2.面倒な朝がやってきた 『その弐』 魔女の館の朝ごはん
燈華の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
久しぶりに燈華達だけの話しになります
いつも通りの時間に目が覚める。
休日だろうと、夏休みだろうと、平日だろうと変わらない時間に目覚める。
紡の屋敷から私立宇深之輪高等学校までは徒歩で一時間から一時間半はかかる。隣町の海ヶ崎にある私立水乃宮学園まで通っている紡達もだいたい同じ位の時間に出発していく。
自ずと朝の七時半には屋敷を出発することになる。逆算すると七時前には起きないと朝食の用意は間に合わなくなってしまう。
いつも通りの朝だけど、最近はそのいつもが変わった。神代流哉という新たな同居人が増えたことで、少しだけど変化が始まった。
新しい同居人である燈華の想い人は、放っておくと朝食を食べないってことはザラらしい。
用意されたモノを粗末にするということは無いので、用意したと声をかければ一緒に食卓を囲んでくれる。その時に少し居心地が悪そうにしているのを見るのが燈華の楽しみでもある。
ベッドから抜け出し、パジャマ代わりのネグリジェから部屋着へ着替える。
動きやすく通気性の良いズボンとティーシャツ、下着が透けないようにだけ気を付けて。
流哉が来るまではそこまで気にはしなかったけど、男性の眼があるということは嫌でもズボラな部分を直さざるを得ない。想い人にはいつもしっかりとキメテいる燈華を見て欲しいという乙女心もあるけれど。
あまりにもだらしない恰好をしていると紡にお小言を貰うこともあるし、崩しすぎない程度の格好として今の格好に落ち着いた。
「リュウちゃんは起きているかな?」
自室を出て、真っ先に目指すのは流哉に割り振られた部屋。
途中で秋姫の部屋の近くを通った時に中から物音がしていたからキッチンで合流できるだろう。
今日の朝食を作る当番は燈華と秋姫。この屋敷では珍しく和食が出る日の組み合わせとなっている。
流哉は和食を好むのかな?
流哉の部屋の扉をノックする。
響く音は空き部屋のソレと同じ、中で人が生活しているとは思えない。
再度、扉を叩く。
「リュウちゃん、まだ寝てる?」
『燈華か? 起きているよ』
声をかけると部屋の主が返事をする。
寝起きといえば寝起きのようだが、意識はしっかりしていそう。
この様子なら、朝食は一緒に取れそうかな?
「朝食の準備をするけど、リュウちゃんはどうする?」
『いや、今日は良い。用意してくれているのに悪いな。
これから沐浴をするから、約束していた勉強は九時か十時くらいから始めるって事でも良いか?』
一緒に食べられるかもって思っていた燈華の淡い希望は早々に打ち砕かれた。
流哉が毎日のように滝に打たれているのは知っている。本人から直接聞いたし、この前も部屋を訪ねた時はその直後だった。
何で毎日のように沐浴だなんて祈りを捧げるようなことをしているのかは分からない。
ただ、時間が欲しいというのならその通りにしようと思う。
あくまでも教えを乞うのは燈華で、流哉はお願いをされている側。準備をする為の時間が欲しいのならそう言えば良いと思うけど、それを知ってもあえて問わないのが良い女って奴でしょう。
「私はそれでも良いけれど」
『紡の様子次第なんだろう?
あいつが朝弱いのは知っている。しっかり起き出すのはおそらくオレが指定した時間くらいのハズだ』
確かに、直ぐに始められるのかは紡次第。ソレは揺るがしようのない純然たる事実で、この屋敷で暮らす上では紡の決定が全てに優先される。
紡が朝弱いのは屋敷で暮らしている人は皆知っているし、燈華よりも付き合いが古いらしい流哉も知っているのは当然かもしれないけど、なんだか納得がいかない。
どうして納得できないのかを上手く言葉にはできないけど、心の中にムカムカした気持ちなってくる。
「よく知っているんだね、紡の事。
分かった、じゃあ十時ごろには来るから準備しておいてね」
少しイライラした気持ちのまま流哉の部屋を後にしてキッチンを目指す。
どうして流哉を相手にするとこんなにも気持ちの整理が出来ないのだろう。このままじゃいけないと分かっていても、いざその場になると感情が抑えを振り切って暴走する。
「このままじゃ嫌われちゃうかなぁ」
「とかちゃん、そんなことより調理に集中しないでぼうっとしているとケガするよ」
キッチンで朝食の準備をしながら一緒に準備をしている秋姫に愚痴っていると、『そんなこと』の一言で片づけられてしまった。こっちは真剣に相談しているというのに。
無論、ケガをしたくはないから忠告通り手元や火の元には気を付けよう。
「そんなことで流哉さんが嫌うとかそういう話しにはならないと思うよ。
流哉さん、そういうところで人を見ていないでしょう?」
「そうだけど……やっぱり不安になるんだよ」
炊飯器のアラームがご飯の炊きあがりを報せる。
炊き立てのご飯に合わせるのは、豆腐とワカメの味噌汁にほうれん草のお浸し、秋姫が前日から仕込んでいる煮物、メインは目玉焼きとハム、そうハムエッグ。
アジの開きでも入れば完全な和食っぽくなるところにあえてのハムエッグ。洋食を好むというよりは、洋食の方に馴染みがある紡達への配慮。
アレクサンドラとクリストファーは余程クセが強いものでなければ和食を喜んでくれるが、紡はそういう訳にはいかない。
ご飯やみそ汁、お浸しとかは問題ない。玉子焼きにいたっては甘めの味付けなら大好物だという程に好んでくれる。
しかし、干物や漬物、納豆といったクセや臭いがキツイものは絶対に食べない。
アレクサンドラやクリストファーも納豆は苦手としていて、漬物も得意じゃなさそう。
燈華や秋姫も好んで食べるほど好きではない為、この屋敷では用意しないのが普通だ。
「さて、準備は出来たから呼んできましょうか。
流哉さんの分はどうする?
おにぎりか何か作っておく?」
「うーん……用意しなくて良いってハッキリ言っていたし、雪美さんもリュウちゃんはあまり朝食を取らないって言っていたから」
「じゃあ、紡は私が起こしに行くから、アレックスとクリスの方をお願いしてもいい?」
「紡さん、起きていますかね?」
「十中八九、夢の中だと思うよ。こんな時間に起きていたらそれこそ驚きだよ」
秋姫と他愛もない話しをしながら階段までくる。秋姫は二階へ、燈華は一階にある別室へ。
紡の屋敷で、他者への貸し出しをしているのは二階以上と一階のキッチンにサロン、浴室といった一般的な部分に限られている。
紡の書物を保管してある図書室、魔導器などを入れている倉庫、紡の自室等は全て一階にあり、呼ばれた時か紡自身に用がある時以外は入らないのがこの屋敷の決まり。
唯一、紡の自室だけはその縛りが緩い。
朝起きるのが苦手な紡は、起こされなければ学校に遅刻し続けることになる。そうなれば嫌っている父方の実家の介入を許す口実を作ってしまうことになり、ソレを紡は嫌そうな顔をして語っていた。
朝起こしに行くのは自室を訪ねる十分な理由になっている。
「紡―、起きてる?」
ドアをノックして、声をかける。室内からの反応はなく、ベッドの中でモゾモゾと動いているような反応もない。
完全に寝入っている。
起きるのが苦手なのに、目覚ましの類は煩いからという理由で置いてすらいない。
まぁ、夏休みなのにいつも通りの時間に朝食を用意している燈華たちが少しおかしいのかもしれない。ただし、紡以外の面々は休みと関係なくいつも通りの時間に起きている。
「入るよー」
紡の部屋に入ると、部屋の電気がやわらかくつく。部屋の主が眼を覚ますほど強いものではなく、客人が転んだりしない程度の心配りである。
未だに紡以外が使っているのを見たことが無い天蓋付きのベッドの中、部屋の主はしっかりと閉めているカーテンの中だろう。
部屋の中には本棚にしっかりと収められている本たちと、紡の興味を引いた様々なモノがそこに在るのが当然と主張しながら置かれている。
服を脱ぎ散らかしているなんていう事もなく、何体もの使い魔が主に危害を加えさせないように燈華を見張っていて、圧迫感があるのはいつも通りだけど、そろそろ信頼してくれても良いと思う。
「紡、朝食の準備が出来たよ」
ベッドの中で静かに寝息を立てている部屋の主をゆすって目覚めを促す。機嫌悪そうに眉を顰めながら寝ぼけ眼を開く。
恨めしそうに、だけど怒りの感情はなく、仕方ないと言いたげな表情で、燈華達を泊まらせている館の主、西園寺紡が目を覚ます。
「もう朝?」
「そう。もう朝食の準備できているよ」
ベッドの中から恨めしそうな声を上げながら起き出す。
白磁の肌、宝石を思わせるほど美しい髪、夜空の星々のような煌めきを持つ瞳、日本人離れした優れたプロポーションを誇る西洋生まれの宝石。
同性から見ても嫉妬を抱くのが馬鹿らしくなるほどの美しさを誇る魔女は、このまま放っておくと再びベッドに潜り込んで眠ってしまうだろう。
ベッドから連れ出し、メイドの形をした使い魔に紡の着替えを任せるまでが、紡を起こすということだと気付いたのは、一緒に生活をし始めて一週間後のこと。今では一緒に生活をする女性陣で知らない者はいない。
「紡の分もテーブルに用意しておくから早く来てね」
「直ぐに行くわ」
紡の部屋からダイニングへ戻って来ると、テーブルの上に朝食の準備が整い始めている。
まだ作っていなかったサラダをアレクサンドラとクリストファーが用意を手伝ってくれたらしい。
サラダだけしっかりと洋風だ。クルトンが入ってカリカリに炒めたベーコンを細かく切ったのと粉チーズを振りかけたシーザーサラダ。
紡の好きな物の一つがテーブルのど真ん中に鎮座していれば、起きたばかりの二人が気を回して作ってくれたことは直ぐ気付く。
「二人ともサラダ任せちゃってゴメン」
「いいよ。紡は起きた?」
「メイドに着替えさせられていたから、そろそろ来るんじゃないかな」
亜麻色の綺麗な長髪を束ねているアレクサンドラにお礼を言い、紡の様子を答えていると、リビングへの扉を開き最後の一人が朝食の席に着いた。
「それじゃあ、朝食にしようか」
秋姫と一緒にテーブルに着いた全員分の朝食を用意して、各自の前に置いて行く。
燈華と秋姫の分を置いて、席に着けば朝食の準備は完了だ。
手を合わせれば自ずとみんなが合わせる。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
用意をした人が食前の挨拶をするのもこの家でのルール、用意をしてくれた人に感謝を伝える為と紡は言っていた。そういう本人は用意する側になることは珍しく、夕食か昼食の用意も特別な時にだけ腕を振るう。
紡が言うには『偶になら良いけれど、毎日なんてムリ』らしい。
朝食の時間は静かに経過していく。
燈華と秋姫以外は和食に馴染みが薄いけれど、苦手なモノ以外は普通に食べてくれる。気に入ったものがあれば喜んでくれるし、作っている方としても嬉しい。
だから、流哉にも食べて欲しかったというのが本音だ。
「流哉さんがいないけれど、まだ寝ているの?」
この場にいる全員が聞きたいであろう疑問を紡がぶつけてきた。
最年長で異性の流哉が一人だけ朝食の席に居ないのはどうしてなのか、疑問を持つのは当然のことだ。
「これから沐浴をするから朝食は用意しなくていいって」
「沐浴だなんて習慣、まだ続けていたのね。
祈りを捧げるなんてことをしている訳でも無いのに、殊勝な事ね」
祈りを捧げる訳でも無いのに沐浴?
紡の言っている事が燈華にはよく分からない。
それよりも、まだってことは以前から行っている事なの。
「祈る相手もいないのに沐浴をしているの?」
「祈る相手である神を呪っているのに、それに対して祈りを捧げる訳ないじゃない。
以前聞いた時は、後悔と懺悔だと言っていたわ」
毎日欠かさない程に後悔をしていること、懺悔をしていることがあるなんて知らなかった。
しかも契約した相手の神を呪う程の何かがあるということ。そんなことをしていて魔法使いでいられるのとか疑問は増えて来るけれど、その状態に紡が何も言わないということは何もないのだろう。
「ちなみに、契約している神を呪うなんて自殺行為を私はしないわよ。
普通なら魔法が使えなくなるくらいのことは起きるもの。流哉さんと、その契約している神だからこその関係よ」
紡には燈華の考えているようなことはお見通しらしく、契約した神を呪うなんていうのは普通の事じゃないということを理解した。
魔法使いにとって魔法を失うということは最も恐れている事で、そんな危険を冒してまで呪い続ける流哉はネジが何本も外れている。
「まぁ、私も彼も普通じゃないわ。だって魔法使いだもの。
魔法使いなんて言う化け物に名前を連ねている私たちが、普通や凡人なんていう枠に収まる訳がないじゃない。
普通の鍛錬をしている、凡人のような運を持っているだけじゃ魔法には至れない。
気が狂う程の鍛錬を積み重ねて、いつ切れてもおかしくないような細すぎて見えない運の糸を手繰り寄せて、ようやく魔法という道が開かれるのよ。
一から魔法を目指すのなら、それくらいの覚悟を持って至れないのが当然と割り切って、それでも目指し続けるほどの精神力が必要よ」
紡の言うことは、燈華とアレクサンドラに当てはまる。
燈華は祖父母の魔法を継ぐことが出来ず流哉の祖母の魔法の可能性を、アレクサンドラは流哉によって魔法の可能性を見出された。
どちらもあるのは可能性だけで、それを掴み取れるかどうかは燈華たち次第。
朝食を食べながら、紡のありがたい言葉を聴き、流哉が指定した時間までをどう過ごすかを考えている。
今回の話し、どうでしたか。
今回は燈華の朝の始まり方に触れてみました。
燈華たちは朝食を作るのは当番制です。
紡だけは当人の気分が乗った時だけ、お昼か夕食に腕を振るいます。
流哉は現在当番に含まれていませんが、含まれても朝食の準備に参加することはありません。
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