8.彼女との一日 1 『その捌』 その魔法のような奇跡は
前回から続いて燈華の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者へ知らせて頂けるとありがたいです。
流哉が発動している術式を途中で止めている間、身動きせずにいたアレクサンドラが若干辛そうな表情をしている。
魔法陣が展開されて以降、一切動かずにいるのも限界が近いようだ。
「話しの続きは、アレックスにかける魔術が完成してからな」
流哉が発動途中で止めていた魔術を再び動かし始めた。
足元の魔法陣はとは別に幾つかの魔法陣が現れてアレクサンドラを固定して宙に浮かす。手首、肘、胸、腰、膝、足首の八か所を固定し、浮いている姿はさながら十字架に張り付けられた者の姿だ。
身体につけられた魔法陣が光ったと思えば、張り付けられたアレクサンドラから薄っすら透明な人型が抜け出す。
「な、なにが起きているの」
「アレックスの身体から魂を一時的に抜き出して、これから精霊石を付属させる工程に入るのよ。
魂の抜き出しなんて言うのは協会の方が専門分野だから、この術式の中にはそういった部分が入っているのね。
十字架なんて私からすれば悪趣味の極みだもの」
紡がアレクサンドラの姿を見て『嫌なモノを見た』といった感じに表情を歪めている。
魔女と言われて先祖を魔女狩りの被害に遭っているというのもあるかもしれないけれど、燈華にはその気持ちがよく分からない。
文化の違いかもしれない。
「って……何でアレックスは裸なの?」
「ソレは知らん。この術式を作り出した協会の奴等に聞いてくれ」
抜き出たアレクサンドラの魂は服を着ておらず、同性ですら嫉妬しそうになるそのプロポーションが惜しげもなく晒されている。
流哉が鼻の下を伸ばしていないか横目で窺うが、その眼は真剣な眼差しで魔法陣に走らせている術式を追っていた。
「ゆっくり見せてやる事は出来ないから、自分の眼でしっかりと見ておくんだ」
流哉がそう言うとアレクサンドラの魂に変化が出始める。彼女の魂の中心に炎の揺らめきが生まれると、その周りに渦巻く風の精霊と潤いを与える水の精霊が楽しげな様子で魂の周りを回っている。
「頼むから余計な事をしないでくれよ」
流哉の口から『頼む』なんて弱音が聞えて来るとは思っていなかったから、燈華は内心驚いている。
さっきまでは開いてなかった流哉の魔眼が開眼していて、その瞳は楽しそうに舞っている精霊へ鋭い視線を送っていた。
「精霊なんて気まぐれなモノに頼らなければならないという点がこの魔術の欠点ね。妖精という種族は気まぐれな性格をしているから、どう従えられるかが肝心よ。
力で従えることが出来ない自由の象徴である妖精を従えるには、興味を持ってもらう以外にはないわ。
流哉さんが行おうとしているのは、精霊石に宿った意思がアレックスに興味を持つように促しているって感じかしら」
力で従えることが出来ないモノ。ソレは流哉にとって相性が良くないというのは、燈華ですら分かること。
片手間で簡単に魔術を扱って見せるのが当たり前と思っていた流哉が、燈華のように左手で突き出した右手を支えて魔術を行使している。
燈華の場合は繊細な魔力操作を行う際に無意識から来る行為だけど、流哉の場合は送り込む魔力量を左手で調整をしているように感じる。
「アレックス、精霊の声を感じろ。感じ取れたら、その声の元を手繰り寄せるんだ」
流哉が声をかけると、アレクサンドラの魂に風と水の精霊が接近し始めた。精霊が彼女の魂に触れると、身体の方も僅かに反応したような気がする。
精霊の形に変化が起きたのはその時だった。
水の精霊がアレクサンドラの魂と同じ形に変化すると、風の精霊が『しかたないなぁ』と言っているような感じでフルフルと震えた後に水の精霊と同様に変化する。
アレクサンドラの魂と、その形を模倣した精霊が二体。
何が起きているのか燈華にはよく分からないけど、流哉の表情が和らいだような気がするから悪いようにはなっていないのだろうと思う。
「ここからの様子をしっかりと見なさい」
紡が言葉数少なく、視線や顔は流哉の術式の行方を見つめたまま、呟くようにこれから起きる事を見逃すなと燈華たちは釘を刺された。
見ても理解が出来ないかもしれないけれど、見ることで得られるなにかはあるということなのかな?
「風と水の精霊よ、彼女に祝福を。
枷を解き放ち自由な世界を、癒しを得て停滞した時間を進めろ」
風が司る何者にも捕らわれない自由と水が司る癒し、流哉はそれぞれの属性が持つ力に接続している。
アレクサンドラが本来持つ魔力の属性は火だけ。そこに新たに属性を付け加えてどのような変化が起きるのか、それが魔導の神髄に繋がっていると確信を得ながら、燈華は成り行きを見守る。
「面倒な契約等を交わさなければならないが、まずは希望を与えてやる」
流哉はそう言うと、二体の精霊とアレクサンドラの魂を混ぜ合わせるように、一つのモノを新たに作り出すように操作をしている。
「魂に属性を付与するのではなく、魂に精霊を融合させている?
そこを見せたと思えばそれすらも偽りだなんて……アナタはいったいどれ程の力を隠しているというの」
流哉の行っていることが紡を以てしても想定しきれていないということなのか、紡の珍しい『驚いている表情』を瞳に収める。
今はただ成り行きを見守る以外に燈華が出来ることはない。
「さて、どうするのが良いか。
才能を見抜くことも出来なかった奴に絶望を味合わせるのも良いが、それは魔法を与えるのに等しい行為だしなぁ……誰かだけを贔屓するのは良くないな」
流哉は独り言を言いながら、左手に魔法陣を出している。星を象ったモノが描かれている彼だけの魔法陣から球体のような何かが左手の上に吐き出された。
「まさか、アレが彼の魔導書?」
紡の呟きから、手の平に収まるような球体状の何かが、魔法使い『神代流哉』が持つ魔導書らしい。紡のように本の形だけではないと知っていたけれど、パッと見ただのボールのように見えるアレが本当に魔導書なのか。
「コレを見たことを他言するなよ。コイツを見て生きているのは友人以外では今日この場にいるモノだけだ」
流哉がそう言うと、球体は膨れ上がっていく。中に閉じ込められている何かが姿を現すのに比例して、幾つかの部品に分かれながら形を成していく。
展開を終えたソレは元の球体の面影はなく、地球儀のような何かを中心に持ちながら周りを周回し続ける何か、流哉の魔法陣が立体になったと思われるソレは……
「神智の枝、トゥルーワールド。開帳せよ」
おおよそ『世界樹と呼ばれるモノはこういう形をしているのだろう』と想像しうる限りの形を成形したソレが流哉の魔導書。
見たことを漏らせば、例に漏れず殺すと言っている。その言葉に嘘や冗談の気配はなく、アレクサンドラに向けられている視線には無機質な光が見えたような気がした。
「あとで私の魔導書も見せるわ。一方的に縛られるのは好きじゃないの」
紡は自身の手元に一冊の古めかしくも立派な装丁の本を抱えている。その本に書かれているタイトルは『The City of London』、彼女が大切にしている本の一冊。
「紡の魔導書を見ても何も交換条件にはならない。童話の魔法がどういうモノなのか、その本質は既に見ている。
童話の魔法がどういう魔法なのか、オレは先代からソレを聞いている」
流哉はコチラを振り向くことなく発した言葉に紡の表情は能面のように固まった。
無機質な表情だけど、そこに秘められている感情は分かる。
紡の中で渦巻いている感情は、『どうして分かったの』だ。
「方向性は定まった。後は仕上げていくだけだ」
隣で『どうして』とつぶやく紡の声の他に流哉の呟きが聞えると、アレクサンドラを包んでいる魔法陣が再び動き出す。
アレクサンドラの魂に完全に融合した精霊が反応するように魂の輝きは増していく。その輝きを直視できず、瞳を守ろうと手で影をつくった時だった。
“超高次元の存在が放つ気配を感じたのは”
「おいおい……早々起きないから奇跡って言うんだけどな」
流哉の愚痴のような呟きが聞えたかと思えば、瞼を閉じなければならない程の光は収まり、強い力を放つ存在が降臨した。
美しい翼をもった三柱の女神。
一人は水瓶と開かれた巻物を、一人は天秤と短剣のような何かを、一人は槍と閉じられた巻物を。
女神たちはそれぞれ時計のようなものを身に付けているが、同じモノでないことが見た目で分かる。
「下界への干渉はルール違反じゃないのか」
『リライ=フィスの愛し子よ、我らは警告と祝福を授けに来たのです』
『運命に捕らわれし子よ、時の運航を司る我らが来た意味が分かるであろう』
『時は全てにおいて平等なのだ、運命を背負いし子よ』
女神たちが何を言っているのか、燈華には分からない。流哉にはまだ秘密にしている事があるということは察しが付くけれど、ソレを追求すべきではないということを本能で理解している。
ただ、きっと今のような状態が、魔法に至る瞬間なのかもしれないと思うと、心のどこか奥の方がざわつく。自分自身では見ない振りを、気づかない振りをしていた黒い負の部分を見せつけられているような、そんな感覚。
「魔法に至るかどうかを決めるのは彼女自身だ。お前たちの気まぐれに付き合うほどオレの気は長くないぞ」
『我らは最後の後押しをするだけ』
女神たちはそれぞれの力を切り分けるとアレクサンドラの魂へ与えていき、彼女の魂の格が上がっていくのを感じる。
魂という器が悲鳴を上げるギリギリの匙加減というのか、これ以上は注げないということを最初から分かっているかのように丁度の量を注がれていると感じた。
「いつもこうだ。勝手なことばかりして、後始末は誰がすると思っているんだ」
流哉が魔法陣を維持すべく注いでいた魔力を切ったことに燈華は気づいた。術者が魔力の通り道を切ったにも関わらず、魔法陣は正常に作動しているように見える。
どういう状況なのか分からず、燈華はただ見守るしかできない。
魔法陣から出てくる時のアレクサンドラは、今まで通りの燈華たちが知っている彼女である保証がないことには気づかない振りをして。
今回の話し、どうでしたか。
流哉も神が降臨したのは想定外です。
流哉の魔導書は魔法使いの中においても異質で、その存在を知っているのは数少ない友人だけです。
今回、アレクサンドラが魔法使いになるかどうかは次回で。
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