすり鉢の中にこびり付いている薬草。
唯一の救いは爆発し散らばったフラスコの欠片を紡がまとめてくれてあったことくらいか。
「……さっさと終わらせよう」
手伝ってくれてもと思ったけれど、一番面倒な割れたフラスコの処理を紡がしてくれてあったことに感謝して、言われたように後片付けを始める。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
紡が付いて燈華の薬剤調合に付き合ったのは、確実に爆発させて部屋を汚すことを見越してです。
部屋が汚れないように紡は魔術を使っています。
燈華の生成する魔力量は魔法使いである紡よりも多く、生まれもってのものです。
お読み頂き、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」等、思って頂けましたら、ブクマ・評価頂けると大変励みになります。
評価は下の方にあります、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』へと押して頂ければできますので、どうぞよろしくお願い致します。
今後ともよろしくお願いします。