5.彼女との一日 2『その伍』 童話の魔法使い、西園寺紡との契約
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い、紡との契約に応じる
・燈華⇒魔法へ至る為の修行中の身、流哉と紡のしている契約の話しには付いていけてない
・紡⇒世界に残された数少ない魔法使い、流哉に契約を結ばせることに成功する
・アレクサンドラ⇒お昼の時間に気付く
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へ気軽にお知らせください。
西園寺紡という少女との付き合いは、思い返せば五年前くらいからだろうか。
義務教育を終えた頃、本格的に連盟の本拠地へ移って来た辺りに初めて出会った年齢の近い魔法使い。
互いの第一印象は最悪だっただろう。少なくとも流哉は良い印象をもっていなかった。
流哉に与えられた連盟の学び舎での立場は講師。教室を開く権限を持ち、気に入ったモノを弟子に迎えることも許される立場だ。
最も、流哉にその気はなく、魔法使いが弟子を取るということが特別な意味を持つということを誰よりも理解している。
だからなのだろう。
西園寺紡がゲームと称して開催していた生贄集めを流哉は認める訳にはいかなかった。
ゲームの参加者に紛れ、自身の魔法を使ってまで無理矢理に終わらせた。
結果的には紡のメンツを潰した訳だが、魔法使いの起こした面倒事の処理を押し付けられた流哉としてはいい迷惑だ。
紡も良い感情を持っていなかっただろうが、流哉にとっては面倒事を起こしてくれた要注意人物として警戒していた。
そんな少女が、自身の魔法の副産物であり他者に渡すことなど考えられなかった代物を、差し出してまで契約を持ちかけている。
それほどまでに本気であるということを流哉は感じ取っている。
話しを聞いて、内容次第では契約に応じても良いと考えているが、全てを鵜呑みにする訳ではない。言葉の裏に隠された真意を読み取らなければならない。
「オレに対して契約を持ち出すか……ソレが何を意味するのか、聞くまでもなく理解しているだろうな」
この問いかけには確認と同時に覚悟はあるのかという通告を含んでいる。
魔法使いにとって契約というのはとても重要な意味を持つ。あらゆる不条理の塊なんて言われる『魔法使い』を唯一縛ることが出来るのが契約だ。
魔法使いに覚醒する際に最初に交わすのは契約であり、以降どのような契約であろうと正式に交わした場合は破棄が出来なくなる。
口約束などは正式な契約には含まないし、騙して契約を結ばせるということも出来ない。
正式に交わす前であれば契約を破棄することは出来るし、魔法使いは余程の事が無ければ正式な契約を結ぶということはしない。
契約がどれほど危険なことかということを理解しているし、魔法使い達の頂点に立つ者が契約というものの番人のような役割をしている。
流哉自身、その役割を先代から引き継いでいる。他の魔法使いの誰よりも契約という言葉の重みを知っているからこそ、契約を蔑ろにし、悪用しようとするものを許しはしない。
「分かっているわよ。私も契約という言葉を持ち出した以上、覚悟をしているわ。
貴方の前で契約という言葉を生半可な覚悟で出すほど無知ではないつもりよ。
貴方が交渉のテーブルに着いてもらえるように対価を用意したし、望むのであれば、『血の契約』に応じる準備はあるわ」
紡が言い出した『血の契約』。魔法使い同士が結ぶ契約において、互いの信頼が無ければ成立しないものの、最も古くからある契約方法の一種であり、文字通り血で結ばれる破棄の出来ない契約だ。
血液にはあらゆる情報が刻まれており、それには魔力も含まれる。互いの血液を交わし、魔力の流れそのものに枷をかけることで、決して裏切ることのできない確かな繋がりを築く。
まさか、そこまでの覚悟が紡にあるとは思っていなかった。
契約を結ぶということは互いに制約を課すことになる。
一方的に有利な条件での契約を流哉は認めることは無いということを紡は百も承知のはずだ。
「貴方の契約は過不足なく、どちらかが一方的な有利な条件を持ち出すことはない。
契約の番人だとか守り人だとか言われるのも納得よね」
「確かに番人だのなんだのと呼ばれている事は知っているし、それなりに自覚もしているつもりだが……面と向かって言われるのは慣れないな」
現在では魔術師達が気軽に契約を結ぶようになったが、それは契約の方法が簡略化し、魔術師達でも行えるようになったからだと祖母から聞いた。
魔法使い以外が契約を執り行うことが出来なかった古の時代とは異なり、契約の方法を魔術へ落とし込むことに成功した現代では危険な契約方法を使う者も少なったと聞く。
今準備をしている『血の契約』も魔術師では執り行うことが出来ない高度な術式になっている。繊細な魔力のコントロールなんていうのは最低限の事で、互いの魔力に干渉し合うのだから少しの失敗が命取りになりかねない。
流哉の部屋の床に引いてある敷物は特別製だ。宝物庫内に住んでいるアラクネ達が自らの手で織り、織りこむ模様を指示して魔法陣と魔術式を散りばめてある。
今から行う『血の契約』に必要な魔法陣も織り込んである。
「貴方は本当に珍しいものを所有しているわね」
「オレにとっては珍しいものでもないが、やらんぞ」
製作者に頼めばすぐに作ってくれるものであり、彼女たちアラクネの一族も流哉の頼みであれば喜んで引き受けてくれる。コレは自惚れではなく、ここまでの関係を気づき上げてきたという自負と、滅多なことでは頼らない流哉からの頼み事であるからということもある。
宝物庫の住人たちからはもっと頼って欲しいと言われたのは誰にも言えない秘密である。
「頼んで譲ってもらえるようなモノじゃないことくらい分かっているわよ。
そもそも、コレを譲ってくれるとしてもそれに見合うだけのモノを用意する方が難しいわ」
紡はしっかりと価値を把握しているらしい。
物の価値を分からない連盟の強欲な連中であれば、見当違いな額か、そもそも無償で提供するのが当然だと言ってくるなんていうこともある。
そんな連中に比べれば、価値の分かる紡の相手は何倍もマシだ。
「貴方の気持ちが変わる前にさっさと契約を済ませましょう」
「そうだな」
互いに手の平をナイフで切る。
痛みはあるが、魔術に血液を用いることは多く、この程度の事なら既に慣れている。
痛そうと言いたげな燈華の視線を無視し、敷物に内包された魔法陣の一つを発動させる。
「血の契約を」「ここに」
「私の願いを」「過不足ない結果と代価を」
「誓いをここに」「制約と契約を」
向かいあう紡が差し出してくる手に自身の傷が重なるように合わせて、指を絡ませてしっかりと握る。
重なり合う手の平の隙間から滴り落ちる血が魔法陣に落ち、魔法陣の形が変わる。
流哉の紋章と紡の紋章二つが重なり合って一つの形になる。
契約紋と呼ばれる『血の契約』が確かに結ばれた証だ。
ここに契約は結ばれた。
流哉自身、数える程しか行っていない本物の契約。
契約を司る神と、流哉と紡それぞれの契約を結んだ神、三柱の神々が見届けた絶対の約束事。
最古の契約とは、神々へ誓い違反者には厳しい罰のあるモノだ。『血の契約』は契約の神の下に確かな誓いを立てるモノだが、魔法使いの場合はそこに自身の契約した神も関り、より強い制約と契約の履行を求められる。
互いの結んだ手の甲に契約紋が浮かび、直ぐに消える。契約が果たされるその時まで互いの身体に刻み込まれた証。
コレが消えて解放されるか、果たせずに烙印として残るのか。最初に行動をしなければならないのは流哉自身、新たな面倒事を抱え込んだのは間違いない。
「二人はいつまで手を繋いでいるのかな」
燈華の目が笑っていない笑顔を向けて来るが、そんなことを言えば紡が揶揄ってくるのは分かり切っているというのに……
「あら、羨ましいの?」
「そうだよ!」
泣きだしそうに瞳を潤ませている燈華を横目に、紡の手をほどく。
指を鳴らすという動作で魔術を発動させ、紡と流哉自身の手の平の傷を癒す。
詠唱や魔法陣、術式の構築等を排除した簡略的なモノだが、傷を癒す程度の事なら詠唱をするまでもない。
「ありがとう。私の傷まで治してくれて。
それにしても、契約の効果というのは凄まじいものね。自身で体験するまでは半信半疑だったけれど、私の傷を簡易発動の魔術で直したのを目の当たりにしたら信じない訳にはいかないわね」
魔法使いは魔法以外の神秘に対する耐性は完全耐性と言っても過言でない程に高く、魔法であっても一定以上の耐性を持っている。
治癒の魔術であっても、受ける側が受け入れると認識して神秘に対する防御力を下げた上で、魔法使いの防御力を無理矢理に突破してようやく効果を発揮する。その際に自身の魔力を高めるので、魔力の効率は非常に悪い。
契約を結んだことにより、互いに利益を得るための魔術はかけやすく、逆に呪い等の不利益を生じさせる魔術はかけることも出来ない。
無論、魔術をかけやすくするという副産物の為だけに契約を結ぼうというマヌケは魔法使いにはいない。
「自分の傷を治すついでだから気にしないで良い。
一つ、オレについて情報を開示する。オレから紡に魔術をかける分には問題ないが、紡からオレへ魔術をかけるのは成功しないことがある。
紡なら耳にしたことがあるかもしれないが、オレは『十の祝福』を授かっている。
非常に面倒な代物で、紡の善意や助けるための行動であっても解除する可能性があり、『血の契約』でなければオレに強制をする契約も弾く程だ。
誰からの贈り物なのかは……ここまで言えば分かるだろう?」
紡の反応からおそらく知っているだろうという思いは確信へと変わった。連盟で噂程度なら聞いたことがあるだろうくらいで考えていたが、どうにも詳しく誰かから聞いたという感じだ。
おそらく、母の雪美が話したのだろう。時期としてはこの前、神代の家に来た時だ。
話しを聞いているのなら余計な説明を省けそうだ。
「それなら特に説明はしない。詳しく説明する気は元々無かったが、知っているなら省いても良いだろう?」
流哉の言葉に紡は特に何かをいう訳でも無く頷いている。
無駄なことに自身の時間を使われることを嫌うのは共通項だろう。
「オレは紡の魔眼の作製に付き合う。紡はオレに童話の魔法の副産物を提供する。
契約の内容はコレで間違いないよな?」
「ええ、間違いないわ」
「そうか……オレから聞くことは特にない。紡はオレに効くことはあるか?」
「私もないわ」
「なら、この話しはここまでだ」
契約に関して当人同士以外に聞く権限はない。
話しをする気はないと言った以上は、燈華たちが話しを聞きたいと思っても流哉は断る権利を持っている。どうしても話しを聞きたいと思うのなら、燈華たちは紡から聞き出す以外に選択肢は無くなるということだ。
紡がどう動くのかは分からないが、その行動の結果は全て紡にだけ帰結するのは間違いない。
西園寺紡という少女は、他者を巻き込むことに特別な感情を持っていないが、自身の選択の結果を他者に押し付けるということはしない。
それだけは間違いないと流哉は断言できる。
そもそも、口の軽さはそのまま信用問題に直結する。信用できない相手と契約を結ぶことはありえない。
「言っておくけど、私から何かを聞き出そうなんてことは出来ないわよ。
私の口が堅いことは、知っているわよね?
それに……知りたいことは、自分自身で確かめないとダメよ」
何かを言いたそうにしている燈華に紡が釘を刺している。
確かに紡の言う通りなのだが、そのままではコチラに話しが飛び火して来るのは間違いない。
それは面倒だ。
「そろそろお昼の時間ですね」
壁にかけてある時計を指さしてアレクサンドラが声を上げる。
時間の経過が分かり難い流哉の部屋には、人を招く範囲に限って時計が飾ってある。
壁掛けの時計で時代を感じさせるものや、更に年代を重ねているのであろうグランドファーザークロックと呼ばれる大型置時計が鎮座している。
元々は祖母の持ち物だったが、部屋に置いておくとしっくりくるので飾っている。
本来は面倒なメンテナンス作業等をすることで長く使っていくものだが、時間の経過というモノが曖昧なこの部屋と、こういうものを弄繰り回すのが好きなドワーフの連中が勝手に手入れをしてくれるので一切手入れをしたことが無い。
時計の針は十二時を少し過ぎたところを示していて、お昼の時間は過ぎていた。
「そうだな……時間も時間だし、一度休憩にしよう」
椅子に座ったままの燈華たちが伸びをしている様子を見て、一つ思い至る。
「昼食はオレが腕を振るおう」
「えっ? リュウちゃんって料理できたの」
いつも作って貰うばかりで悪いと思っていたので申し出たのだが、酷い言われようだ。
やらなくて良いことはやらないし、家事というのも生活するうえで最低限の範囲で出来るというだけの話しだ。
「燈華たちにはいつも作って貰うばかりだからな……たまには、な。
だけどあまり期待しないでくれ」
昼食を作るとは言ったが、燈華たちが作った方が美味しい。
常に施しを受けるだけというのが性に合わないだけ。
燈華たちに一度食べて貰って、『自分たちが作った方が良い』と思ったのなら、以降はその判断に従うだけだ。
戦力外だと判断されたのなら、調理場以外で受けた施しを返すことを考えることにしよう。
なにより、タダより怖いものはないとも言う。
今回の話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
流哉は紡との契約に応じました。
流哉にとっても童話の魔法の副産物は珍しいもので、入手が困難なモノの一つです。
紡は流哉の協力を得ることで、自身の魔眼の完成を目論んでいます。
次回は昼食の場面を予定しております。
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