本題を聞き忘れていた
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い、祖母から引き継いだ役目がある
・立花楓⇒宇深之輪大学で民俗学の教室を持っている教授、魔術師くずれ
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。
扉を潜り抜けた流哉を出迎えたのはシュテルンシュヌッペのマスターだった。
「二代目、お手数をおかけして申し訳ありません」
「気にしなくて良いですよ。コレは私が先代から引き継いだ責務です」
祖母から引き継いだことは大きく分けて二つ。
一つは魔法使いとしての役割。世界から神秘を扱う資格を与えられた者として、神秘を守り、継承していかなければならない。
もう一つは宇深之輪の町の守り人としての役割。昔と異なり現代となってはそこまで闇は濃くなく、人知を超えた不可思議というものも少なくなったが、未だに人の心は弱く守らなければならない。
どちらも流哉にとって不要なものではあるが、祖母が結んだ盟約をそのまま引き継いだは流哉自身の意思だ。
マスターは流哉にコック帽を脱いで深々と礼をするとカウンターと厨房を遮る扉を開け、レジスターの前に立つ。
立花楓の会計が終わるのを待ち、財布を取り出して待つ。
「毎度ありがとうございます。またのお越しを」
立花の会計が済み、流哉の会計をしてもらう。
「本来であればご迷惑をおかけしたので料金は結構ですと言いたい所なのですが……」
「私がそう言っても聞かない性格だというのは分かっていますでしょう」
「そうですね。では、先代とのお約束通りにさせて頂きます」
そう言うとマスターは伝票の一項目にだけ横線を引いて消し、残りの分をレジスターで打っていく。
「それでは、二代目の昼食の分だけサービスということに。残りの注文分と燈華様たちの分を合算させて頂きます」
合算された金額より多めにお札を財布から抜き出し手渡す。
「二代目……」
「多い分はいつも通りにしてください。私が弟にしてやれることはこのくらいですので」
マスターは『仕方ないですね』と言って受け取ってくれた。
支払い額よりも多く支払っている分は、弟がシュテルンシュヌッペへ来た際に飲み物を一品サービスしてもらうことにしている。兄らしいことはしてやれない流哉にとってはコレくらいしかしてやれることはないのだ。
「ご利用ありがとうございました」
「また、来ます」
マスターに礼を言って店を後にする。
店の扉を潜り抜けると、今度こそ宇深之輪の町の姿が広がっていた。
「流哉くん、駅までの間に話しをさせてもらってもいいかい?」
「そう言えば、まだ本題は聞いていなかったな」
宇深之輪駅へ向かう道すがら話しをしながらだとしてもせいぜい十数分。そのくらいの付き合いはサービスするとしよう。
宇深之輪の町を眺めながら歩く流哉の後を追うように歩いて来る立花。話しを聞くとは言ったが、その為に足を止めて話し込む気はさらさらない。
話しをどのタイミングで切り出すのかは知らないが、立花の事情に配慮する必要はない。流哉に対して時間を作って欲しいと頼んできたのは立花の方であり、頼んで来た側に頼まれた方が合わせるのはおかしな話だ。
「さっさと話さないと時間は無くなるぞ」
「聞きたい事と話さなければならない事があって、どちらから話すかと迷っていただけだよ」
そう言うと立花は歩く速度を上げ、流哉の隣に並ぶ。
「先ほどの光景、アレは黄泉の世界で合っているのかな?」
「そうだ。物知りだとは思ったが、何故その答えに辿り着いたのか聞いても?」
「黄泉の世界そのものに僕自身は行ったことはないけれど、戦場で一緒に戦った者の中に協会出身の者が居てね、その時に聞いた話しの状況と君が戻って来た時に纏っていた香の匂いが同じだと思ったからかな」
黄泉の世界に協会の人間が行くのはそう珍しい事じゃない。執行者であってもそうでなくても、協会に神聖術の練習の為に黄泉の世界というのは都合が良い。
神聖術は霊的なモノや魔に属するモノに対しては特に効果が高く、黄泉の世界でさ迷う魂の救済と言うのは協会の掲げる旗印の一つでもある。
しかし、黄泉の世界や冥界という場所において特に効果を発揮する『反魂の香』の事を知っているというのは驚くと同時に面倒事が一つ増えたと感じた。
「一つだけ忠告するとすれば、ソレを求めないことだ。大切な何かを失った時、『反魂の香』を求めるが、結局は何の成果も得られずに絶望だけが残るだけ。
オレ達も協会の連中も、アレは撒き餌として使う。『反魂の香』の香りは魂無きモノを引き寄せるのにこれ以上は無いと断言できる。
今回は邪魔が入らないように虫よけとして焚いたが……その匂いが気づきのきっかけを与えることになるとは」
古代中国の皇帝が亡き夫人に合う為に用意した香だとかなんだとか言われているが、実際の所はそのようなモノではない。特別な樹木を用いて制作することに変わりはないのだが、実際に使者を蘇生する程の力を持っておらず、古代の皇帝がそうであったように煙の中に死者の魂を見るのが関の山だ。
そのような物だが使い方を知っている者たちにとっては黄泉の世界を歩く上では便利なものだ。魂を持たぬ怪物にとって、この香を燃やして出る煙にはよく引きつけられる。
黄泉路の魂を持たぬモノは魂を求め捕食するべく、さ迷う魂や迷い込んだ生者を襲う。その習性を利用し、反魂の香で誘い出して始末するというのは常套手段なのだ。
「実物を入手出来るのであれば是非とも調べてみたいところですが、私では手に入れることは無理でしょう?
可能性でもあれば夢も見られるでしょうが、その可能性すら無いのであれば何も思いませんよ」
古来より反魂と付くモノを求めるのは人の性だろうが、人が追い求める効果を発揮するものはごく僅かである。どうしてもと追い求めた結果が絶望に染まると知らないから縋るのだろうか。
どうであれ、流哉には関係の無い事だが、一つだけ口止めをしなければならないことがある。
「今日見たことは忘れる事だ。可能性があると思ってしまうからバカな夢を見る。
シュテルンシュヌッペには魔女の加護がかかっている。祖母が施した『自身の庇護下にある場所だ』という目印のようなものだが、あの男のように土足で踏み込む無法者を処理するのが目的だ。
効果は管理人へ……今はオレに報せを送るだけだ。あの場所への扉を開くのはあくまでもオレであり、町の決まりを破ったモノを処理するのはオレが引き継いだ義務。
例え、お前であっても、決まりに背くというのなら……オレはお前を殺さなければならなくなる」
魔術というものを志したモノたちの中で堕ちる連中に共通するのは、自己の利益の為に踏み込んではならない一線を見誤るということだ。自己の目的を達成する為ならどのような犠牲も厭わず、その犠牲を正当化するようになる。
有象無象がどうなろうと流哉にとってはどうでもいい事と普段であれば切り捨てるところだが、こういった連中が行き過ぎた実験の結果に神秘が漏出することも珍しくなく、処理する為に魔法使いが出なければならないこともある。
結果として、流哉自身へ面倒事が回ってくるのだ。先に面倒でも止められるのであれば止めておいた方が楽というだけの話し。
「先ほども言いましたが、分不相応な夢は見ませんよ。一度見て、挫折して、凝りましたからね。
それでは、話さなければならない事の方を話します」
宇深之輪の駅までは折り返し地点くらいだろうか。このまま話さなければならないこととやらを聞かずに済めば、面倒事の先送りが出来ただろう。
頭の中で警鐘が響き続けている。面倒事であることは確かで、流哉にとって不利益であることは間違いない。
「詳しいことは由紀子君と話して貰うというより、僕も詳しいことは知らないから説明できない。
開示できるのは、彼女が務めている学校の名前が『私立宇深之輪高等学校』という事、教える科目が世界史である事、そして……学校外に出ている以上に問題があるという事です」
私立宇深之輪高等学校の話しは流哉も耳にしている。
そもそも、流哉が帰国した直後くらいに新聞の一面を飾った『壁に埋められた骸骨』事件を知らない者は、宇深之輪の町には居ないだろう。その事件の幕引きに失敗した男の処理を見届けたのも流哉自身だ。
父親から新山由紀子が同僚からセクハラを受けていたという事も聞いているが、そのことに関しては父親の方が動いていることを把握している。
流哉としては、私立宇深之輪高等学校で起きている事柄に関して出来ることはないのだが……
「ちょっと待て、今『私立宇深之輪高等学校』って言わなかったか?」
「言ったよ。君に行ってもらう予定の学校の名前だし、分かっている事だけでも先に伝えておく必要があるって思ったから」
非常に面倒なことになったと思った。
私立宇深之輪高等学校で起きた壁の中から人骨が出て来た事件など発端に過ぎないからだ。つい最近発見した祖母の遺した手記によれば、まだまだ面倒事になりそうなことが多いと頭を抱えた。
そして、最大の面倒事だと思う理由は、燈華の通っている学校であるということだ。
「今からでも前言を撤回したい気持ちで一杯だよ。行く場所がその学校だと分かっていれば引き受けなかっただろうよ。
本当に……ドコで間違ったか。間違いなく言えるのは、この国へ帰って来たことだけは確実にオレの判断ミスだ」
冬城の二人からの依頼を確実にこなす為に帰郷するという判断をしたが、それが結果としてロバート・ガウルンに付け入る隙を作ってしまった。魔法を得るだけの才能があるかなど、時間と手間さえかければロンドンに居ながらでもできた事だ。
目の前にいる男がどれだけ策略を巡らそうと、その策の中に流哉を利用するという選択は生まれなかったはずだ。
たった一つだけ、確実に言えることはある。流哉にとって、日本という国には祖母との思い出以上の価値はない。
「何もかもを投げだそうか。それとも邪魔な連中を全て間引くか。
どちらが良いと思う、魔術師」
立花楓のことをあえて魔術師と呼称したのは、他人行儀な言い方がどういう意味を持つかくらい分かるだろうという問い掛けゆえだ。
立花の表情には緊張感が浮かび上がり、頬を汗が伝っていく。敵意を持つ相手が対峙しているという事を否応にも実感することだろう。
魔法使いと言う常識の枠外に居る相手を前に、立花楓という個人がどのような選択をするのか。その回答を以て流哉も最終の判断をするとしよう。
「本当に……君を騙すつもりは無かった。問題の起きていることも彼女がセクハラの被害に合っていることしか知らなかった。
校舎の壁に人骨が埋まっている事なんて知らなかった。
由紀子君から相談を受けていて、彼女の置かれている状況が悪化していく事に焦りを覚えていた時、学長が他の教授たちに唆されて君を嵌めようと計画していることを知った。
渡りに船だと飛びついたことは否定しません」
誤魔化しはないようだ。
心臓の鼓動等の無自覚の部分は誤魔化しが出来ないので、そういった部分を観察すれば嘘や誤魔化しは看破できる。魔眼を用いれば確実に全てを看破できるが、見たくもない過去まで見えてしまうので使うのは疲れるという理由で使わない。
「はぁ……この話しはコレ以上追及しないでやるよ。別にお前に言い訳に納得したわけじゃないから勘違いをするな。
今更何を言っても過ぎ去った過去が変わらないというのはオレも分かっている。良いよ、お前の口車に今は乗ってやる。
ただし、お前と交わしたのは口約束で契約じゃない。一度結んだ契約を破ることはないが、約束を最後まで守るとは保証できない」
宇深之輪駅の前で立花に告げる。意外だと言わんばかりの面は見ていて腹立たしいが、今だけはその口車に乗るのも一興だ。
祖母の遺した手記に記載されていた『私立宇深之輪高等学校』の敷地にまつわる面倒事になりそうな事柄を秘密裏に処理するのなら、外から忍び込むより中に招き入れられた方が手間は少ない。
「あまりオレを頼りにするな。魔法使いの行使する奇跡は己の為にしか使わないというのは神秘に触れた者なら誰でも知っているだろう?
オレが得た奇跡は、オレの為にしか行使しない。頼りたい気持ちも分からなくはないが、オレが決めた事に例外はない。
それに……オレ自身は明日がどうなるか分からない。ある日突然消えることもあるという事を念頭に置いておけ」
言うべきことを言い終えると宇深之輪駅の真ん前だった。
「時間切れだな。これ以上話すことはない」
「最後に、後で空いている日をメールで送ってくれないだろうか。
由紀子君と直接話す機会を僕としては設けさせてほしいと思っている」
「……確認してメールを送るよ」
駅に入って行く立花を後目に駅前から離れる。
立花の口車に乗ったのは、たまたま利害が一致したからだ。このような気まぐれは早々あるワケじゃない。
帰れば待ち受けている書類の山を思い出し、溜息を吐き出す。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
流哉が立花の提案を受け入れているのは、燈華の面倒を見るという契約と、祖母が残した手記に記載されている事柄に対処をする為で、それが終われば教師という立場を放り出します。
唐突に居なくなる可能性に言及しているのは、魔術師が集団で襲撃をしてきた場合に別の場所に拠点を移すことで襲撃者をその場所に留まらせないようにする為です。
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