3.彼女との一日 4『その参』 連盟が魔法の名前を冠する理由
新年あけましておめでとうございます。
滑り出しは緩やかに。
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。
ホワイトボードを綺麗に消していく中、一つ伝え忘れていることがあったことに気付く。
わざわざ書いて説明するまでもないことだからボードを綺麗にしたことは問題ない。マジックペンに延しかけた腕を止め、クリーナーを置いて振り返る。
何かを話し始めるのかとメモを取る準備をする燈華の表情が、期待から肩透かしを食らったと言いたげな不満そうなモノに変わった。
流哉は椅子に腰かけ、特に何かをするのでもなく座っている。
燈華たちが休憩と思い各々のカップに新しいお茶を注ぎ始めたのは直ぐの事だ。
「連盟の名前になぜ魔法という名を冠しているのか。
魔法使いが代表を務めている訳でも無く、何故『魔法』なのか、そう疑問に思わなかったか?」
流哉が投げた疑問に燈華たちはピタッと固まる。その中に紡も含まれているのは非常に面白い光景だろう。
連盟の中を探しても、この疑問を投げかけられて満足の行く答えを出せるモノはほんの僅かな一部だけ。設立の真実は魔術こそが至高だとする者達や貴族階級にとっては都合が悪く、連盟の中では意図的に教えていない講師が多いというのが今の結果をもたらしている。
魔法使い達はある程度は内情を知って居るモノだと思っていたが、紡が知らないというのであればその認識を改めなければならない。
「……少しだけ話してやる。
わざわざメモを取るようなことじゃないし、各々の記憶の片隅にでも刻み込んでくれればそれでいい」
姿勢を正す燈華を真面目な性格をしていると思うが止めたりはしない。各々好きな姿勢で聞けば良いと思っているし、姿勢を正して改まって話すようなことじゃない。
祖父母が孫に昔話を聞かせるような感じで良い。流哉も祖母からそんな感じで話しを聞いた。
「オレが祖母から聞いたのは、大雪が降った日だった。この部屋も当時は祖母の部屋で、部屋の中央に置かれたコタツに入って祖母が淹れてくれたお茶を飲みながら話しを聞いた」
流哉自身の部屋にしてから新たに付け加えた設備であるコンロに魔力を流して起動させ、祖母の話しを聞いた時のようにお茶を淹れるべく冷め始めたお湯を沸かす。
友人たちと旅をする過程で必要になって購入した直火に対応している縦長の大容量金属製ケトル。
湯を沸かす為だけやお湯そのものが出る魔導器は持っていなかったので、普通に市販のキャンプ用品を購入した。
熱伝導性の良い金属製ケトルは魔力を熱に変換するコンロの魔導器とは非常に相性が良く、口から湯気を少しずつ吐き出して始めている。
「お湯、いるか?」
「ええ、いただくわ」
問いかけると紡が返答する。もっともティーポットに近い位置に居たアレクサンドラが茶葉の入れ替えを行い、流哉の元まで持ってきたポットにお湯を注ぐ。
豆から挽く程の休憩時間を取るつもりは無いので、簡単に作れる文明が生み出したインスタントコーヒーの粉末をマグカップに入れる。
インスタントコーヒーは流哉自身が買い求めた物ではない。キリマンジャロだとかブルーマウンテンとか書いてあるものを適当に買ってくる友人がそのまま置いて行ったものだ。
気まぐれな友人は置いて行くモノは好きに使ってよいと言っている為、折を見て溜まり過ぎたモノを消費している。
時の流れを無視しているこの部屋や宝物庫の恩恵なしでは不可能な貯蔵の方法ではあるが、都合の良い置き場扱いされるのは癪なので消費をしつつ増えすぎないように調整しているというのが実態だ。
「インスタントだなんて……手間を惜しんではいけないわ」
「いちいち豆から挽いて落とすまでの時間をかける程の話しじゃない。
しかし、畏まって聞くような話しでもない。カップを傾けながら話す程度が丁度いい」
カップを傾ける仕草をしながら紡に言う。
呆れたと言いたげな表情と仕草で紡は自身のティーカップに注がれた紅茶に口を付けた。
マドラーでマグカップの中身をかき混ぜ、豆から挽いてドリップするコーヒーに比べて酸味の強いインスタントのモノは、味こそ劣るが手軽さだけは勝っている。
「魔法連盟なんて組織が出来る前は、大小さまざまな組織が連立していた。中には筋を辿れば西暦の開始時期やそれ以前にさえ遡れるような組織が数を減らしながらでも十六世紀初頭までは確かに存在し機能していたと聞いている。
連盟の学び舎や本拠地としている建造物は元々別の用途で使われていた。無論、所有していたのは連盟に加わった組織の一つだ」
燈華と秋姫は見たことが無いのだろう。どのような建物なのかをアレクサンドラとクリスティアナから聞いている。
作業机の真後ろに設置してある本棚より一冊の本を取り出し、あるページを開いて燈華の前に置く。
「コレは……画集か何か?」
「いや、画集ではなく記録書ってところだ。連盟が発行したもので最も古いのがそれだ」
こだわりを感じさせる装丁が施された重厚な本の正体は、連盟の発足を称える為に後世で制作した記念本だ。他人に祖母の遺した思い出を覗きこまれるのは好まないが、連盟の設立時に描かれた絵の写しはこの本にしか載っていない。
当時描かれた絵そのものは連盟の重鎮たちが踏ん反り返っている部屋の壁に飾ってあるが、手元にないものを見せることは出来ないので諦める。
「白黒なので少々分かり難いですが、建物は今と変わりませんね」
アレクサンドラの言葉を聴くまでは信じてなさそうだった燈華の視線は見開き一面に載っている一枚の写真へ釘付けになっている。
ページをめくろうとする燈華の仕草を見て、本を取り上げ元の位置へ戻す。少々不満げな表情で見つめて来るが、本を見せたのは連盟の建造物を見せる為で祖母の思い出を見せる為じゃない。
「一人のある男が生まれ、西暦という時代が始まった瞬間から神秘という星の奇跡は消えることが定まった。魔法という神秘は失われ始め、一部は魔術という学問へと形を変えて継承し、古代の魔術師達が学び鍛える為の場所として研究機関を設立し、今の組織という形が始まった」
マグカップの中身はまだ八割以上もある。
世間話をするには多すぎる量を作ってしまったのは反省すべき点だ。
「緩やかに衰退していくはずだった神秘が急激に失われ始めた十六世紀初頭、歯止めをかけようとして集まったのが連盟の発起人とされる者達だ。
一人は錬金術師。『至高の模造品』級の魔導器を制作し、古の遺産である『神代の幻想』級や『最も神秘に近い幻想』級の遺物を整備できる腕を持った錬金術師たちの取りまとめ役の男。
一人は魔術の研究機関の代表。連盟の本拠地であるロンドンの地下に広がる広大なあの場所はこの研究機関が元々所有していた場所だ。
一人は魔術師。どこの組織にも所属はしていなかったが確かな腕を持つ人物だった。
一人は巫女。教会に所属し、魔術の存在を知る者で、本来であれば敵対する存在だった。
最後の一人は魔法使い。魔法に至ったばかりの世捨て人だったと聞いている」
マグカップの中身は半分より少し下。そろそろ話しをまとめよう。
「最初の一人が後世に伝える場として提唱し、二人目が技術を後世に伝える場として言及し、三人目が新たな技術をもたらし、四人目が同胞をまとめ資金を集めた。
最後に敵対する組織へ対抗する為に力が必要になった。他を圧倒する強大な力を後ろ盾として欲し、最後の一人に声がかかったのはこの時だ。
世情なんていうのには興味が無かった魔法使いは、『面白そうだ』という理由で手を貸すことを決め、連盟という組織は走り出した。
敵対する人を、組織を、国を倒していく内に魔法使いは最強という名で語られるようになり畏れられた。
連盟という組織の名前に『魔法』を冠する理由は単純だ。ただその魔法使いが恐ろしかったのさ。味方である内はその矛が自身たちへ向けられることが無くとも、何かの拍子でその矛が自身へ向けられることを恐れてしまった」
マグカップの中身は消えた。
「魔法使いにその意思はなかったらしい。連盟という場所には自身の同胞とも呼べる魔法使い達が集まってくるようになっていたし、何より孤独を知らなかった頃には戻れなかった。
魔法使いが内情をこぼすことはなかった。連盟の代表を務めることになった発起人たちにはそれが酷く恐ろしかった。
間違っても矛先が自分たちに向かないように、魔法使いの功績を称えて連盟の名前に魔法の名を冠した」
マグカップを洗い、伏せる。
小話にしては少々長かったが、これで休憩は終わりでいいだろう。
「オレや昔を知る魔法使いが連盟に義理立てしているのは、その魔法使いに敬意を示しているからだ。
さて、休憩は終わりだ。次のことを話し始めるとしよう」
綺麗に消したホワイトボードへマジックペンで新たに書き込んでいく。
書き込む文字は『協会』。
連盟と対を成す組織の名前だ。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
年を越す前に投稿を予定していたのですが、歳を越して正月を終えてしまいました。
今回は連盟が魔法の名前を冠する理由となりました。
連盟の立ち上げに協力した魔法使いとは誰なのか。
今までの投稿してきた話しの中にヒントがありますので、見つけてみて下さい。
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