1.面倒な朝がやってきた 『その壱』 朝の日常
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
前回と前々回の部分において、前書きの視点の部分に誤りがありました。
現在は修正して正しいものとなっております。
混乱を招いてしまって申し訳ありません。
畳の匂いがする。
火鉢の中で炭が弾ける音、夜の帳は下り切り、魔力を感じさせない星の煌めき。
開かれた障子扉の向こう、縁側に腰を掛けて月を眺めている祖母の姿。
いつも通りの若々しい少女と妙齢の女性の中間点、そのくせ取る行動の全てが老人のそれ、全ての行動が姿と合わない矛盾の塊のような人。
あぁ、コレは夢だ。ソレもトビキリの悪夢だ。
幼き日の自分の視点で見つめる祖母の背中。手を伸ばして動いて行けば触れることが出来るような距離にいるのに、身体が自分の意思で動かない。
いつも見る悪夢、助けることを許さなかった祖母の姿を見せ続ける。
未熟だった頃の自分を見せつけられているようで、お前がどれだけ強くなろうと過ぎ去った過去は変えられないのだと認識させる。
底意地の悪い夢をまた見ることになるとは思いもしなかった。
いつも通り横になったまま、祖母を見つめ続けている。
そして祖母はこう言うのだ、『いつまでここで眠っているのだ』と。
目覚めが近い。
いつも通りの忌々しい朝がやってくる。
まだ覚醒も仕切っていない頭でボーっとしていると、コンコンコンと扉を外から叩く音が響く。
目覚まし代わりにしているスマートフォンを手に取り電源を入れるが、画面がつくことは無く沈黙したまま。どうやら充電が切れてしまったようだ。
とにかく時間を確かめようと机の近くに来るが、いつもなら置いてあるハズの場所にない愛用品を探す。机の上を探しても見つからない懐中時計は、鎖の擦れる音で自ら位置を教えてくれることで割と直ぐに見つかった。
時計が示している時間は七時を少し回った辺り。
部屋の時間を外と同調させていないと、朝か夜なのかも分からない。
『リュウちゃん、まだ寝てる?』
外から聞こえて来る声は燈華のもの。紡や流哉は時間に無頓着だが、他の面々は違うようだ。
「燈華か? 起きているよ」
『朝食の準備をするけど、リュウちゃんはどうする?』
朝食の用意をしてくれるらしいが、自身の身なりを確認する。
姿見に映る昨日来ていた服そのままの姿、ボサボサの髪、おまけに顔にはうっすらと涙と後までついている。
この状態で燈華達と会うのはない。紡に揶揄われるだけだ。
「いや、今日は良い。用意してくれているのに悪いな。
これから沐浴をするから、約束していた勉強は九時か十時くらいから始めるって事でも良いか?」
『私はそれでも良いけれど』
「紡の様子次第なんだろう?
あいつが朝弱いのは知っている。しっかり起き出すのはおそらくオレが指定した時間くらいのハズだ」
『よく知っているんだね、紡の事。
分かった、じゃあ十時ごろには来るから準備しておいてね』
若干、燈華の機嫌が悪くなったような気がする。
とりあえず時間は稼いだが、沐浴をするのは本当のこと。
別に契約した神へ祈りを捧げる為という訳ではない。自分の中で情報や記憶を整理するのが一番の目的だ。
身に付けている指輪を外し、神殿へと通じる扉を潜り、降り注ぐ水に打たれながら沐浴を始める。
未来を変える為の未来視を邪魔した神への文句を伝えながら、今日やらなければならないことの整理を開始。
目的は燈華に魔法を含めて教えること。余計な事を誰かに吹き込まれる前に、偏見を持たないように教育をする。
魔術の事、魔法の事、魔導器の事。それから連盟と協会に関しても教えなければならないだろうし、紡が気にしていたから魔眼についても教えるハメになるだろう。
面倒だなと思っても考えないようにしよう。それが最終的にもっとも精神を安定させる。
「そろそろ準備をした方が良いか」
いくら問いかけても神からの返事が来ることは無い。自分の都合で付き合わせるだけ付き合わして、引っ掻き回して、相変わらずダンマリを決め込む。
無理矢理にでも呼び出す方法はあるが、ソレをする気はない。
良くも悪くも信頼しているし、契約をすると決めたのは他ならぬ自分自身。自身の選択が間違っていたと後悔する気も無ければ、誰かに否定される筋合いもない。
全てを飲み込んで神代流哉は魔法使いになったのだ。
『アナタの選択の行く末、しっかり見ていますからね』
呼びかけには答えない、自分の言いたい事だけ言う。
先ほどまで沐浴をしていた場所、神殿の中央であり、水が注がれる池の中心部から強力な気配を感じる。
背中の方から一方的に贈られる言葉、振り向けばその瞬間に消えてしまう。少しでも話しをするのなら、このまま振り向かずに言葉を紡ぐしかない。
「余計なことをするな。
オレをドコへ辿り着かそうとしているのか分からんが、アナタの思惑とオレの意思が必ずとも同じとは限らない」
流哉の言葉に返事が返ってくる気配はない。ただそこに在り続けるだけで、黙って見つめているだけなのだろう。
この場で突っ立っていても意味はない。
神に背を向けて神殿の間を出ていく。燈華へ教える用意もしなければならないし、色々と準備をしなければならないこともある。
面倒な朝だ。何もなければ寝ていられたであろう日に、準備をして一日かけて教えるなんて、連盟で教鞭を取っていた頃でもしなかったこと。
魔法使いから教えを受ける機会、コレにどれだけの価値があるかを燈華は知っているハズだ。
無駄にすることなく吸収してくれることを願っていよう。
部屋に戻り、着替えを済ませる。
沐浴をする為に外した指輪は、まだつけなくてもいい。
部屋に魔力が満ちていくが、部屋に置きっぱなしにしてある魔導器が勝手に吸い取って活性化するだけ。
別に呪われた品や、魔導書の類はなく、名のある魔導器は『渇きしらずの水差し』くらいのハズだ。十分に魔力を吸わせてから『宝物庫』へ戻せば、五月蠅く言われることもないだろう。
「さてと、教材だとかっているのか?」
連盟で教えていた時はごく一般的な魔導書の写しを使っていた。
何かを教えるのであれば、連盟が発行している魔導書の写しを使うのが一番楽ではあるが、紡がどういう教育をしているのかが分からない以上、下手なモノは使えない。
用意をするのは一応の参考書程度に留めておくのが無難だろう。
本棚から連盟で使っていたのと同じ魔導書の写しを取りだし、自身の机の上に重ねておく。
「魔導器は実物を見せながらの方が簡単だ。
お昼過ぎに魔導器の講義は回して、紡にもサンプルを用意してもらえればオレの負担は減る……よし、この手で行こう」
魔術の講義だけで時間が余るようだったら、その時考えれば良い。
燈華に秋姫、アレクサンドラとクリストファーがどの程度まで魔術を使えるのかを知る。そうでなければどう教えるのか、警告するのかの基準も分からん。
「いつもは指輪だけだけど、今日は違いも分からせる為にピアスも使うか?」
魔力を抑える機能も兼ねている流哉の魔導器である指輪。それだけでも十分なほどに魔力の漏れを抑えきれるが、それでも完全には消しきれず、魔力を探知することに長けた奴には居場所を探知される。
魔力の反応を消す、ソレを可能にするのが普段は身に付けないピアス。漏れ出す魔力を抑えるだけのシンプルな魔導器。
燈華達にも魔力の反応を感じ取れないという体験をさせる必要はあると思っていたし丁度いい機会だろう。
ピアスの入った箱を取り出し、指輪を収めてある箱の近くに置いてある程度の準備を整える。
人を迎える準備は出来たのはいいが……さてここで問題だ。
ホワイトボードなんていうモノは必要なのだろうか?
必要かは分からんが、あった方がそれっぽく見えそうだし、そういう形っていうモノを燈華は重視するのかもしれない。
何事も形から入るというスタンスもある。
流哉はそれなりに勉強の準備が整った部屋を見回し、一度頷く。
後は燈華たちが訪ねて来るまでゆっくりと過ごすとしよう。
今回の話し、どうでしたか。
今回は流哉の朝の始まり方に触れてみました。
流哉の日課は朝の沐浴から始まります。
契約した神への信仰を捧げるとかそういうのではありません。
返ってくる事のない問いかけをしていることが殆んどです。
流哉は必ず朝食を取るわけでは無く、燈華が毎日食べるのかどうかを聞きに来ます。
放っておくと食べないのを流哉の母から聞いているので、無理やり食べさせる時もあります。
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