7.彼女との一日 1 『その漆』 神秘の使い方
久しぶりに燈華の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者へ知らせて頂けるとありがたいです。
流哉の見せてくれた技術は、燈華の歩むべき道を示しているかのように見えた。
厳しいことは言うけれど、流哉は必ずヒントを置いてくれている。
見せたくなかったと言っていた大魔術に関しては頼んでも教えてくれないだろうけど、それに繋がるヒントはくれた。
燈華の目的は魔法を得ることで、大魔術や魔法陣術の奥義が目的じゃない。
魔法陣はたまたま相性が良かっただけ。
直接魔法に繋がらないとしても、魔法以外の手として覚えておく価値はある。あくまでも補助としてだけど、選択肢は多い方が良い。
「ありがとう。私なりの方法って奴を見つけてみせる」
「意気込むのは良いけれど、空回りしないようにね」
せっかくやる気を出しているっていうのに、紡はいつも一言多い。
外での紡はあまり喋らないから、どこから聞きつけて来たのか『水乃宮の深窓の令嬢を紹介してくれ』なんていう同級生の男子達は覚めない夢を見続けている。
実に愚かだ。
「資料は貸してやる。ダメ出しもしてやる。
燈華なりのやり方を見つけ出せるといいな」
新しい煙草を取りだそうとしている流哉の手から紡が取り上げている。
逆上する様子も取り返そうとする様子も見られない。依存というほどではなさそうだけど、あまり吸って欲しくはない。
「貴方は依存なんて状態になるほど落ちぶれていないでしょう?」
「連盟で講義をしている時はずっと煙草を吸っていたからな……ほとんどクセみたいなものだな」
「ヘビースモーカーじゃない」
「その通りだ」
流哉はそう言うと机の上に出していた煙草を引き出しの中にしまった。
ヘビースモーカーと言う割には自制が出来ているみたいだけど、吸わないで欲しいと言えば吸わないでくれるのだろうか。
「残念ながら、煙草をやめる気はない。数少ない人間らしいオレの趣味なんでね。
紡だって紅茶を飲むなと言われて聞き入れるつもりは無いだろう」
「愚問ね」
紡はこれ以上何かを言うつもりは無いようで、流哉は紡から返却された煙草も机の引き出しにしまっている。
燈華たちに遠慮してなのか、ただの気まぐれなのかは分からないけれど。
「あの、流哉さん。少しよろしいでしょうか」
おずおずと手を上げてアレクサンドラが流哉に話しかけて来る。自信なさそうにしている彼女も珍しいが、紡が話している時に割り込むのはより珍しい。
普段は落ち着いていてしっかり者のアレクサンドラの珍しい一面を見た。
「どうかしたか?」
「師にかけられた呪いを解いて頂いたことに感謝を」
「気にするな。呪いを解いたのはただの気まぐれだ。
そこまで礼が言いたいのなら、きっかけをつくった紡に言ってくれ」
「紡へは以前呪いを弱めてくれた時に礼を言いました。
完全に解くことが出来なかったから、これ以上の礼は不要だと言われています。
ですから、今は貴方へお礼を言わせてください。
呪いを解いてくれたこと、師の呪縛から解き放ってくれたこと、ありがとうございます」
「なら、その言葉だけ受け取ろう」
流哉の様子に違和感を覚えたけど、その違和感の正体には直ぐに気付いた。彼はただテレているだけで、直接お礼を言われるのとかが気恥ずかしいだけなのだと。
「解呪には成功しているが、今までの影響をなかったことにはできない。
過去に干渉できるのは、時空間の神秘に到達した魔法使いだけだ。
奇跡を体現する魔法使いが言うのも難儀な話しだが、魔法と言っても万能ではない」
そういうと流哉はまた手元にドコからか道具を取りだしている。
空間に水面のように波紋をたてて見た事もないモノを取りだす。隣にいる紡の様子を横目に盗み見て反応を伺うに、それなりに珍しいモノのようだ。
見た目はドコにでもあるフラスコ。中身の液体こそが珍しいモノの正体。
「影響をなかったことには出来ないが、治していくことは出来る。
他者の魔力が体内で作用していた、まずはその影響を取り除いて行かなければならない。
そこで使うのがこの薬って事になる。
一思いに一気に飲み干した方が楽だということを先に言っておこう」
流哉からアレクサンドラに手渡されたフラスコの中を満たす液体は、エメラルドグリーンのようなターコイズブルーのような、光の角度で色が変わるような不気味なモノ。
色だけは綺麗だけど、どのような作り方をすればこうなるのか想像もできない得体の知れないモノ。
「紡以外は正体が分からないだろうから説明しておく。フラスコの中身は第五元素と呼ばれるエーテルを液体として固定した物だ」
「エーテルってあの?」
「魔術師として術の発動の過程に設定するヤツもいるアレだ」
確認する為に質問をしたけど、流哉は肯定するだけ。
空間を形成する五番目の元素で、魔術を発動するにあたって不明確で欠点となり得る部分を補強する形無きもの。
紡から教わった通りであれば、流哉が取りだしたフラスコの中身は眉唾物ということになる。
「正確には、エーテルを液体に加工した後に、薬草やらなんやらを混ぜ合わせて生成した特製のポーションだ」
想像の上で過程としておいてあるエーテルをどうやったら液体と言う形に定着させられたのだろ。
目に見えて存在を証明できないが、確かにそこに在るものとして証明されたことで魔術は発動する。燈華にとっては魔術を発動させる為に必要な要素という認識でしかなく、目に見える形で存在するエーテルというのは説明されても信じられない。
「それ……飲んで大丈夫なの?」
「神代を生きたモノ以外なら飲んでも問題ない。それこそ魔術を使えないような一般人に飲ませても無害だ」
「飲んじゃ危ないのは?」
「神代を生きたモノが接種すると周囲のマナを自身の魔力容量を満たすまで吸収しだす。満たすまでって言うとそれ程でもないように感じるだろうが、周囲のマナが無くなって魔術を一切使えなくなる。
それから一切の魔力を持たないモノに与えるのも危険だ。魔力に対して過剰な反応を示すくらいなら良いが、暴走して自爆することもある」
聞けば聞くほど危ないモノのような気がしてくるのは燈華の気のせいなのか。ただ、燈華たちが飲んでも一切の問題が無いのは良いことなのかもしれない。
ポーションと言うくらいだから、魔力の回復に効果のあるモノだとは思う。
「大丈夫よ。そのフラスコの中身は薄めてある物でしょうし、他者の魔力で傷ついた身体を癒す程度の効能しかないわよ。
私も飲んだことがあるから、安心して良いわよ」
燈華の一言で躊躇していたアレクサンドラを後押しするように紡が声をかけている。
これから実際に飲まなければならないアレクサンドラの前で、不安を煽るような言い方をしてしまったのは無神経だった。
「紡がそう言うのなら飲んでみます」
決心したようにアレクサンドラは一気にフラスコの中身を呷った。
宝石のような輝きを持つ液体が流れ込んでいく様子を見ていて、燈華は不安になってくる。果たして、本当に危険はないのかと。
「飲みました」
アレクサンドラは流哉にフラスコを返していた。
流哉はフラスコを机に置くと、アレクサンドラに向き合う。
「素直に飲み干したのは誉めてやるが、素直過ぎるのは美点でもあれば弱点にもなる。
キミの身体にかけられていた魔術は、その師とやらが施したモノだろう。
呪いの術式を込めた丸薬か何かを直接飲ませることで体内から蝕んでいく。進行の度合いから逆算するに、呪いをかけられたのは連盟の学び舎でその教室を選んだ時ってところか」
流哉は解呪をした時にそこまで見抜いていたのかと燈華は驚愕する。今日、この場所で紡や流哉が話しをしているのを聞いて初めて知ったことを悔しく思う。
アレクサンドラとの付き合いは流哉よりも長いし、近くで一緒に居たにも関わらず気付いてあげることも出来なかった。
「まぁ、信頼してくれているって思うことにする。
これから施すのは、傷付けられた魔力の通り道や生成する場所の修復術式だ。
燈華と秋姫はよく見ておくと良い。錬金術と魔術の複合術式は早々お目にかかれるモノじゃないぞ」
流哉の機嫌が良いのか、貴重な術式を見せてくれるらしい。いや、滅多に見られないと言っているだけで、彼にとっては大魔術ほどの価値もない普通のことなのだろう。
本人にとっては珍しくもないことだから教えてくれるだけだと、燈華はどこか自身の中で答えを見つけたような気がするけれど、それには気づかないふりをすることにした。
「風と水の属性を持った精霊石を砕いて粉末にしたものがさっきの液体には溶かしてあった。これから行うのは、体内ではなく魂に付随するように生成する。
精霊石は精霊の力が純粋な結晶という形になったモノで、本来は霊体や魔力に性質を持つ。体内に取り込まれた精霊石を魂の次元で再構築し、根幹から癒すというのがこれから行う術式の目的になる」
流哉は燈華と秋姫に『ここまでは良いか?』と話しかけながら、ホワイトボードに書き込んでいる。説明のついでなのかなって思っていたけれど、書き出しているのはこれから術をかけられるアレクサンドラに向けて。
コレを優しさと言って良いのか分からないけれど、燈華には不器用な優しさだと感じた。
「実際に見た方が話しを聞いているよりも理解が早いだろう」
流哉は一言だけ発すると、魔術を発動させた。
アレクサンドラの足元に広がった魔法陣には見覚えがある。燈華の危険を救った流星の魔法、ソレが発動する前に目撃した物だった。
魔法陣に描かれているのは星と何かを象ったモノが中心に描かれており、魔法陣に描かれているモノは均一ではなく各所に幾つかの魔法陣が描かれて散らばっていて、全てで一つの陣を成形していると分かる。
「魔力とは出力して放出ではなく、本来は循環させてこそ意味があるモノだ。傷ついたものを癒すのであれば循環させることに意識を置いた方が良い。
魂に精霊石を付属させるということは、生成する魔力に属性を付与することにもなる。今までとは魔力の使い方が変わるということを覚えておいて欲しいが、まずは循環させることに慣れる事からだな」
自身の生まれ持った魔力の属性は滅多なことでは変わらない。稀に変異することがあるということは紡から聞いたことがあるけれど、人為的に変えることが出来るという話しは聞いたことが無い。
「生まれ持った属性を意図的に変える、そんなことが出来るのは精霊石を入手する術を持った上で錬金術に精通していないと不可能よ。
属性の変換を魔法として持つのなら別でしょうけれど、そんな魔法があるなんて聞いたことが無いわ。
稀に変異する事例もあると燈華には以前話したような気がするけれど、私も魔法に至ったケースくらいしか知らない。
そもそも、精霊石の入手ルートなんて確約であるモノじゃないし、私が知る限りでこんな神の領域と言っても良い技術を持つのは流哉さんだけよ」
紡が疑問に思っている事へ的確に回答をくれたけれど、燈華は口に出していたのかな。彼女が手放しで他者を褒めているのは珍しいことで、同時に確かな技術を保証するモノでもある。
「魔力を循環させる方法は後で教えてやる。燈華達も一緒に聞いておくと良い。
使えないより使えるようになった方がマシ、今はその程度の認識で十分だ」
よく分からないけれど、魔力の循環方法を教えてくれるらしい。
使える選択肢は多い方が良いのは当然のことで、魔法使いである流哉が『使える方が良い』と言っている技術ならば、魔法使いと言う土俵では使えて当然のことなのだろう。
魔術師程度ならば、使えた方が良いという具合で話しているけれど、燈華が目指すのはその遥か先にある。
「まぁ、魔力の循環方法よりも先に教えることがあるんだがな」
流哉の言葉に燈華の心は踊る。彼が言っているのは間違いなく燈華が求めてやまないことに対してだ。
魔法使いが語る魔法。
燈華はこの瞬間をずっと待ち望んでいた。
楽しみは後に、今は魔法陣の中で不安そうにしているアレクサンドラを見守る方が優先だけど。
今回の話し、どうでしたか。
燈華は流哉の行うこと全てを記憶しようと必死です。
流哉は燈華の様子を見ながら情報を小出ししています。
紡はただただ呆れているだけで、燈華のことを思っての行動ではありません。
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