1.彼女との一日 2 『その壱』 少女の目覚めと時を刻む瞳
再び流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い
・燈華⇒魔法へ至る為の修行中の身、魔術の勉強中
・紡⇒世界に残された数少ない魔法使い
・アレクサンドラ⇒魔術師。連盟で勉強をしていた。
今回から『彼女との一日 2』となります。
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へ気軽にお知らせください。
失敗した。
心に過った言葉を振り払うように頭を振る。
そんな訳はないと思っていたけれど、女神の介入により想定外の方向へ転がったのは事実だ。
自信満々に任せておけと言っておきながらこの体たらく。まだ確定したわけでは無いが、自身の思い描いた結果にならなかったなど、恥以外の何物でもない。
「目が覚めた……はずなんだが」
少女の瞳は誰を見るのでもなくただ虚空を見つめている。
目が覚めたはずなのに意識はないといった様子。何者かに意識を乗っ取られている事を疑ったが、ソレも違うと左眼の魔眼に映る景色で判断する。
左眼の魔眼は、見たいモノ見たくないモノ、構わずその一切を映し出す。
魔力の流れ、呪いや憑依の類、幽霊だとか悪魔だとかという実体のないモノ、魔力で結ばれた経路、遺跡などの隠し通路や部屋など……
挙げ始めればキリはないが、心に隠し持った感情以外はほぼ全て見透かすと言っても過言ではない。
左眼に映るアレクサンドラの姿に、何かが憑りついたということは無い。
たった一つの違和感を除けば、普段と変わらないはずだ。
たった一つ、神々へと繋がる一本の糸のような魔力経路が無ければの話し。
「無理矢理にでも覚醒させる手はあるが……下手に手を出すのは悪手になりそうだな」
流哉の呟きに誰かが反応するということもなく、ただアレクサンドラの目覚めを待つ。
仲間の心配をする少女達と、少し離れた場所から様子を窺う紡。流哉はそのどちらかと一緒に居るのでもなく、自身の机の近くでレルお手製の目薬を片手にどのような結果になっても良いように準備をする。
「あ、みんな……どうしたの」
アレクサンドラの瞳に正気が戻った。
虚空を見つめていた灰色の瞳に光が戻ったと思ったが、その瞳に変化が起き始める。
同行が細長く縦に割れ、灰色だった瞳の色は金色に染まる。
この瞳に流哉は見覚えがあった。
「まさか、この眼をもう一度見ることになるとは……思わなかった」
「リュウちゃん、アレックスに何が起きているの!?」
少女達を代表して燈華が流哉に聞いてきたが、ゆっくりと答えている時間は無い。
意識を取り戻したばかりのアレクサンドラが扱えるような代物ではない。
時を見つめる魔眼なんて、少女が扱い切れると流哉は思っていない。
「アレックス、少しジッとしていろ。燈華も、その質問に答えるのは後だ。
今は、オレの邪魔をするな」
燈華たちにかける言葉としては少々強めだが、まずは暴走する前に魔眼の対応をするべきだ。
体内を常に循環する魔力を意図的に加速させる。
その行動だけで身体が魔術を行使する為の準備を終え、記憶の領域にある魔法陣を選定すれば、あらゆる魔術が即座に発動する。
記憶領域から引き出すのは簡易的な封印術式。
魔眼へ魔力を供給する為の魔力経路を切断し、発動を強制的に終了させる術式。
名を『魔眼封印』。魔眼を戦闘に用いる全ての術者の天敵となる封印魔術。
流哉の腕に絡みつくように何重にも発現した魔法陣が手の平で重なるように移動するのにつれて、アレクサンドラの足元では同じように魔法陣が展開していく。
術式が正常に発動準備を終えたことを確認し、手の平で完成した引き金に当たる魔法陣を握りつぶすように砕く。
アレクサンドラの目の辺りで帯上に魔法陣が変化し、目隠しのように包んだ後、魔法陣が消え去って魔術は発動を完了する。
「今のは?」
「アレックスの魔眼を封印した」
淡々と事実を告げ、アレクサンドラに歩みよる。
魔眼を封印したと言っても物理的に眼を塞いでと言うのではなく、魔眼が発動しないように魔力の流れを断ち切るだけ。
制御する為の術を身に付けた頃に封印を解いてやれば、魔眼を自在に発動できるようになる。
ただ、今はその事実を告げない。
余計な事を考えないように情報を与えない。
「大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」
呆気に取られているアレクサンドラをソファーに座らせ、水差しからコップに水を汲んで渡す。
未だ整理がつかないアレクサンドラを落ち着かせる為であり、燈華たちにも時間を与える為だ。
「どういう状態になっているか説明するが、落ち着いたか?」
アレクサンドラに問うと、水を飲み終えた彼女はゆっくりと頷く。
自己を見失っている訳でないことを確認できた。
立ったままの燈華たちにソファーへ座るように促し、自身の為に用意しておいたアイスコーヒーを切子のグラスに注いで全員に振舞う。
「アレックスの瞳に起きていたのは、魔眼の開眼だ。降臨した女神たちの置き土産だな。
出されたのが珈琲だということに関する文句は受け付けない」
何かを言いたげな紡の視線への返答を済ませ、口の滑りを良くするために珈琲を一口だけ飲む。
自身が珈琲党であることを再認識しつつ、紅茶党の紡の何かを言いたげな瞳から逃れるように説明の続きを話す。
「今回、介入してきたが『時の女神』だったからなのか、そもそもアレックスに適性があったからなのかは分からないが……最後に何かをしていたのかと思えば、魔眼とはな。
アレックスが開眼した魔眼の能力は『時を見つめる』ことだ」
ただ、『時を見つめる』という表現に留めたのは少しでも違和感を持って欲しいからだ。
時と言うモノを視覚として捉えるということへの疑問を持たなければ、魔眼を支配して従えることなど出来ない。
「時計という意味で『時を見る』って言っている訳じゃないぞ。
文字通り、その魔眼は時間というモノを視覚として捉えることが出来る。流れ行くだけの時間という概念を視覚で捉え、介入する為の糸口を掴むことが出来ると言われているが……オレも見るのは二度目だ。
魔眼大公ですら所持していない稀有な魔眼だな」
魔眼と言う一つの分野において知らぬものはいない有名な魔眼蒐集家。
他者への移植が不可能とされる魔眼を唯一移し替えることが出来る人物であり、連盟に所属している奇人変人の一角。
「時を読むのではなく見つめる魔眼、ね……私も初耳の魔眼だわ」
「紡も知らない魔眼って……」
紡が知らないのも無理はない。記録と言っても石板に掘り込むという技術の頃のものが僅かに残されている程度の代物で、実物を得た物は誰かに言うことは無い。
魔眼大公が収集品に加えたがっているというのは有名な話しで、魔法使いに頼んでまで封印してもらうというモノも居たらしい。
「確か……あー、コレだ。
オレも資料の写ししか持っていなくてな、貴重なモノだから大事に扱ってくれよ」
燈華たちにも見えるようにアレクサンドラの前へ『魔眼大全』と書かれた本の一ページを開いて渡す。
魔眼大公が自費出版した魔眼の記録と研究書の寄せ集め。魔眼に関して調べ物をする為にわざわざ流哉自身が取り寄せた逸品の写し。
普段は部屋の本棚の一角にひっそりと納まっている。
本物の『魔眼大全』は魔導図書館『レア・ステイリア』内にある流哉の本棚へ収められている。
「魔眼大公が出版したレアものの辞典じゃない。私も持っていない貴重な書物よ。
いったいドコで見つけて来たのかしら?」
「あくまでも、ソレは写しだ。
連盟の図書館にあった奴を写した」
「ああ、連盟の所有する図書の写しを制作するサービスがあったけど……まさか利用している人が居たなんて驚きよ」
「連盟で教室を持っていた時に仕方なく利用したんだ。
ついでに偶然見つけた『魔眼大全』を一冊そのままに複製依頼を出して、手に入れたってわけ」
あくまでも複製品の話しである。
本物は魔眼大公といざこざを起こした際に、研究室に落ちていた一冊をたまたま拾って、そのまま懐に入れた。
あくまでも、研究室の机の上に『落ちていた』ものを拾っただけ。
「連盟の本棚に合ったのは見逃していたわね……貴重な本があるなんて思っていなかったし、人がゴチャゴチャいるのが好きじゃなかったからあまり行かなかったのは失敗だったわ」
連盟の図書館に広く知られてはいないが貴重な図書は多く所蔵されている。閲覧の許可はある程度の段階に分かれており、魔法使いであり連盟で教室を持っていた流哉はある程度の図書は閲覧の許可が下りた。
「オレも最初からある程度の図書がある事は知っていたぞ。
確かに学生が多いから落ち着いて見るなんてことは出来ないが、書庫の中には学生の閲覧を禁じているモノもあって、オレはソレを目当てに通っていた。
ある程度の特典も無しに教室を持つわけがない」
もっとも、連盟の重鎮との繋がりのある流哉は全ての図書への閲覧許可が下りたのは言う必要の無いことだ。
「そういう理由なら私が行っても閲覧の許可が下りるか分からないじゃない」
「ソレはそうだ。魔法使いだからと何でも許可が下りる訳じゃないからな」
少し残念そうにも見える紡の態度だが、内心は全然そんなことを感じていないことは見抜いている。
大方、流哉が所蔵している貴重な書物を見せて貰おうという魂胆なのだ。
転んでもただでは起きないと言うが、そんなかわいいモノじゃない。この魔女は転んだら助け起こしに来た相手の貴重な所有物を差し出させるくらいは平気な顔でやる。
「話しが反れたな。魔眼の説明をしてやらないと当事者のアレックスが可愛そうだ。
訳も分からず魔眼を開眼させられて、放置する訳にはいかない。
原因の一端がオレにないとも言えないからな」
見開きの中から一つの項目を指さし、分かりやすいように言葉を選ぶ。
自身が知り得ている知識を混ぜ、本に書かれている内容を補填する。
魔術に関して教えるということは、久しぶりの教壇とも言えるからだ。
「魔眼っていうモノに共通するのは、見えないモノを見えるようにするってこと。
アレックスが開眼した能力は『魔眼大全』によると、『時空の歪みを見つめる瞳』とだけ書かれているが、コレは大公の研究が及んでいないというだけだ。
時空間というモノは、本来視覚として捉えることが出来ないものだが、その瞳は視覚情報として捉えることが出来る。
しっかりとコントロールできるようになれば、見つめる景色は時代を超えて映し出されるようになる」
時代なんて言い方をするのは、数年という単位ではなく数千年という単位で覗き見る。所有者の腕次第にはなるが、星の生誕から星の破滅まで見つめることが出来るのは他にないだろう。
未来視なんて言う枠に収まる話しじゃない。
「残念だが今のアレックスの実力じゃ制御できるものじゃない。
暴走すると脳へのダメージにもなりかねないから、安全を考慮して封印させてもらった。
魔眼の制御を望むのならオレが付き合ってやる。
このまま封印したままを望むも、制御する道を選ぶのも、全てはアレックス次第だ」
流哉は道を示すことはあっても、決定することは無い。
選択した後にある成果も後悔も、誰かの手によって与えられるものじゃなく、自身の手によってのみ得られるモノだと考えているからだ。
後悔の無い選択などアリはせず、それでも先に進む為には選択し続けていく。ソレが出来るかどうかが魔術師として化けるかどうかに関わっている。
魔法使いであっても後悔が無いかと言われれば、多くの魔法使いが否定するだろう。
後悔する内容に差はあれども、それぞれが過去に何かを抱えているモノだ。
それに……この場にいる少女たちが立ち止まっているとは思えない。
立ち止まってしまうようであれば、他の者たちに置いて行かれるだけだ。
「私は……この眼を従えたいと思います。
今はどう言って良いのか分からないんですけど、使えないことで後悔をしたくありません」
「その結果、何か不利益を得ることがあってもか?」
「自分自身の選択ですから。
立ち止まるのは一度だけで良いんです。私は一人だけ置いて行かれるのは嫌です」
燈華達を見つめた後に発したアレクサンドラの言葉に迷いの色を感じなかった。
連盟で夢を打ち砕かれて迷っていた少女の面影はなく、目に輝きが戻ったかのようにすら感じる。
自身の意思が決まっているというのなら、流哉からこれ以上なにも言うことはない。
「分かった。燈華の面倒を見るついでだ。
このオレが、魔法使いの名にかけて魔眼を扱えるようにしてやると約束しよう」
紡が少し大きく目を見開いた。
連盟での流哉の態度を知っていれば、今の言葉がどれほど異質であるのかを理解している。
魔法使いという名の重みを一番理解しているのは他の誰でもなく流哉自身である。
今回の話し、どうでしたか。
今回から『魔眼』というモノに関しての話しに突入していきます。
この作品において、魔眼というモノは魔術や魔法と深く関わりのある神秘という位置づけです。
燈華たちの成長と共に魔眼という要素について書いて行ければと思っています。
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