4.冬城燈華は止まらない『その壱』拡散する流星
今回は燈華の視点です。
徐々に動き始める物語を少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
クリスの表記をクリスティアナに変更しました(2022/1/16)
加筆と修正、タイトル付けを行いました(2024/12/16)
廃病院での出来事から一ヵ月後、西園寺紡の家に居候して早いもので三ヶ月目、高校二年の夏。
後から見返せば、『始まりの夜』。
燈華は廃ビルで入手した地図に示された地点、宇深之輪の町外れにある廃病院跡に紡と二人で訪れていた。
一月前とは違い、日本の季節はジメジメとした夏へと移行していた。
「こんな場所へ呼び出して何の用かしら?
それにしても紡、良かったの?
ヒメたち家に残してきて。特にヒメは来たがっていたし」
長い髪を緩めにまとめ、淡い青のブラウスにベストを合わせショートパンツにスニーカーと動きやすさ重視の服装をした燈華は目の前を歩く紡へ問いかける。
現在、紡の住む館では大津秋姫、アレクサンドラ・コメスター、クリスティアナ・ヴィスタチカの三人、燈華と紡も含めて五人で共同生活を送っている。
取り分け、ヒメと燈華たちが呼んでいる秋姫は自然消滅した自動人形に大変関心があるらしく、普段であれば口にしない我儘を珍しく言っていた。
「いいのよ。あの子が付いて来ても役にたたないでしょう?」
クスクスと笑う紡の姿はブラウスにネクタイ、チェックのスカートを合わせるも足元は低めではあるがヒール履きである。
燈華のようにスニーカーとまではいかなくても、動きやすい靴を選んでいない時点でどうやら今回も手伝ってくれる気は毛頭ないらしい。
笑っている紡の姿は非常に珍しいのだが、暴言はいつも通りである。
しかし、そのクスクス笑いは止めた方がいいと、割りと、本気で燈華は思った。
「いいこと。ヒメが着いて来たとしても、あの子は碌に戦闘用の魔術を使えないでしょう。
燈華、貴女はヒメを守りながら戦えるの?」
紡の言い方はキツイが、言っている事そのものは正しい。
出来る事が増えて、成長したとは思うけど、まだ燈華の力だけで秋姫を守りながら戦うなんて事は不可能だ。
「いつも思うけど、一言多くない?」
「そう? 私は気にしたことないわ」
言ってやりたい。
貴女じゃなくて、『他の人は気にするよ』って言いたいけど、言わない方が我が身のためだろう。
思うだけで余計なことは言わない。
それが紡と付き合う上で大事なことだと、一緒に暮らすようになってから学んだ。
紡との会話が一時間に差し掛かろうとしていた頃、そろそろ人も出歩かなくなってきた時間。
指定された時間はもうすぐだ。
万全の準備をして、得体のしれない相手を迎え撃つ。
「紡。一応、人払いの結界を張ってくれない」
「人払いだけでいいの?」
「念のためだから人払いだけでいいわ。人形程度なら私の魔弾で対処できるし……
そもそも手伝う気なんてないんでしょう?」
人が出歩くことは余程の事がなければない時間帯で、場所が廃病院跡と一般人はまず立ち寄るような場所じゃない。けれど、それ故に集まってくる人種というのも残念なことに少数だがいる。
そんな品のない連中に絡まれて、邪魔されたとあっては怨みのあまりに何を撃ち出すのか燈華自身でも分からない。
いや、何を撃ち出すのか分からないで済めば御の字。
最悪の事態ですら容易に想像でき、紡が一緒にいるのだからどのようにでも処理できてしまう。
見習いの燈華には出来ない事を紡に頼むのは、余計な事を考えなきゃいけない状況になる前に手を打つ為と、大切な友人に手を汚すようなことを頼むのは極力避けたいからだ。
紡は「燈華が良いと言うならいいけど」と結界を張ってくれた。
「何を心配しているのか知らないけど、人形相手なら遅れは取らないわよ」
普段とは違う紡の反応に気付き、心配はいらないと伝える。
燈華は紡が何を懸念しているのかは分からなかった。
紡は結界を張り終えるとどこからともなく本を取り出し読み始める。
紡の開いている本は、彼女が作り出した魔法の産物。
あの本の中には童話を代表する魔物達が飼われているか、彼女の“お気に入り”が潜んでいる。
読書を始める紡に対し燈華は空に広がる満天の星空を見上げる。
どこまでも広がり、輝く星空はいつも見上げる星空より綺麗で、時間を忘れて見入った。
不意に響く警戒音、燈華は臨戦態勢に入るべくスイッチを切り替える。
警戒しつつ、戦闘の準備を整えようと思った途端、先ほどまで足場だったコンクリートはめくり返り、不気味な物が這い出してきた。
それが一体だけではなく、二体、三体と留まることなく這い出してくる。
複数の足音が足並みを揃え、暗闇から近づいて来る。
「ねえ、紡。あれ、全部オートマタ?」
「そうね、幻惑されてない限りはね」
幻惑という相手に幻覚を魅せる魔術系統は存在する。
しかし、燈華は最低限『直接放たれ、自身に直撃した魔術以外は無効にしてしまう』体質であることは、紡に魔術を初めて教えて貰ったときに経験済みのことだ。
魔弾など直接ダメージを与えるものは効くが、幻惑など間接的に作用する魔術は効かない。
「この前とは別の人みたいね、燈華。
どうする、相手は物量で押し切る気みたいだけど?」
「決まっているでしょう。相手がその気ならこっちも容赦しないわ」
燈華は魔力を最大量、最大効率でかき集めるべく動き出す。
燈華と紡に迫る自動人形の群れは前回と違い一癖も二癖もある代物に見える。
動き一つを取っても前回の不出来な物と違い動きが滑らかである。
そして、何かを抱えている。
(今の私の撃てる最強の一撃。この一ヶ月かけて編み出した魔弾の新しいバリエーション。
私にやれる事はやったし、準備は万全。今の私が引く理由も無いし、逃げる理由も無い。
何か隠し持っているみたいだけど、私の魔弾でなぎ払えば問題なし!)
「まさか最初にぶっ放すのが人形相手だなんて、トコトンついてないわ」
燈華は魔法陣を複数展開させる。
今日の為に準備した一撃に用いる魔法陣は、一つの魔法陣で完結する一完結方式ではなく、二重三重と陣を重ねることで完成する複合完結方式で構成する。
一つ一つの魔法陣に其々の工程を振り分ける。
一完結方式では既に完成された鉄砲に銃弾を込め、撃鉄を撃つ事しか出来なかった。
しかし、この複合完結方式は違う。
一つ目の魔法陣には弾に関する全ての条件を設定。
二つ目の魔法陣には火力の設定を。
三つ目の魔法陣には照準とバレルの役目を。
四つ目の魔法陣で撃鉄を放つトリガーを。
全ての魔法陣で一つの術式とする。
工程を細かく設定することで威力と規模を格段に上げることが出来る。
燈華のとっておきだ。
四つの魔法陣を壊さないように、不具合が起きないように、丁寧に折り重ねる。
燈華が魔法陣全体の形成にかける時間は僅かゼロコンマイチ秒。
魔法陣は回転し、一つの新たな魔法陣へと形を成す。
形成した魔法陣を燈華は右腕に纏い、魔力を流し、魔力の弾丸を生成し加工する。
リボルバーの要領で作り出した魔弾を装填する。
照準を全面の人形ではなく、人形達の上空へと狙いを絞る。
生成し、装填した弾丸全ての発射準備を完了させる。
バレルの役割を与えられた複数の魔法陣を展開し、集めらた魔力を流し込む。注がれた魔力が魔法陣の臨界点を超え、魔法陣全体が悲鳴を上げ始める。
極大に膨れ上がる魔力の本流を留めている最後の魔法陣の操作に燈華は全精神を集中する。
思考は熱くするのではなく、冷徹に仕留めることのみに割く。
熱くなる思いを冷やし固め、一瞬の隙を見逃したりしない。
人形達の動きが静止し、狙いを定め攻撃へと移行するその瞬間を燈華は見逃さない。
最後の魔法陣が引き金の役目を果たす。
バレルの魔法陣を魔弾が通過する度に蓄積された魔力を吸収し、音を置き去るまで加速し天空に撃ち出される。
「弾けなさい、スタークラスター!」
魔力の塊は燈華の命令を受け、光は人形の上空で弾ける。
弾けた光の破片一つ一つが更に分裂する。
魔弾“クラスター”との違いは目に捉える事のできない粒子単位まで分裂する事。
それも粒子まで分裂した魔弾の威力は込められた魔力に等しい。
天空から地上に降り注ぐ魔弾の霧雨。
細かすぎる粒子は月光に反射し、かすかに認識できる程度。
避ける事は出来ない魔弾の本流が人形の軍勢を飲みこむ。
病院跡地には壊れた自動人形の山が築かれた。
瓦解した自動人形の山を見上げ、燈華は完全に勝利を確信していた。
極限まで集中させた思考を解くと、冷え切った感情が緩む。
目の前の瓦礫の山を見て『後始末が大変そうだ』と、ぼやいた時、山の中から鋭い破片が三つ飛来した。
「うっ!」
気づいた時には破片の一つが燈華の肩を貫いていた。
衝撃を殺しきれず、地面を転がる。
肩から血を流しつつも燈華は破片が放たれた山へとしっかり目を向けた。
ガラクタの山の中から破壊したモノとは異なる形状の破片が飛び出し、それが集まる。
集まった破片は組み合わさり、形を変え、新たな人型へと組みあがる。
組みあがった人形は三体。
先程までの大量の自動人形より精巧で、籠められている作者の想いが違う事が分かる。
(油断した。あの魔弾の雨を防ぐ奴がいるなんて)
対処をしようにも燈華自身の魔力は既にカラ。魔弾一発すら作りだすことは出来ない。
ふと、紡の方へ視線を向ける。
紡は自身を守る岩の殻からこちらには目もくれずに宙を見つめていた。
ひどい奴、たぶん魔弾の準備の段階から出していたのだろう。
徐々に近づいて来る自動人形との距離は既に十メートルを切っている。
「嫁入り前の乙女の柔肌になんてことをしてくれるのよ」
強がって虚勢を張るが、燈華は死を受け入れつつあった。
(まだ未練は沢山あるけど、この状態を打開する策なんてないし、紡に助けを求めるなんて論外。
いつかはこんな日が来るって事は分かっていた。
分かっていたつもりだったけど……早かったなー。
最後にあの人に、もう一度で良いから会いたかった……)
死を受け入れ始めたその時。
「―――こんなところで諦めるのか?」
声がした。どこからともなく現れた光は、目の前に迫る自動人形に流星となり直撃する。
燈華はその三本の流星に心を奪われた。
一瞬で消し飛ぶ自動人形、目に映る景色の全てを星が覆い、流星の落ちた場所に一人の男の人が降ってきた。
燈華の視点どうでしょうか。
見習いの彼女が突き進む様子に、お付き合いいただけたらと思います。
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