1. 神よ、そこまでアナタは私が嫌いか『その壱』 面倒事は突然に
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。
連盟に呼び出されてから数日後、毎日のように来る連絡の対応をしていた。
連盟の代表達の一室を使えなくした経緯を聞いてくる者、笑い話として連絡をして来た者、流哉の心の内を問う者。
「アンタから連絡が来るのは珍しいな」
『私も俗世に関わる気はなかったが、私の所までわざわざ訪ねて来る者が居ては動かない訳にもいくまい』
「相変わらず堅苦しい考えをしているな、ガルマ。祈りの名を冠するお前らしいよ」
ガルマ・マルワ。協会に所属していた僧侶だったが、魔法に至ったことで協会から追放された者。
己の祈りだけで魔法に至った常識の外側にいる者。流哉の数少ない連絡を取る相手である。
『今も昔も、私が祈りを捧げることに変わりはない。それで、私が聞きたいことは分かっているのだろう?』
「ああ。別にあちこちで魔術や魔法を発動させて混乱を起こそうとか、連盟の本拠地を壊滅させようだとか、自棄を起こして魔術師を殺しまわるとかは考えてないよ。
そうかと言って、かけた魔術を解いてやろうとは考えていない」
一呼吸ほどの間が空く。その間、電話越しに聞こえて来る雑踏する町の音。
流哉へ電話をする為だけ、自身が根城としている霊峰より降りて来たらしい。他者への関心などないはずなのに、ガルマを動かすほどの影響力を持った者が訪れたという事に他ならない。
『だ、そうだ。満足の行く結果は得られたか』
直ぐ近くにもう一人居るらしい。言葉を発しすらしないのは、流哉に誰なのか分からせないようにしているからなのか、正体が分かってしまっては困る人物なのか。
どちらにせよ、正体を明かさないままなら後ろめたいことがあるという事で間違いないだろう。
『ええ、流哉さんの考えを聞けて良かったです。これで連盟からの要請も断れます。
一度断った後に何度か要請がきて、流哉さんに相談したくても連絡先を知らないのでどうしたものかと思っていたところでした』
ガルマの下を訪ねていたのは楓=アークライト。一時の戯れで流哉自身の術式を見せた相手で、そこから独学で己のものにした才能のある者。
連絡先を知らない楓は連絡先を知っていそうな者を訪ねて世界中を巡っていたらしい。彼女自身の術式で移動時間を大幅に短縮できるとしても並々ならぬ苦労であっただろう。
流哉を知る者は居ても連絡先まで知っている者はそう多くない。連盟の重鎮であるフォン達にさえ連絡を取る手段は『必ず届く手紙の魔術』のみ。
近代の技術である電話での連絡先は流哉の電話帳には数人しか載っていない。もっとも、最近は燈華や紡たちの連絡先が勝手に追加されていたが。
「別に楓が解いたって構わないさ。既に自分の意思を押し通すだけの力があるのだから、オレの事は気にせず楓のやりたいようにすればいい」
『随分と丸くなったじゃないか。数年前魔法に至った私を見に来た時とは大違いだ。
さて、私の聞きたいことは済んだ。楓よ、電話を切っても良いか?』
『ありがとうございますガルマさん。私の願いを聞き入れて頂き感謝いたします……ブツッ、ツー、ツー、ツー』
最後の方で何か楓が言っていたようだが、ガルマが電話を切った。長時間の電話をガルマがすることはなく、いつも唐突にかかってきて唐突に切れる。
どのように連絡をして来ているのか、未だに流哉は知らないのである。
「ガルマからの電話はいつも唐突に切れるよな。少しはこっちの世間話にも付き合えよ。
まぁ、相変わらずのようで、アイツらしいと言えばらしいけど」
連盟からの帰り際、紡からのお使いを済ませるついでに立ち寄った古本屋で偶然手に入れた魔導書や魔術書の写しに目を通している最中にかかってきた電話。
珍しい相手からかかってくることもあるものだと出てみれば、連盟の本拠地ですれ違った楓の頼みであったという。
ガルマと楓に直接の面識はなかったような気がするが、どこかで関りでもあったのだろう。そうでなければ見ず知らずの他人の為にガルマが動いたという事になる。そんな事は有り得ない。
「また電話か……次は誰だ?」
机に置いたばかりのスマートフォンが振動して音を立てた。普段は置物になっている事の方が多い文明の利器が本来の役目を果たさんと主張し、流哉は画面をタップして応答する。
「神代です」
『神代くんかい? ようやくつながったよ』
電話をかけてきた相手は立花楓。夏季休暇中だという何の用があるのだろうか。
「何度かかけてきていたのか?
ここ数日はロンドンの方に用事で行っていたから連絡が付かなかったのかもしれない」
『スマートフォンは……持っていく訳が無いか』
「当たり前だ。ロンドンで暮らしていた時ならまだしも、日本から向かう場合に位置情報が分かるモノを持ち込むなんて初歩的なミスはしない」
『連絡が付かなかったことは理解したよ。それで、今時間は大丈夫かい?』
気まぐれで電話をしてくるような相手でないのは知っているが、どうにも嫌な予感がするというか、流哉の勘が警報を鳴らしている。
ある程度の事なら受け入れていた事でも慎重に返事をしなければならないだろう。
「少しなら構わない。少々コチラも周りが慌ただしい状況だ。
長期間の拘束を伴うようなことは断るがそれでも構わないなら言ってくれ」
先に釘を刺したことが功を成したのか、いつもであればすぐに返答をする立花が沈黙している。
『分かりました。忙しいという中、非常に言いにくい事だけど、大学の僕の研究室に来てほしい。
日にちと時間は神代君に合わせるので、お願いを聞いてくれないだろうか』
頭の中で響く警報が更に強くなった。確実に何かあるのは間違いない。
不利益を押し付けられると分かっていながら、この頼み事を断ると余計に面倒なことが起きる予感がする。
どちらを選択しても面倒事に巻き込まれるなど詰みじゃないか。
「……今日の午後、二時からの一時間程度なら時間を作れる。もう少し時間が欲しいのなら、十二時から駅前の喫茶店『シュテルンシュヌッペ』に居るから訪ねて来い」
『そういうことならお昼から訪ねさせてもらいます』
「分かった。お店の方には伝えておくから、入り口でオレと待ち合わせをしていると伝えてくれればいい。時間よりも早く着いたなら店の前で待っていてくれ」
昼の時間を一緒に取ることはあっても、わざわざ相手を探してまで一緒に取るという経験はない。余程の事情があるのだろうと思い、それ以上は言及しなかった。
通話を切ると、今度こそスマートフォンは沈黙した。
「それにしても、慌ただしい毎日だ」
連盟の一室に魔術をかけた後すぐに日本へ戻って来たわけでは無い。冬城の老夫婦に燈華の様子を報告し、ロンドンにいる知り合いの所に顔を出し、紡からの用事を済ませたりなどしていればあっという間に数日が経過し、日本へ帰ってきたのは昨日の事だ。
ロンドンに留まっている間は手紙の魔術で届く連絡の都度に連絡を寄越した相手と直接会っていたが、予定が合わない者たちや面倒で放置していた相手も居た。日本へ帰ってきた後はそういった相手から来る電話の相手を今朝からずっとしている。
正直、寝不足だ。
部屋に飾ってある時計の針は十時を指していた。
出かけるには少々早い時間だが、ひと眠りできるほどの時間があるワケでもない。
「少しだけ早いが、紡達に声をかけて出るとするか」
燈華と秋姫は朝早くから友人の所に夏休みの宿題を片付けると言って出かけて行った。それに伴い燈華の魔術の勉強は休みとなり、紡は屋敷の談話室にて優雅に読書をしている。
アレクサンドラは自室で魔眼の制御方法を復習している。流哉と紡が魔眼に関する制御のコツ等を教えたとしても、最後は当人の感覚だけがものを言うのだ。
クリスティアナにはアリアから預かってきた手紙の返事を渡したのだが、それに対する返事を書くのだと言い、自室で手紙を書いているハズだ。
声をかけるのは談話室で本を読んでいる紡だけで良いだろう。アレクサンドラとクリスティアナには紡から伝えてもらうだけで良い。
リビングへ降りると紡が紅茶を淹れようとしている場に出くわした。
「これから出かけるが、アレックスとクリスは?」
「二人ならそこに居るわよ」
紡が指さしたのはリビングに併設するサンルーム。普段であれば紡が眠りこけていたりする場所に二人の異邦人は居た。
「出かけるのですか?」
「ああ、人と待ち合わせをしている。今日は燈華も居ないから特別な用事はないはずだよな」
新しい紅茶を淹れることはなく、空手で戻って来た紡に問う。
「ええ。特に何もないはずよ。
それよりも、この時間で出かけてお昼には帰ってくるの?」
「いや、そのまま外で済ます予定だが……」
ここまで言ったところで直感が警告を発する。
嫌な予感どころか面倒なことを言い出すに決まっている未来が見えた。直感よ、警告を発するのが遅すぎたようだ。
「貴方が外で済ますと言うと、場所はシュテルンシュヌッペね」
「シュテルンシュヌッペですか!?」
紡が見事言い当てた流哉の目的地に最も反応を示したのは意外にもアレクサンドラだった。
興奮した様子に、そこまで大袈裟な言い方をする場所だろうか。
「ああ、オレの数少ない行きつけの店だからな。二階の席なら人目を避けて会話をするのにも丁度いい場所だ」
少し押され気味で答えるが、アレクサンドラの様子がどうにもおかしい。
「シュテルンシュヌッペ。紡や燈華、姫から感想は聞くのですが、まだ行ったことが無くて憧れていたんですよ。
流哉さん、無理を承知でお願いがあります」
聞かなくてもお願いの内容は分かる。そして、その期待に満ちたキラキラする目で見つめないで欲しい。
断ったらそれはガッカリすることだろう。純粋なお願いである事も分かっている手前、お願いは聞くしかないだろう。
「それなら早く準備をしないとね」
まったく関係のない紡が準備をするように取り仕切る。
「待て、まだ連れて行くとは言ってないぞ」
「あら、私はシュテルンシュヌッペに連れて行って欲しいなんて一言も言ってないわよ。でも、貴方はアレックスのお願いを断るというのね」
アレクサンドラの表情が暗いものに変わっていく。紡が近寄り『可哀そうに』と言っている。
確実に紡は遊んでいる。
アレコレと考えを巡らせた結果、全てを諦めた。
“神よ、お前たちはそんなにもオレの事が気に食わないか”
溜め息を一つ。そして、大人数になってしまうことを、シュテルンシュヌッペを経営する二人に謝らなくてはならない。
「待っているから準備をしてこい。連れて行って欲しいのだろう?」
そう問いかけるとアレクサンドラの表情は非常に晴れやかなものになった。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
ガルマという人物は協会に所属していた魔術師専門の執行者でしたが、魔法に至ったため協会に居ることができなくなったという経歴の持ち主です。
後々、流哉との出会いなんかも話しとして書けたらと思います。
楓=アークライトは流哉に連絡を取れる人物を探し、霊峰と呼ばれる秘境に籠るガルマの所まで自身の足で辿り付いています。
次回はシュテルンシュヌッペという事で食事シーン頑張ります。
また、立花楓の話しの内容とは。
次回を楽しみにして頂ければ幸です。
お読み頂き、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」等、思って頂けましたら、ブクマ・評価頂けると大変励みになります。
評価は下の方にあります、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』へと押して頂ければできますので、どうぞよろしくお願い致します。
今後ともよろしくお願いします。